常に古いものを超えられるとは限らない
「――なるほどのう。もしやと思っていたが、やはりか」
ハスカール中心部の役場。その資料室の机に俺が持ち帰った書類を広げて、ギムリンは納得の声を上げた。
「やはりって、何が?」
「いやな、この第五紀の開発計画なんじゃが、明らかにプレイヤーが関わっとる。開発資材やら技術やら、計画が行き詰るであろうタイミングで、都合よく画期的な発想が生まれるなど、そうありえんじゃろ」
たとえばこれじゃ、とドワーフは一枚の羊皮紙を差し出した。
「これは……建材の調達についての報告書?」
「うむ。大陸の石材は主に西部の丘陵地帯で生産される。地下王国の収入源の一つじゃな。切り出した石を筏に乗せ、河川に浮かべて西の古都、南西の王都、南東の港湾都市に運搬するわけじゃ。……つまり水路の通じていない半島に運び込むには尋常でない労力がかかる。プレイヤーがインベントリを駆使しても、城や砦をつくるためには枠の問題で何度も往復する必要がある。
通常なら石材は諦めてレンガなり木材なり既存の建材を検討するもんなんじゃが、五紀の連中はこんなもんを持ち込みおったわ」
爺さんが指差した部分には、石材の使用はコスト面で断念せざるを得ないこと、日干し煉瓦は火山の近く地震が懸念される半島での使用に適していないことが述べられ、まったく新規の建材を使用することが提言されていた。
その建材とは、
「――ローマン・コンクリート」
「第五紀の話じゃ。それまで人間の勢力圏に火山はなかった。それなのに火山灰を主原料とする建材をポンと発想する現地人などいるものかよ。となれば出所は一つ。……征服王に物申せるとは、出世したプレイヤーもいたものだのう」
面白げにドワーフは笑い、書類から特に気になったところを新しい羊皮紙に書き留め始めた。
「幸い、石灰鉱床は二年前に見つけとる。火山灰は火山のお膝元の半島じゃ、採集に困ることもあるまい。儂らでも再現は可能じゃ。領都の防壁にもローマン・コンクリートが使われとる痕跡があったし、探せば産業にしとる村があるかもしれんのう」
「その割にはメジャーな扱いを受けてないみたいだが? 半島の特産だって言うなら、もっと大々的に使いまくっているだろう?」
「生産する村に余裕がなかったのではないか? どうせ農作業の片手間にこねるコンクリじゃ。基盤産業とする前に、そんな暇があるなら畑を耕せという理屈で発達せんかったのかもしれん」
なんとも身につまされる話だ。うちの村だって水溶性の魔物除けという特産がありながら、その貧困さゆえに海路を開くことが出来ないでいた。
ギムリンも同じ思いを抱いたらしく、背もたれに体重を預けて苦笑を漏らした。
「――純粋に価値を創出する産業とは農業のみである、とは誰の台詞だったかのう。意味合いは異なるが、よく言ったもんじゃ。腹が満ちねば、他のことに手を出す余裕も生まれん」
いやまったく。倉廩満ちてなんとやら。学術や工業が発展するには、まずその余分に専心する人材を養えるほどの食糧を貯えなければ話にならない。その基準を満たして、初めて人間は石器時代を脱しうるのだろう。
「――――で、話は変わるんじゃがな」
一通り書類に目を通したのか、爺さんは広げた羊皮紙を丁寧に巻き直し、紐で縛って棚の中に並べていく。
「……お主、領都で何があった」
「――――――」
いきなりの不意打ちに言葉に詰まった。……この爺さん、読心術でも習得してるのか。
「驚いたな。表には出してないつもりだったんだが」
「たわけめ。何年の付き合いじゃと思っとる。村に帰ってきてからこっち、浮ついた様子が見え見えじゃったわ」
それは……なんというか、いわゆるツーカーの仲というやつですか。出来ればジジイとのそれは遠慮したいところです。
しかしまあ、こんなやり取りが出来るほどに長い付き合いになろうとは。あの坑道の出会いからは想像もつかなかった。
「…………。大したことじゃないよ。最近、よく襲われるようになっただけだ」
「それだけ聞くと大事のように思えるのじゃが」
「刺客に襲われるのはそう珍しくないんだ。半年に一回くらいは奇妙な暴漢が刃物を持って襲い掛かってくるくらいだし、そのたびにタマ潰してお帰り願ってる。今頃男娼街は供給過多になってるぜ。ただ……」
「ただ、なんじゃ?」
「いやさ、流石に十代前半の女子供に何度も襲われると、どうにも勝手が狂ってなぁ」
思い返す。ここしばらく続いている、奇妙な刺客との逢瀬じみた殺し合いを。
●
もう半年もの間、俺と彼女の関係は続いている。
あれは確か、秋も中頃を過ぎた頃。北の山で大きな鹿を仕留め、その日の仕事を終えて帰還しようと街道を進んでいたときのことだ。
向かいから歩いてきていた旅装の少女に、いきなり腰の剣で斬りつけられた。
まったくの不意打ち。掛け声もなければ鬨の声も上げない。おまけに剣に籠める感情も見えてこない。
――そう、感情がなかった。フードと襟巻の隙間から覗く彼女の目には、憎悪だの悲哀だの金銭欲だのといった、人を殺す際の激情というものがまるで映っていなかったのだ。
まるで義務感のような、そうするのが当然と言いたげな所作。思わず応じてみたくなるほどの自然さで。
もちろん黙って斬られる俺ではない。少女の剣術がそれほどでなかったこともあり、難なく腕を取り放り投げて地面に叩きつけた。
熟練の暗殺者もかくやという殺気の消し方に反し、あまりに稚拙な剣の腕に首を傾げて――――あぁ、そのせいで魔が差したのだ。
背中を打って咳き込む少女につい、長剣は不意打ちに適してないからもう少し考えろ、なんてアドバイスをして、その口を衝いて出た言葉に恥ずかしくなっていそいそと立ち去った。何言ってるんだこいつ、みたいな少女の視線に居たたまれなくなったのもある。
襲われた動機など気にも留めなかった。職業柄方々から恨みは買ってるし、どこぞの貴族は俺の首に賞金を懸けたとも聞いていた。彼女もその類ではないかと邪推して、それ以上深く考えるのをやめた。
……きっと衝動的な追い剥ぎかなにかだ。彼女の行き先も村と逆方向だったし、二度と会うこともあるまい、と。
――その数日後、南の森でサーペントを殺して死骸を持ち帰っているところを、短剣を構えた彼女に襲われた。
刃にはご丁寧に毒まで塗ってある。仕方がないので腕を捩じり上げて短剣を落とさせ、インベントリへ没収した。
呆然と目を瞠る少女に、毒は危ないからやめろと忠告し、そのまま絞め技に移行して意識を落とした。
ぐったりとした彼女の身体をそこらの茂みに隠し、そのあたりを縄張りにしていたウォーセの兄に見張りを頼んで村に帰還。毒蛇の牙と毒袋を提出し、夕食を取ってぐっすりと就寝した。
――一週間後、仕込み針を手にした彼女に襲われることとも知らずに。
それ以来、俺とその少女は出会う度にやり合っている。
少女の方は弓だの鎌だのと手を変え品を変え、最近は不意打ちが通用しないと悟ったのか、片手剣を使うことが増えている。
俺の方といえば、会う度に鋭く重くなっていく彼女の剣筋に気を良くして、ついついあれが悪いこれが隙になると無駄口のようなアドバイスを贈って彼女の神経を逆撫でするに終始している。
……自分を殺しにかかってくる相手に師匠気取りとは、我ながら救いようのない。
だがまあ、それも仕方がない。
彼女のあまりの上達の速さは相手をしていて気持ちがいいほどで、ついつい興が乗ってずるずる引き延ばしてしまったのだ。
それに――――そう。かかってくる以上は、彼女が諦めるまで相手をするしかないと思った。
なにせほら、子供を殺める剣など、この手には持っていないのだから。




