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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
寒村に潜む狩人
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現地民が協力的だと思うなよ

 枯れ葉を踏みしめる。

 天気はどんよりと曇り、ちらほらと雪が降っている。踏み入ろうとしている山の木々はすっかり葉を落とし、物寂しい雰囲気を漂わせている。


 結構な斜面だ。一般人ならおっかなびっくり進むであろう獣道も、それなりに強化されたステータスを持つ俺の身体にとってそう苦ではない。岩や木の根をとっかかりにひょいひょいと進んでいく。

 目的の場所は、どこだったか。


 ただでさえ狭い獣道を蔦が阻んだ。そこで腰に下げている山刀にご登場いただく。振り下ろすようにひゅんひゅんと振るうと、蔦は呆気なくちぎれて落ちた。


 ……うん、いい刀だ。切れ味はないし所々刃毀れしているが、それなりに使える。少なくとも剥ぎ取りナイフより百倍マシだ。


 独りでうんうんと頷いて山刀を鞘に仕舞う。……これがレンタルでなければさらに良かったのだが。

 気を取り直したところで前を向き、さらに歩を進めようとしたところで気が付いた。


 ……前方に山小屋が見えた。ここから見るとまだ小さいが、5分も歩けば辿り着く距離だ。


「あれが……」


 思わず声が漏れた。

 ……あれが、これからの我が家なのか、と。



   ●



 村に住んでみないか、と長老が言ったとき、一瞬何を言われたのか理解できなかった。


「……言葉の意味が、よく掴めませんが」

「じゃろうなあ」


 好々爺然とした笑みを長老は浮かべた。


「まずはこの爺の話を聞くがいい。……この村はな、200年ばかり昔の征服王の時代、北方開拓の一環として開拓されたものの一つじゃ。当時の計画ではこのあたりに大き目な街をつくり、武器を防具をそろえる軍事拠点として機能させるつもりじゃった。

 南方にある湿地帯と森を切り拓き、パルス大森林のエルフたちとの交易路を確立させようという大事業じゃが、そのためには間の沼地にいるリザードマン達がどうしても邪魔じゃ。じゃから奴らを抑え込むための拠点がいる、とな」

「ふむ……」


 納得のいく話だ。もしそれが実現していれば、このあたりは海からも窺えるほど発達した都市になっていたはずだ。

 だが―――


「私は泳いでこの地に来ましたが、沖から見てこの村の外観は……言っては何ですが、その……」

「どこから見てもド田舎の限界集落じゃろ。わかっとるわい!」


 老人は呵々と笑った。


「当時の計画では、というたじゃろ。物資を運び込んで一時的な拠点を作り、改めて街づくりに取り掛かるまでは順調じゃった。発展には10年を見越していて、交易路を開くのはそれから。征服王は『残りは王子に任せるか』なんて嘯いて、今度は西方砂漠の攻略に乗り出し―――そこで呆気なく死んだ」


 沈黙が流れる。いつの間にか、老人の顔から笑みが消えていた。


「……あとは泥沼じゃよ。王国は七つに分裂し、百年近く争う羽目になった。当時のミューゼル辺境伯様は着任したての領地ということで戦争には参加せず中立を保たれたので、この地は戦禍に遭っていないが、都市計画は白紙に戻ったよ。この村はその時の物資集積拠点に取り残された連中が居座ってできたものじゃ」

「それは―――」


 それは、きつい。きついなんてもんじゃない。

 元はただの物資集積地点だった、ということは、本来この地は農耕を行うことを視野に入れていない。街が出来るまで、本拠地から運び込まれる物資で食いつなぐことを前提としていたのだろう。

 それが途中で失われたとなれば、そのに移住を開始していた住民の負担はいかばかりか。


「辺境伯もそれは熟知しておられる―――いや、おられた。税はここいらでは一番低いし、不作の年は援助もしてくれとった。……だが足りぬ。塩害を防げぬ畑や荒れた海の産物では、領都からくる行商に安く買い叩かれて、必要なものを買ったらほとんどが手元に残らぬ。税率とて、辺境伯様が代替わりするたびに少しずつ上がっていっとる。今の領主様は代替わりして間もないから、次に税が上がるまで20年ばかりじゃが、その時この村はもたんじゃろう」


 ……あの、これってゲームですよね。

 やたらとハードな話の内容に突っ込みを入れたくなるのを堪える。……どうして初めてのまっとうな住民との会話が、限界集落の愚痴になったんだろう。


 ……だがちょっと待て。老人の話はまさに真に迫っていたが、一つ穴があるように思える。

 貯蓄も納税もままならないような寒村が、都市計画で置き去りにされた物資を横流ししたとしても、果たして300年も食いつないでいけるだろうか。


「―――ほほう、その様子では気付いたか」


 にやりと、老人が笑った。


「左様、ここからがお前さんに関わりのある話じゃ。―――わしの爺さんの代なんじゃが、百年前にも似たような状況になって、村を捨てるか皆で飢えるかのどちらかを選ぶところじゃったという。そこに現れたのが、お前さんと同じ『ご客人』じゃ」


 ぎらりと長老の眼が輝いた。まるで捕らえた獲物を離さない蛇のような目線で俺を見据えてくる。


「前の職は優れた戦士だったというそのお方はな、何を思ったのかこの村を気に入って住み着いてくださった。次々と強力な魔物を狩っては、それから得た素材を村に卸して下さった。ヒュドラ、グリフォン、ワイバーン……王都から商人が買い付けに来るほどでな、一時的にこの村は立ち直ったのじゃ」


 ……そうか。つまり、この爺は―――


「そのご客人も70年前に亡くなられて、その時からあった蓄えも今や底をついた。―――そこに、お前さんが現れた。

 のうご客人。これは運命というものじゃないかのう? 十年、いや五年でいい。この村に住んで働いてくれぬか。五年ももてば村の衆どもを領都に移住させる資金を用立てられる。それまでの間、この村を支えてほしい」


 そう言って、老人は跪いた。伏せた顔は見えないが、きっと村の将来を憂う責任にあふれた表情なのだろう。


 レベルが10までは死んでも蘇るプレイヤーは、なるほど狩猟業においては非常に優良だ。

 なにせ致命的な失敗を犯しても再び蘇り、教訓とすることが出来るのだ。力の及ばない獣、近づいてはならない獣道、魔物の集まりやすい場所。……そんなこんなを実体験として重ねることが出来る。

 たとえ元がへっぽこでも、二年も山に籠り続ければそれなりの猟師になっているだろう。

 たとえ実力の不確かな新プレイヤーでも、村の長老が頭を下げる価値はあるのだ。

 ……人の気も知らずに。


「……初めて会う人間に、逃散の片棒を担げと、そういうのですか」

「いかにも。……なに、あのお方と同様の成果を期待しているわけではないよ。わしらとてできる限りの支援はする。狩りが軌道に乗るまで必要なものは揃えるし、酒場にいけばただで飲み食いできるよう計らう。前回のお方が住んでいた山小屋。あれを中身ごと差し上げよう。年代は立っているが、手入れは欠かしていないはずじゃ」


 どうか、どうかと頭を下げる長老に、俺は―――



   ●



「おりゃあっ!」


 華麗なるやくざ蹴り。食らった扉はたまらず吹き飛び、その中身を外気にさらす。

 ……何が手入れは欠かしていないだ。経年劣化のせいか思いっきり枠が歪んでるじゃねえか。

 山小屋の中身を見回して溜息をつく。……ぼろい。ボロ過ぎる。

 ……長老の話では年に数度、兎を狩りに村人が山に入る際、休憩所として使っていたとのことだが、本当に一息つくくらいしか出来そうもない。


 全体的に埃っぽい。家具は大半が泥棒に持っていかれたのかほとんどが見当たらない。休憩用に村人が持ち込んだのか、フライパンやら木製の皿やらが食卓に置き去りにされている。恐らくこの小屋で最も価値が高いのは、かろうじて棚に安置されている安っぽいクロスボウくらいだろう。


「……まあ、確かに無いよりはましだがねぇ……」


 まずは大掃除から入らないとなあ、とぼやきつつ、何とはなしに埃を被ったクロスボウに手を伸ばした。


 ……ほら、やっぱり武器って気になるじゃない。



   ●



「長老、本当によろしいので?」


 薬師の小屋を辞した後、表で待機していたベンタが声をかけてきた。

 一瞬、何のことかと考え込み、あぁと手を打つ。


「―――構わんよ。『ご客人』は村の一員として扱う。いや、それ以上の存在としてな」

「……納得いきません。ただでさえ今年は不作気味でみんな腹を空かせているのに、あいつにただ飯を食わせるどころか、住む家まで! ……あれは俺たちが山に入るのに使ってたんだ!」


 不満を爆発させるベンタに、長老は呆れ果てた目を向けた。


「良いではないか。ただの古びた山小屋じゃ。中身の金目のものは、みんな村の者で攫って行ったではないか。……申し訳程度に武器だけは残しておいたが、あんなもので恩が売れるなら万々歳じゃよ」

「しかし―――」

「それに、奴はただ飯ぐらいではないよ」


 何を思ったのか。老人は面白いことを思いついたように笑って見せた。


「……あれは家畜じゃ。猟師として身を立てられるならそれもよし。精々買い叩いてうまく転がせばいい。ものにならなければ、奴隷にして売り払えばいい。……知っておるか、ベンタよ。『ご客人』の奴隷は高く売れるそうじゃぞ。奴にくれてやる飯代なぞすぐに黒字じゃ。あとは何人か若い娘を売りに出すだけで、領都に移り住む額に届く」

「……逃げるかもしれませんぞ」

「どうやって? ここから一番近い村まで徒歩で二日はかかる。野営をするなら装備は必須。……何のために貴様を連れてきたと思っておる」

「あっ……」


 雑貨屋のベンタ。野営道具を揃えるなら、必ず彼の店を訪れる必要がある。つまり、彼の目を盗んで村を出ることは不可能だ。


「……何か素振りを見せたら村の衆を集める。心せよ、ベンタ。村の未来は、貴様にかかっておる」

「は、はい……!」


 それに、と長老は思いを巡らせた。

 ―――それに、あの山小屋には一つ、手の付いてない宝箱があった。鍵が仕掛けられていて、村人では開けられなかったのだ。

 子供の頃、持ち主の男にそれとなく聞いてみると、『プレイヤーなら開けられるかもな』とはぐらかされた。

 ……ひょっとすると、あの中身が手に入るかもしれない。物に執着せず、手に入れた金は惜しみなく周囲に振舞っていた彼が、唯一執着した宝物が。


 夜が更けていた。冷たい風に吹かれながら、老人の心はいつになく浮かれていた。


「―――本当に、貴様の娘はよい拾い物をしたのう……」

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