笑顔の絶えない楽しい職場です
さて、今まで避けてきた話題であるが、傭兵団『鋼角の鹿』について解説してみよう。
現在、傭兵団の規模はスタンピード直後と比べようのないほど増加している。……とはいえ、あのときは俺を含めても十一人だったのだから比べたところで意味がないのだが。
では問題です。あれから八年経った今、我々の人数はどれほどになっているでしょうか。
正解は、約450人。
それも事務方や荷駄役などを差っ引いた、純粋な戦力としての数字である。
具体的な組織構成を解説してみよう。数年前に制定された、軍としての最低限の体裁を整えるための軍制である。
初期の頃は人事や補給なんて面倒な仕事は適当に済ませていたのだが、仕事を丸投げされ続けたウェンター副団長がついにブチ切れ、ちゃんとした組織と命令系統を構築すると宣言したのだ。
……まぁ、言いたいことはよくわかる。一応隊長格だの斥候役だのと役割で括ることはあったが、あくまでそれは緩い縛りに過ぎず、上下関係は実力主義で曖昧なままだった。
そんな中、団内で要望や陳情が発生するとどうなるだろうか? 古参兵や先輩団員は数いるが、明確に役職が決まっているのは数人程度。そして団長と副団長以外は明確な権限を持たされているわけではない。
結果は瞭然。決定権を持っている二人に、意見具申と称して団員が蟻のように群がって身動きが取れなくなった。そして団長は早々に匙を投げ、あとはヨロシクとばかりに副団長に丸投げしやがった。
傭兵団首脳が決裁するべき案件は多い。遠征先や討伐する魔物の選別。戦闘の結果得られた素材と討伐部位の集計に、それを卸す商人との交渉。団員への給料と特別報酬の支払い。負傷した団員の療養の手配。各団員の訓練や領内の見回りのスケジュール調整。摩耗した装備の新調や整備をギムリンや鍛冶屋、あるいは外部の業者に依頼したり、逆に装備の改造案を爺さんから提案されて検討したり。……あぁ、最近では団員ごとにナンバーを振って新たに購入したドワーフ装備のロット番号と関連付けて管理するという仕事もあったか。
……とにかく、事務仕事が山積して大変なことになっていた。そしてその大半が我らが副団長に押し付けられたとなれば、その負担は推して知るべしというやつだ。
ひどいときは入団したばかりの新団員が、俺も上質な装備が欲しいぜ早く寄越せよとデスマーチ中の副団長に直談判し、怒りのボディーブローを食らって吹っ飛ぶ光景さえ見られたほどである。それも二度。
――早々に部隊を分けて各隊長を定め権限を委譲し、命令系統を明確化すべし。そして備品や補給を管理する担当部署を設けないと下剋上するぞこの野郎。
そう言って副長が会議室の円卓を大剣で叩っ斬ったのが五年前。こうして若者は荒れ狂う怒りを制御する際に身体強化を習得した。……ううむ。真面目な人間ほど怒るときが怖いというのはどこも同じか。
――そんなわけで、副長が中心となって制定し、ようやく形になった組織概略が以下のとおりである。
最小単位は二人組。団員は常にツーマンセルを崩さないこと。
二人組を二つで一班。
班を二つ、それに分隊長を加えて一個分隊。計9人。
四個分隊と小隊長、そして小隊基幹要員を加えて一個小隊、計40人。
三個小隊と中隊長、そして中隊基幹要員と直卒の一個分隊を入れて一個中隊、計130人。
そして三個中隊と大隊長ことイアン団長、さらにウェンター副団長含む大隊基幹要員と直卒の一個小隊を入れて一個大隊、計450人。
……これに装備や補給を担当する主計課や、食料やら負傷兵やら倒した魔物やらを運搬する荷駄役まで含めれば、500人を優に超える大所帯の出来上がりである。
八年前のスタンピードに対するために、辺境伯が新兵やら警備兵やら半島中から見境なく掻き集めた歩兵部隊が1500人であることを考えると、これはもう一つの立派な軍勢と呼んでも差し支えないだろう。
ちなみに、これに訓練中の新兵は入れていない。今期の入団者は40人ほどだったから、つまりは……そういうことですよ奥様。
……ああそうそう、新兵といえば。この新年度に入団した新兵に、西の騎士団領出身で平騎士の四男坊のネアト君という若者がいたのだが、面接の際に読み書きと四則演算が出来るとアピールしてしまったのが運の尽き。速攻で副団長に主計課に引き抜かれてしまった。
ひょっとしたらうちにも騎兵科が出来るかもしれなかったのに! と悔しがる団長に、その際は馬の調達から蹄鉄や糧秣の管理まであんたがやれよと副団長の冷たい一言がぶっかけられたのは余談である。
……騎兵科は俺としても興味のある分野なので、団長を陰ながら応援させてもらおう。
――話が逸れた。……ええと、傭兵団の人数の話だったか。
もちろん、これほどの人数をハスカールで生産される食料だけで食わせるなど不可能だ。そもそもこの村は山がちで塩害の多発する元廃棄村ともいうように、農業に適した土地柄と言い難い。
そのため、基本的に食糧は金銭をもって外部から購うという方針になる。幸いなことに、この村は半島全体からすれば南部に属し、芸術都市や王都近辺の平原地帯からの食糧輸入に困難はなかった。最大の障害となるであろう輸送中の魔物被害は、傭兵団の見回りや狼たちの協力のおかげでだいぶ減少している。その点も踏まえて米商人――もとい麦商人との値引き交渉を有利に進めることも出来た。
一部とはいえ、半島における商業路の治安が改善し輸送コストの削減が見込め、半島南東部に大口の食糧需要が存在し、さらにそこで半島北部に発生する魔物の解体部位が買い取れるとなれば、大陸商人と傭兵団の双方に損のない取引が見込めるというもの。
さらにここ最近では、ハスカールが支援し、周辺に難民が新たに開拓した村がどうにか黒字化した頃で、収穫も軌道に乗り始めている。つまり、食糧の供給が近場から得られる目途が立ってきた。
別口の食糧供給源の確保という事実は、大陸商人の持ち込む麦に対しさらなる値引き交渉のネタを得たということであり、そのコストカット分は傭兵団の規模拡大、あるいは装備の更なる充実という形で目にすることとなるだろう。
こうして我らが傭兵団は、飢えに苦しむということもなく充実した経済力と武力をもって成長を続けている。
――さて、今までの話の中で気になった方もいるだろう。この中に、俺の位置づけはどこにあるのだろうか?
役職の上では、俺は一応『猟兵隊長』という肩書きを貰っている。斥候役兼狙撃兵兼遊撃手という程度の意味合いで、馬には乗れないし鉄砲も持っていないのだが。
そしてこの猟兵という兵科。一つの大きな問題を抱えているのだが、おわかりだろうか?
――――隊員が、俺と借金エルフしかいねえ。
……いやこれホント愚痴るしかないって。
猟兵に求められる役割は、敵情偵察と好位置に陣取ってのマークスマン、そして必要な際に敵の横腹を突くための遊撃役だ。
つまり単純に言うと、足の速さと目の良さを誇り、遠隔からの狙撃に優れ、敵中の奥深くに侵入しても生還が可能なほどの戦闘力をもつ人材が必要となる。
……そんな人材どこにいるんだ? いたとしても他の隊長連中との奪い合いになるわ。
腕のいい物見役はどこの隊も欲しがる良物件だ。手放したがるはずがない。酒の席で冗談交じりに、君んところのあの子才能あるねぇちょっと引き抜いてもいい? なんて提案しても、あいつなんて猟兵が務まるほどじゃねーですよぉと有耶無耶な謙遜ではぐらかされ、後日抗議のお手紙が団長経由で届く始末。……おのれ最近読み書きが出来るようになったからって偉そうに!
優良物件は軒並みさらわれてしまったとなれば、あとは自らで育成するしかない。しかし、俺もエルモも人材育成なんて未経験もいいところだ。
そこで一計を案じた結果が、目の前の光景なのだが――
「だぁから、違うって言ってるでしょうがぁーっ!」
……色々と間違えたかもしれん




