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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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あかるい都市計画:温故知新を実践しよう

 埋蔵金? ねえよそんなもん。


 夜更けも夜更け。もはや夜半というべき時間帯。あと二時間もすれば朝日の出が拝めるだろうそんな時。領都の城門を音もなく這い上がり、大した苦も無く門番を無力化して突破し、東に向けて走り続ける影がひとつ。猟師風の服装に若草色の外套を身に纏い、フードを目深に被っている。

 ……まあ、俺なんですけどね。


 ――さて、皆さんこんばんは。すでに花見のシーズンは終了しましたが、半島にはこれからが盛りとなる春の植物が咲き誇っております。早く帰還して花と団子と酒盛りとに打ち興じたいところなのですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。


 ここまで来ればどういうことなのか、とっくにお察しの方も多いと思う。だが念のため、万が一理解の追いついていない方のため、あるいは醍醐味というか風物詩というか、とにかく事後に犯人が高らかに種明かしするという浪漫のために、この場で説明の場を設けさせてもらいたい。


 現在俺のインベントリには、羊皮紙の束でぎゅうぎゅうに詰まった革袋が一枠を占めている。俺が用があるのはその中の一部、征服王時代に書き起こされた都市建設の計画書である。

 ……早い話が、元からあった計画を失敬して参考にしようという腹なのだった。


 そりゃあねえ、街をつくる都市をつくると息巻いたところで、その手のことに関して俺たちは純然たる素人に過ぎない。この世界でプレイヤーは現代知識を持つ準チート的存在かもしれないが、西洋建築の縄張りのやり方なんて、知ってる日本人の方が少ないのではなかろうか。

 ギムリンの爺さんは若い頃に医療産業都市の開発に関わったと言っていたが、それだって民間企業の関われる範囲内のことである。期待など出来るものか。

 当然俺だって役には立てない。土地を選ぶときに四■相■の地! なんて洒落てみることは出来るかもしれないが、そんなもん糞の役にも立たないわけで。


 ……ああくそ。変なところにノイズがかかった。

 最近こうやって思い返す知識が、妙に欠落しているのに気付くようになった。何かの病気かねぇ? それとも外傷?

 日本で暮らしていたときに頭を強く打つ事故なんて…………散々あったなちくしょう。まあいいや。

 とにかく、思い返すと一般常識にも穴が見つかることもあり、正直集団生活で難儀している。……だいたい、しじ……しじん、相おうのち、なんて広辞苑にも載ってる一般常識だろうに。あーくそ頭いてえ。


 ――話が逸れた。

 元々は第五紀に、物資の搬入段階まで進んでいた計画だ。建設計画は相当具体的なところまで進んでいたはずである。水脈がどこだとか、便所をどこに置くかとか、下水道をどう通すかとか、堀をどこに掘ってどこから水を引いてくるかとか。…………水回りって割と重要よ? 

 三百年前とはいえ、専門家が頭を悩ませて描き上げた青写真がどこかにあるはず。そのまま領城に死蔵させておくより、こちらで有効に活用させてもらった方が設計者も喜ぶというもの。というわけで接収に赴くことに賛成多数で決定しました。


 ……え? わざわざ盗まなくても公式に頼み込んで借りられないかって?

 それもありといえばありなんだが、その場合行政から無駄に介入を呼び込む可能性があったのだ。

 現在ハスカールはエルフとの交易を確立させ、それ目当てに商人たちが殺到してくる繁栄が約束された状況。当然お役人たちも何か不祥事があれば容赦なく嘴をはさもうと、虎視眈々とこちらの隙を窺っている。そんな彼らに馬鹿正直に都市計画の記録を参考させてくださいなどと頼み込めば、散々もったいぶって時間稼ぎした挙句、恩着せがましく小出しにして利権を掠め取ろうと画策するに違いない。

 いずれこの村を辺境伯の管理下に組み込まなければならないのはわかりきっているが、こんな初期段階で差し出すのは安売りが過ぎるというものだ。


 ――さて、忍び込んで盗み出すにしても、件の資料がどこに眠っているのかなのだが、これについては早々に判明した。我らが村長にして元役人、クラウス・ドナート氏が勝手知ったるといわんばかりに特別資料室の存在を暴露したのだ。

 第五紀の辺境伯領草創期の記録は、特に重要なものとして厳重に保管されている、と。


 ここで問題になったのは、この特別資料室をどうやって解錠するのかという点。領城への潜入自体はそれほど難しいものではなかったりする。むしろ遠征帰りに立ち寄って、干し肉だのインク壺だのをくすねられる程度に警備がザルなもので、やってる俺が言うのもなんだが辺境伯の将来が心配になってくる。

 当然俺に解錠や壁抜けの技術があるわけでもなし。単独で人知れず資料室に忍び込む案は早々に没と相成った。


 というわけで次善案。関係者の誰かに鍵を開けてもらう計画を立案することとなる。

 踊ってもらうのは、最近昇進して資料室を開ける権限を得たばかりの初々しい執政補佐官。そして彼に近しい商人。

 人選はクラウスの推薦による。そこそこ権力があり、エリート意識に実力が伴っておらず、独断専行気質で賄賂が通じる相手だとなおよし――そんな条件を軽々クリアする逸材だった。実に素晴らしい。

 そんな役人御用達の商人となれば、自然よいしょが上手い口達者な人間もそれなりにいる。彼らのうちハスカールに出入りしている者をピックアップし、一役担っていただくことにした。


 まず、埋蔵金の噂をそれとなく自然に見えるように村中に流す。信憑性を持たせるために、エルフ区画の代表者と村長補佐のゲイル氏に会議室を貸しきらせて、埋蔵金の用途についてさも真剣に協議をしているように見せかけたり、調査から戻ってきた爺さんに「あの場所には埋まっとらんかったわ!」と大声を上げさせて思わせぶりな雰囲気を演出してみたりと、それなりの小細工を弄してみた。


 さっき回収した件の書類ももちろん偽造だ。適当に古い羊皮紙の書類を探してきて、表面を削り落として上書きした。当然詳しく観察すればばれるので要回収対象である。

 ……聞けば、エルフは羊皮紙を新品の状態で保全する技術を持っているそうで、通常ならこんなボロい公的書類はあり得ないのだとか。けれどまあ、人間相手で話に信憑性を持たせるためにあえてこれを用いたのだが、うまく嵌ってくれて何よりである。


 うまい具合に商人がフィッシュしたところで今回の仕掛け人、エルラム氏の出番である。彼はこの冬にパルス大森林に帰還する予定で身バレする心配もなく、逗留費用といくばくかの報酬を約束すると、二つ返事で快諾してくれたエルフだった。

 ちなみに御年652歳。森に帰ったら支族長クラスの扱いを受ける有力者なのだとか。当然征服王時代の生き証人であり、埋蔵金なんて存在しないとハナから承知の上での協力である。

 エルフの大陸撤退から取り残され、西の砂漠で数百年を過ごしたエルラム氏は、Aランク火魔法と火属性無効を所持する、エルフにあるまじき存在となり果てていた。肌もすっかり焼けちゃって、ぱっと見ダークエルフである。変装のために白粉を塗ったくるのには苦労したよ。


 そんな彼だが、やはり古巣を離れて長年渡世をくぐっていると小慣れてくるのか、気位が高く気難しい一般のエルフとは対照的に、気さくで調子のいい演技達者だった。おかげで予行演習を重ねたとはいえ、見事執政補佐官をだまくらかすのに成功し、何も知らない阿呆は寄ってたかって特別資料室に集合完了。その背後には気配を殺した猟師が一人紛れ込んでいましたとさ。


 ……この潜入、簡単に説明しているが存外骨が折れ――ることもなく、実際簡単だったわ、うん。

 この数年で何故か習得していた闇魔法を使って周囲の人間の精神に干渉し、俺をその認識から逸らしやすくする。かけた眼鏡を探してうろうろする老人と同じ理屈で、ちらりと視線がよぎった程度では気付かない程度に注意力を散らしてやれば、あとは俺自身の実力次第。そしてこちらも、文弱の青瓢箪に悟られるほど耄碌はしていない。


 ……ちなみに、一番きつかったのは食事時だ。丸二日も資料室の天井の梁に潜むので、まともな食事など取れるはずもない。

 役人が小休止をとって部屋の人影が減ったタイミングを狙い、インベントリから無臭の携帯食を取り出して音もなく頬張る二日間。二度とやりたくねえよクソが。


 作戦結果はご覧のとおり。気味が悪いほどやっこさんは騙されてくれた。……人間は信じたいものを信じるものだ、と皮肉ってやりたいところだが、埋蔵金関連で痛い目を見続けてきた日本人としては笑うに笑えない。

 ただ働きする羽目になったお役人たちには悪いことをした。しかしこれもある意味貴重な経験ということで。左遷先の新天地では出世できるようお祈りしよう。


 釣果を手に意気揚々と帰路を駆ける。行く先の東の空は白み始め、夜明けが近いことを教えてくれた。この速度で移動し続けたら明後日の昼までには村に帰れるのだが――


「――――そうはいかないか」


 足を止める。注意を向けるのは前方の街道。最近は治安が向上し、賊の類が撲滅されたはずのそこには、


「……そろそろ、来る頃だと思っていました」


 行く先を塞ぐ形で立ち尽くす、一人の人間が。

 小柄な女だ。やたらと古びて擦り切れた緑の外套を身に纏い、フードと襟巻で顔を隠し、細身の片手剣を腰に提げている。防具と呼べるものは身に着けず、丈夫そうな旅装で身を固めていた。


またお前か(・・・・・)。毎回毎回仕事帰りを待ちかまえやがって。その歳でストーカー予備軍とは、将来が不安になるぞ」

「――――――」


 俺の軽口に応えず、少女は無言で腰の剣を抜き払った。

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