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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
123/494

問題:彼は誰でしょう?

 右手に見えますのは今回の講師、プレイヤーにしてパルス大森林の秘儀を会得したエルモ嬢。優れた風魔法使いにしてそこそこの弓兵であります。こちらでは博徒のエルフと呼んだ方が聞こえがよろしいでしょう。何やら新たな魔法の伝授法をその手に引っ提げ、決意も露わに控えております。

 そして左手より現れたのは今回の助手役、食い詰めのビョルン君です。戦闘技能については全く期待が持てませんが、出自から来たそのタフネスは折り紙付き。現在彼女募集中とのことですが、手に職のない彼に嫁ぎたがる物好きは現れるのでしょうか。その将来と同じく真っ暗な表情での登場です。


「いやちょっとコーラルさん!? きついって姐さん言いましたよね!? 俺やりたくないって言いましたよね!?」

「知らん。聞こえん。ちなみに警告しておくが、逃げたら後ろから撃ち殺してやる」

「畜生! どうしてこんなのに捕まったんだ俺は……!?」


 そう言って泣きわめくビョルン君。……いやだなぁそんな大袈裟な。たかだか魔法の修練でしょう?

 情けない彼に呆れてエルモを見やると、彼女は厳しい顔で溜息をついた。


「……いいから黙ってそこに立ちなさい。ちくっとするのはちょっとだけよ。床の染みでも数えてたらすぐに終わるわ。

 ――でも集中は途切れさせないようにね。この方法、エルフでも失敗したら百人中七人は死ぬから」

「微妙にリアルな数字!? もうやだ母ちゃん……!」


 脅してやるなよ。

 しかし、死亡率七パーセントとはなかなか過酷な数字だ。これが何かの治療法ならためらってしまう程度には。

 ――その後聞いた話では、この手法は先天的に魔法能力に障害のあるエルフの体質を改善させるために編み出されたものなのだとか。

 当然、魔法の使えないエルフなんて希少どころの話ではない。第一紀からこれまでにいた症例はジャスト百件、そのうち七件が死亡という統計にすらなっていない数字なのだった。


「……たしか、エルフはレベルを上げるとMPが上昇するはずじゃなかったか?」

「それはあくまでプレイヤーの話ね。NPCの成長には個体差があるらしくて、知り合いには攻撃値に成長が偏るゴリゴリの筋肉エルフもいるくらいよ」


 何そのレゴラス。――ああいや失礼。


 とにかく物は試しにやってみないと始まらない。とりあえずはエルモに任せてみるとしましょう。


「まずはこう、被験者はこうして胡坐をかいて座って。……倒れると危ないから」

「倒れるようなことをするのか……」

「うぐぐ……」


 情けない顔ながらも覚悟を決めたのか、大人しくその場に座り込むビョルン君。その目の前には野郎どもが興味津々な表情でずらりと並び、固唾をのんで敬意を見守っている。

 緊張に硬くなる彼の背中に回り込み、エルモはビョルン君の肩に自らの手を置いた。


「……落ち着いて、心臓の鼓動を感じなさい。――この状態から、私の魔力を彼の身体に流し込んでいきます」

「ふ、ヒ――――!?」

「はい静かに! ――彼の表情を見てもらえばわかると思うけど、体内に他人の魔力が入り込んで蠢くのはすごく気持ち悪いの。私もそこの猟師にやられて酷い目に遭ったわ」

「悪かったとは思ってるよ。だがあれは非常事態だったんだ。ここはエルモ先生の良識に期待したいところだがね」

「言ってくれるわね。――さてビョルン君、今あなたの中にはMPにして五十ほどの魔力が入り込んでいるわ。何だか奇妙な感覚でしょう?」

「え、う……るぉおおおおおお」


 言葉にならない様子のビョルン君。半ば白目を剥いて泡を吹き始めていて、観客も少々引き気味だ。


「そうそう、胃の中に何も入ってないのに、吐きたくなる気分でしょう? それが飽和状態。この状態を放置すると、全身の毛穴から血が噴き出して大変なことになります」

「ち、ちが、ちががぁ……!?」

「生まれつきMPがないとはいえ、現状彼の身体の中には50/0の魔力が流れています。つまり今までか細い蜘蛛の糸のようだった魔力が、いきなり綱引き用のロープに変化したようなもの。それを感じて、動かそうと試みるのはそう難しくないはずです。

 そしてこの魔力は元私のものだったとはいえ、私はその制御を手放しています。明らかにキャパオーバー、魔力は拡散を求めて彼の肉を押し拡げ、そのうち彼は想像を絶する苦痛を味わうでしょう。

 ……ビョルン君、死ぬ前にこれを何とか放出しなさい」

「結局スパルタか。タチ悪すぎるわ」


 思わず突っ込むと、借金エルフはやれやれ仕方ないなーと言いたげな表情で首を振ってみせた。


「……コーラル。エルフはね、とても選民意識の強い種族なの」

「種族選択の時に説明があったな。だがこの村に来るエルフは随分物腰が丁寧だったぞ」

「きっと大陸で世間の荒波に揉まれたからね。森のエルフはもっとひどいわよ。……絶対の魔法主義。弓と魔法が使えなくばエルフではない。エルフでなければ森で生きる資格なし。出来損ないは野垂れ死ねってね。――引きこもりと選民主義を拗らせるとああなるのね、ある意味感心したわ」

「……つまり?」

「エルフの修行法に、手とり足とり親切に、なんて方針はないッ!」


 なんだよエルフ最悪だな――じゃなくて。


「それじゃ講師失格だ。元々素養のない人間に教え込むのに、エルフ式の拷問紛いの修行法じゃ適当とすらいえんだろう」

「逆よ、逆。瞑想すら真面目にできないノータリンに魔法を教え込もうっていうのに、子供をあやすみたいにちやほやしたって意味ないわ。ここは鞭を振るう場面よ」


 ……むう、ちょっとだけ正論に聞こえてしまった。だが観客が怯えきった顔で講義を受ける状況というのは頂けない。どうにか改善しなければ。


 ――――とその時、ビョルン君に変化が起きた。


「う、ぅぅううううおおおおおおお……!」


 咆哮のような、あるいは歯ブラシを喉に突っ込んでえずくおっさんのような悲鳴。背中を丸めて涎を垂らし、白目を剥いて苦悶する彼の姿は誰が見ても痛々しい。というか気持ち悪い。

 ……あ、吐いた。


「ぅうぉおおおろろろろろろ……!」

「うわばっち――ゲフン。……えー、MPは減ってるわね。少々想定外ですが、どうやら彼はこのように魔力を排出する技術を会得しました」

「いやいやいや、いくらなんでも無理があり過ぎる」

「そこの外野、黙ってみてなさい! ……コホン。さて、生徒諸君。あなたたちが選べる道は三通りあります。一つは精神統一して今日中に瞑想を習得する。一つは今さっきのように飽和状態を体で感じてみる。もう一つは、このように――」

「うぐっ……」


 そう言いながら、エルモは蹲るビョルン君の腕を引っ張り上げ無理矢理立たせて、


「――さらに具体的に、属性変換した魔力を感じてみましょう」

「ひびっ!? びびびびいびびいっびい……!?」


 おおう、一体何が? いきなり彼の身体が激しく痙攣し始めたぞ……!


「――電気は風魔法の上位に位置しますが、ぶっちゃけ威力が労力に見合ってないの。丸太を切断する風の刃を生み出せる魔力量で、精々静電気がびりっとする程度しか出力できません。数歩離れるだけで威力が減退して無くなっちゃうし。今だって彼のHPは三秒ごとに一ずつしか減ってないわ。

 ただこの電気、全属性の中で最も身体に浸透しやすいっていう特徴があってね。火にくべられながら火魔法を習得するより、よほど効率的に魔法を習得する手段としてエルフに用いられてるの。

 ――さあビョルン君! その体の痺れを体表を伝わらせて地面に逃がすイメージよ! 早くしないと血液が沸騰して死ぬかもしれないわ!」

「だからなんでいちいちやり方がスパルタなんだ!」

「ぶぶぶぶ、ぶりぶりぶむりぎぎぎぎぎ」

「大丈夫、私がいなくても代わりはいるわ。専用の魔道具があるから」

「聞けよ、おい」


 あとなんでそんなもんをお前が持ってるんだ。

 こちらの疑問を察したのか、彼女は恐ろしいほどの無表情で振り返った。まるで能面のようだ。思わず後ずさりしてしまうほどに。


「この間、王都から来た商人から、健康器具を買ったんだけど」

「また引っかかったのか。個室一つをぼったくり商品で埋め立てて引っ越しとか、お前は新手の北斎にでもなる気か」

「……魔法の癒し成分を接触部分から身体に浸透させ、疲労感を解消してくれるんですって。――やってみたらただの電気ショッカーだったわ。笑えるわよね、エルフに電気ショックですって」


 ――――ぎり、と、

 周囲の観客にまで聞こえるほどの歯ぎしりとともに、鬼の形相で葱背負った鴨は怒号を上げた。


「ふざけんじゃないわよ! 私を誰だと思ってるの!? 電気だったら自前で用意できるわ、こんな風にね――――ッ!」

「あがっががっがががががが!?」

「待て待て待てストップストップドクターストップ! なんか変な煙が出てる!」

「クーリングオフ! クーリングオフ! あの商人次見つけたときはマイクロ波で破裂させてやるんだからー!」

「それはもう魔法の域を越えてるのでは――いや待てヤバい煙が黒くなった!」



   ●



 ――――結局その日、傭兵たちは死に物狂いで瞑想に没頭し、半数がスキルの習得に成功した。……人間、命の危険が迫ると潜在能力が開花するという好例といえよう。

 ……いやどこが好例なんだ? 報告書にどう書けばいいんだ畜生……!

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― 新着の感想 ―
[一言] 指輪物語って最高だよねぇ
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