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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
122/494

青空教室のすゝめ

 『鋼角の鹿』正団員が分隊長に昇進するには、日本の義務教育レベルの読み書き計算が出来ることが義務付けられている。


 ……はいそこ。笑い話じゃないからね。記録も取れない人間にリーダー役なんて任せられないのです。

 戦国時代の九州には六十代になってからいろはを習い始めた武将がいたが、あれは当人が叩き上げの脳筋武将かつ部下に有能な副官がいたから有り得た例であって、うちではまるで通用しない。

 ……いや別にディスってるわけじゃないですよ? 立花双璧とか大好きです。彼には大友立花プレイの際、いつもお世話になっています。

 問題にしているのは、平民出身の多い傭兵団は識字率が高くなく、後々のことを考えると悪影響が予想された点である。


 考えてもみて欲しい、現団内の分隊長だけでも43人いるのだ。それだけの人数が書類も通さずに口頭で上官に報告を上げてみろ、あっという間にパンクするのは目に見えている。

 そのため団員の識字率の向上は団の急務であり、訓練課程に座学を入れるのも当然と言える。

 ……その最初期の教官役としてウェンター副団長が再び地獄を見るのだが、それはもう巡り会わせということで。


 そんなこんなで副団長が教育パパと化したのが五年前。それだけあれば団員も小学生レベルの読み書きと割り算までは出来るようになる。……分数? 小数点? 知らんな。そして負の数なんて教えようものなら暴動が起きるに違いない。

 では分隊長と分隊長候補の教育水準が一定に到達すれば、訓練課程に座学の時間が無くなるのかといえばそんなことはない。

 せっかく設けた座学の時間だ。学ばせたいことにきりはなく、無くしてしまうにはもったいない。ならば他にどんなことで脳筋どもの頭を酷使させてやろうかと検討した結果、彼らの進路に三つの選択肢を与えることにしたのだ。


 一つは主計課。今まで習った計算以上に紙とペンが必要になる職場だ。商人との交渉のために微分積分まで覚えこまされ、年度ごとの予算やら売り上げの推移などを統計とグラフを駆使して纏めていく裏方である。

 当然脳筋たちからの受けは悪く、大半は引退せざるを得なくなった戦傷兵の再就職先として機能している。……まぁ、指が一本欠けていても字は書けるから……。


 二つ目は更なる上官への出世を目指す士官コース。……といえば聞こえはいいが、兵学なんてものをまともに修めた傭兵なぞそうそういるはずもなく、彼らに求めるのは基本的に、部隊内の状況を管理し報告書を上げる中間管理職的役割と、与えられた作戦内容における自部隊の役割を理解し、臨機応変に運用する責任能力が主である。

 ……出世欲に満ちた傭兵どもに現実を教えてやろうと、書類仕事が激増するよ。上と下との板挟みになって胃潰瘍になるかもね! と親切をみせたら希望者が激減した。そして副団長に殴られた。


 そして最後の進路は、魔法戦士への転向である。

 …………うん。まぁ、突っ込みどころはわかる。先天的にMPを持たない人間の傭兵連中が、どうやって魔法を習得するのかと。

 魔法を行使するにはMPが必要不可欠であり、MPを得るには魔法を行使してMPを消費しなければならないというジレンマ。脳筋は脳筋のままでいろというシステムの悪意を感じる。

 プレイヤーならレベルアップ時のボーナスポイントを使用することでMPを得ることが出来るが、この世界のNPCにボーナスポイントなんてものはない。つまりどうしろと。


 ……どうしてこんな案が出たのかというと、それもこれも団長が悪い。ある日の会議室で、低級でも魔法が使える奴がいたら便利だよなーなんて無責任に発言し、魔法という中二要素溢れる技術に憧れる連中の署名をもって提出。さらには団長権限で予算まで強引に割り振ってみせたのだ。そして肝心の手段に関しては丸投げしやがった。

 次の日の明け方。いつになっても現れない団長を捜索すると、氷室の中に整列していた魔物除けの樽詰めの一つに頭を突っ込んで気絶しているところが発見された。誰がやったんだろーなー。


 ――まぁ、手段がないこともない。MPに関連するスキルを習得すればいいのだ。

 俺の手持ちにも、瞑想やら魔力変換やらMPを上昇させる代物があるにはある。同様のものを傭兵どもに覚えさせてやればいい。

 ――――ただ問題としては、魔力変換は習得の際命の危険があることだろうか。それに瞑想にしても、通常なら習得に十年近い期間が必要となるらしい。

 俺の場合は、座禅組んで瞑想なんて日本で散々やってきたことだし、頭を空にして自己に埋没すると言われてもどうやればいいのか大まかにはわかる。だから短期間での習得も可能だったのだろう。……おまけにあの時は生きるか死ぬかで忘我状態だったし。

 だが傭兵に、飲む打つ抱くが生き甲斐の煩悩の塊どもに同じことが出来るかといわれると、甚だ疑問といわざるを得ない。


 もはや手詰まりかと諦めかけたとき、私にいい考えがあると手を挙げたのが部下のエルフだった。

 自分が傭兵に魔法を教える代わりに、見どころのある人材を猟兵に引き抜く取引材料にすればいい。――その提案は彼女にしては至極真っ当で、一挙両得の名案のように思えた。

 そして――



   ●



 青い空、白い雲、広がる海。晩春の砂浜は柔らかい感触を足裏に届けてくれる。暖かい日差しに包まれて、今日は絶好の行楽日和。


 ――そこに、


「ほぶっぱぁ!?」


 うなる拳、巻き上がる突風、そして為すすべなく舞い上がる人体。

 エルフ怒りの鉄拳を食らい、ハスカールの雑用係ビョルン君(31歳)は奇妙な悲鳴を上げながら宙を舞った。


 ――――やはり人選を間違えたか。アッパーカットの姿勢で残心するエルモを眺めて、言いようのない後悔に苛まれた。

 そして浜辺に座って講義を囲み、犯行現場を目撃した野郎どもの顔は、漏れなく丸ごと引き攣っている。

 エルモは静かに構えを解き、威圧感も露わに羊たちを睥睨する。


「よく見なさい。いいえ視なさい。ついさっき、私の右手が風を生んだとき、身体の中心から腕先に魔力の流れがあったはずよ」


 誤魔化すなよ、おい。

 魔力が何なのか理解すら及んでいない脳筋に魔力感知を無茶振りする講師。……お前それ講釈がうまく伝わらないからって癇癪起こしただけだろう。


「…………あー、エルモ嬢、エルモ嬢。上官からの質問なんだが、君は今何の講義をしているんだ?」

「決まってるでしょ、攻性魔法に対するレジストの実演よ」

「ビョルン君、思いっきり吹っ飛んでるんだが」

「……彼はね、HPは高いくせにレベルが低くて、この中では一番抵抗値が低いの」

「うん?」

「つまり、今の攻撃をこの中の誰が受けても、彼以上のダメージは受けないわ」


 そう言って、エルフは憐れにおびえる生徒たちににっこりと微笑みかけた。


「だから安心しなさい。彼を見ればわかるように、死にはしないし怪我も打ち身や火傷程度に抑えるわ」

「待て、火傷?」

「だからそう――――今日中に瞑想を習得しなさい」

「待てい」


 こいつノーヒントで仔獅子を崖下に叩き落としやがった。

 ……甘かった。何やら自信満々な様子だったんで、エルフ直伝の魔法訓練方法なんてものがあると予想していたら、出てきたのは火事場の馬鹿力を期待する根性論。さすがの猟師さんも戦慄です。


「いやいやいや待て待て。さすがにそれは講師として落第だろう」

「だって仕方ないじゃない! さっきの彼を見た? あの自称精神統一を!?」


 うん、見た見た。ビョルン君が試しに披露した瞑想は実質ただの居眠りだった。エルモが怒るのも理解できる。

 だがねぇ。


「故人も言うだろう? やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやれねば人は動かじって」

「褒める要素がないじゃない! 瞑想中の顔を見た!? あの煩悩まみれの顔つきで心を無になんてできてないわよ! いったいどんなことを考えていたのかしら!?」

「そりゃあれだ。次の給料日はいつだとか、帰ったら飲む酒の銘柄だとか、行きつけの娼館で今度は誰を抱こうかとか――」

「この一向宗がぁッ!」


 ひどい風評被害だ。坊さんたちに謝れ。……いや、昨今の宗教関係者の腐敗っぷりは目に余るし、それを考えるとそう的外れでも――いや違う。

 リアル一揆を現代で起こした宗教家の話はこの場では関係ない。この場で問題なのはエルモのスパルタすぎる訓練方針だ。

 いい考えがあると言っておいて、やることがただの座禅では詐欺にも程がある。他に方法があったんじゃないのかと問いただすと、彼女は気の進まなそうな表情で頬を掻いた。


「……あるにはあるのよ、MPのない人間に、魔力を認識させる方法が」

「だったらそれをやればいいだろう。もったいぶってどうするんだ」

「…………」


 エルモは一旦口を閉ざした。そして何度か逡巡する様子を見せ、丸一分は経った頃にようやく重い口を開いた。


「………………すごく、きついわよ」


 何をする気ですか。

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