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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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落ちぶれ者の末路

 まず始めに結論すると、ビョルンはまったくついてない男だった。


 ビョルンは半島のとある鄙びた農村に生まれた。それも長男でなく、兄が三人、姉が二人いるという状況。家を継ぐ余地はなく、狭い畑は分けてもらえるほどでもない。新たに開墾するには労力が足りず、畑に必須な水を引き入れるには隣人と揉めなければならない。早々に諦めるしかなかった。

 嫁のあてもなく、家を継いだ長男に労働力として奴隷のように一生を使い潰されるしかない。そんな運命に不満を感じて、ビョルンはその村を飛び出した。


 しかしそこで行き詰った。農村生まれの四男坊、これといって技能を磨いたわけでもなく、村の外にコネがあるわけでもない。その上若者にありがちなように、自分が目指すべき目標も曖昧で漫然と生きるしかない人生となれば、結局行く末が定まらなくとも致し方ないことともいえる。

 努力はした。彼自身が努力だと主張する程度には、職を身に着け安定した収入を得ようと試みてはみたのだ。

 漁師、パン焼き職人、革靴職人、料理人、研ぎ師、掃除夫、木こり、馬屋、石工、粘土細工師。挙げていけばきりがない。

 どれもこれも長続きしなかった。唯一料理人は半年もったが、それ以外は三か月で嫌気がさして出ていくか、親方から見込みなしの烙印を押されて追い出された。当然、有用なスキルを習得する間などあるはずがない。


 銅銭よりも高価な貨幣を見ることもなく、村から村へ、そして領都へのその日暮らしの流れ者生活。五年もすれば目ぼしい職など無くなって、自分も結婚してもおかしくない年齢だと気付いては絶望する。

 日雇いで稼いだ小銭は酒と女と宿代に消えた。冬の初めに風邪をひけば、ささやかな蓄えなど吹き飛んで宿を追い出された。


 泥と糞尿の混じった水たまりに顔を突っ込み、目の前に広がる領都のスラムを呆然と眺める。

 ……日銭を稼いで食いつないだところで先がない。そのうち身体を完全に壊して、そこの道端に転がる惨めな物乞いに成り下がる。

 知れきった未来。取るに足らない人生。真っ当には変えられない運命。


 ――どうせ惨めにくたばるならと、無法者への道を選んだ。


 スラムで人を集めていた首領から声をかけられて、そのまま山賊に身を落としたのだ。

 首領は暴力的で虫の居所が悪いと部下も平然と殺すような男だったが、部下を飢えさせることだけはしなかった。


 ……それでいい。適当に腹が膨れて、酒が飲めて女が抱けて、雨をしのいで眠れる場所があればいい。

 どうせそんな人生だ。このまま五年足らずで野垂れ死ぬくらいなら、その間くらいは自堕落に過ごしたい。


 山賊団でのビョルンの扱いは軽い。主な仕事は雑用や適当な食事の用意など。信用のない新入りに略奪は任せられないということなのだろう。

 だがいずれは行商人を襲って荷を奪い、人を殺すことになる。

 ――覚悟はしている。腰に吊るした手斧はそのしるしだ。いつかは殺してやるさ……。



   ●



 ――――結局、ビョルンが人を殺す日は来なかった。


「……くそ、くそっ、くそ……!」


 その日、ビョルンは質の悪い酒が入ったジョッキを手に、領都のスラムで管をまいていた。

 周囲の目など知ったことではない。ここでこんな風に一人で騒ぐのは習慣になっている。虚しさに死にたくなるが、それでも胸のむかつきは抑えがたかった。


 二年前、山賊団は壊滅した。それも一人の男によって。

 ビョルンが酒を飲んで仲間とカードゲームに興じている間に、首領をはじめ大半の荒くれどもが殺されていたのだ。

 自分の知らない間に、何もかもが終わっていたあの悪夢。そして、


「あの、悪魔……」


 忘れようはずもない。

 刈り取った首領の首を掲げ持ち、何かの儀式でもするようにゆらゆらと坑道を闊歩していた、あの男。


 逃げたことに後悔はない。あれは関わってはならない類の悪魔だ。ビョルンは振り返ることもせず一目散に山から逃げ出した。

 首領の死から二年が経ったが、いまだにあの光景を夢に見る。それほどの恐怖だった。


 あれから、ビョルンは領都に紛れ込み、再び日雇いで食いつないでいる。

 幸い、ビョルンが所属してから山賊団が壊滅するまで間が無かったことから、官憲に見咎められるということはなかった。だがそれが何だというのだろう。一度無法の蜜を知った身体では、汗水垂らして働いて得る報酬はあまりに不足過ぎた。

 満足に酒も飲めず、いつも腹を空かせている。最近は物価が高くなって女を買う余裕もなくなった。

 今はどうにか食いつないでいるが、いつかはこのスラムで行き倒れる。どうしようもない袋小路だ。


「畜生、あの野郎のせいで……」


 夜中の路地裏でビョルンは忌々しげに悪態をついた。


 ……それもこれも、あの男のせいだ。

 あの猟師さえいなければ、今頃自分は酒と女に囲まれた生活を――


「――――ん? お前は……」


 その時、なにか聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。借金取りでも取り立てに来たのかとうんざりしながら振り返ると、そこには――


「ひ、ぎ――――!?」

「確か……そう。ビョルンだったか。――ずいぶん久しぶりじゃないか、ビョルン君!」

「悪魔……!?」


 首狩り族が目の前にいた。それもいつの間にか名前まで知られていた。

 奴は親しげな表情でビョルンの肩を叩き、気安く話しかけてきた。


「――あれから結構経つけどビョルン君は何してるの? 真っ当に働いてる? 駄目だぞまだ若いんだから犯罪に手を染めちゃ。――あ、林檎食べる? ゴブリン退治のおまけにおばちゃんから貰っちゃって余ってるんだ」

「ひ、ヒ……」


 真新しい灰色の外套を纏い、フードを被ってはいるものの、見間違えようのない姿。その軽薄な様子が、ビョルンにはどうしようもなく不気味に見えた。

 カタカタと小刻みに震えはじめたビョルンを見て、男は訝しげに首を傾げ――その様が、ビョルンにはどうしようもなくおぞましく見えて、


「おいおいどうしたんだ? ……ひょっとして臭う? 服も替えたし外套も新調したんだが、やっぱり臭うか? ちょっと防壁の外で子供のお漏らしを食らっちゃって大変だったんだ。ビョルン君、領都に詳しいなら風呂屋とか――」

「あ、あああぁぁぁあああああああああっ!」


 脱兎のごとく逃げ出した。

 全力で裏路地を駆け抜け、目につく瓦礫やごみを引き倒して後ろの障害とし、グネグネと道を折り曲がって撒こうとする。


 逃げないと。逃げないと。逃げないと。逃げないと……!

 あれは人間ではない、もっと別の首狩り蛮族だ。追いつかれたら頬肉を削ぎ食われてしまう!


 しかし――


「……怖がる理由は、わからんでもない」

「わぁあああああ!?」


 どうしてこの男が、逃げる先に息も切らさずに待ち構えているんだ……!?


「だがこんな場面だ。あえて言わせてもらおう。

 ――――知らなかったか? 大猟師からは逃げられない」



   ●



 それから、六年が経っている。

 ビョルンは未だ、逃げられていない

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