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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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とあるドラゴンの考察

 息を潜め、気配を殺す。

 この時、スヴァークは巨大な岩となる。


 当然、山の中に突如出現した巨岩だ。苔も生えていないし、砂利も付着していない。違和感はそこかしこに滲み出ているだろう。

 だがスヴァークはそれでいいと思っている。多少怪しい物体の方が、生き物の好奇心を刺激しやすい。自分がそうであるように。


 予想は的中。得体のしれない、それも時折緩やかに身をくねらせる巨岩の正体を探るために、一匹の猿が近寄ってきた。

 猿は警戒しながらも徐々に近づき、スヴァークの真上に伸びた枝に陣取って怪しい岩を見極めようと身を乗り出した。


 ……だがそれこそが罠だ。好奇心は猫をも殺すと長も言っていた。ねこというものが何なのか見たことはないが、きっとグリフォンより素早い強敵に違いない。そんな気がする。そう決めた。


 風を切る音。唸る尻尾。

 鞭のようにしなやかに振るった自慢の尻尾は、狙い違わず猿の身体を強打した。キィキィと悲鳴を上げて猿が地面に落ちてくる。

 そう、スヴァークの目の前に。


「ギビィ……!?」


 奇妙な断末魔だな、とどこかおかしく思いながら、スヴァークはバリボリと今日の昼食を咀嚼した。

 骨と筋ばかりでそれほど美味いと思えない。ここ最近の半島の魔物はどれもが痩せ細っているのだ。だが自ら狩った獲物だと思うと達成感があった。竜舎で与えられる餌では得られない感覚だ。こういう感覚は、大事にしなければとなんとなく思う。


 主人が帰還するまでの間、スヴァークが山の中に身を潜めるようになってずいぶん経つ。彼女が姿を現すまで何もせずじっとしているのは、いくら主人のためとはいえ退屈だった。

 最初の方は居眠りで時間を潰していたが、ひと月で飽きた。スヴァークはまだ若く時間の潰し方が下手な自覚がある。長なら瞑想と称して百年でもじっとしていられるだろうが、あれは長が長だからできる芸当だろう。自分が同じことをしたら、十年で鱗にカビが生えてしまう。

 カビは嫌だ。同じようにコケも嫌だ。鱗と同じ色だから気にならないだろうとのたまった人間がいたが、それはとんでもない侮辱だ。主人が止めなければ、そいつは今頃スヴァークの糞になって麦を育てていただろう。


 ――そう、鱗!

 スヴァークは思い立ち、それまで岩の色に擬態していた鱗を戻した。灰色の地味な鱗が、綺麗な翠色に戻っていく。スヴァーク自慢の鱗だ。エメラルド色ともいうらしい。実物の石を見せてもらったことがある。綺麗だったので巣作りの際は硫黄と一緒に集めようと思う。味はいまいちだった。

 擬態はもういい。獲物が一匹獲れたら、その日のかくれんぼは終わりと決めていた。

 目立つ鱗でその場に立ちんぼになっていると、餌になる魔物がまるで寄ってこない。いつもの狩りは空から襲いかかるから気にならなかったが、待ち伏せとなると自分の体色はとても不利なものなのだとスヴァークは学んだ。

 だから主人を待つ間、スヴァークは自分の体色を変化させて隠密を鍛えることにしたのだ。雪の日は白く、草の中ではきらめきを抑えて、土の上では茶色になるように。

 半月前、そんな鍛錬をしていると長に報告したら、すてるすが何とかと呟いていた。意味は分からない。けどかっこいい響きがする。ステルス・スヴァーク……間が抜けている。かっこよくても二つ名には向いていない。


 それにしても、とスヴァークは思いを巡らせた。……それにしても、毎回毎回こうやって自分を山にかくして、主人は何をやっているのだろうか。

 主人のやることはいつも同じだ。スヴァークに乗って東に飛び、人気のないところにスヴァークを隠して単身どこかに消えていく。短くて半日、長くて二日ほどスヴァークをほったらかしにして、やっぱり一人で帰ってくる。

 帰ってくるとき、主人はいつもボロボロだ。服も肌も、最近スヴァークの鱗に似てきた綺麗な髪の毛も土で真っ黒になっている。擦り傷や痣も多い。

 泥だらけの傷だらけで足を引きずり、よくわからない言葉をぶつぶつと呟いてはひとりでに頷き、気もそぞろにスヴァークに跨るのが常だった。


 ……誰かにひどい目に遭わされているのだろうか? 誰かが自分の主人を苛めている? だとすればスヴァークはそいつを許さない。食う価値すらない。跡形もなく焼いてやる。

 けれど主人は違うと言った。苛められているのではない、と。これは自分の欠点を見直しているだけだから、と。


 確かに、スヴァークに乗り家に帰る主人から伝わる感情は、それほど悪いものでもなかった。爽快感? 達成感? 思い切り暴れて心地よい疲れに身を委ねる感覚に似ている。

 逆に、行き道での感情は酷いものだ。怒り悲しみ楽しみ憎悪、嫉妬に憧れ後悔焦燥。あまり複雑な思考のできないスヴァークには上辺も理解できない感情で渦巻いている。ぐちゃぐちゃの滅茶苦茶。そんな有様でどこかに行って、帰って来た時には幾分すっきりしているのだから、一体何があったのかと思う。


 交尾でもしているのだろうか? 美味いものでも食べているのだろうか? 量が余っているならスヴァークにも分けて欲しい。

 ずっと退屈な場所で待機するという仕事は、空を飛ぶよりつまらない。つまらない仕事は気が進まないし、誰もやりたがらない仕事には高めの対価が支払われるべきだ。それにドラゴンと竜騎士は一心同体。何事も分け合うべきだ。長だってそうやって強くなったと言っていた。


 ……そんなことを考えながら、スヴァークは主人の帰りを待っていた。地面に腹をべたりとつけて伏せていると、自分が自然と同化してしまったような錯覚を覚える。しかし実際は丸目立ちしていて、陽光を反射して煌めく翠色の鱗は自己主張甚だしい。

 証拠に、体色を偽装していた頃に感じ取れていた周囲の生き物の気配が、今ではまるで消え失せている。生態系の頂点たるドラゴンの放つ荒々しい気配が、ことごとくを逃げ散らせてしまうのだ。


 だが、そんなスヴァークの気配を恐れることなく、平然と近寄ってくる生き物もいる。


「スヴァーク……」


 待ちに待った主人の帰還に、スヴァークは伏せていた首を起こすことで応えた。

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