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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
115/494

執政補佐官の失脚

 「書庫が荒らされた? ……一体どういう意味だ? 詳しく説明を」


 込み上げる頭痛を押さえつけ、辺境伯は目の前の執政補佐官に問い質した。数年前に前任者が収賄で職を辞し、繰り上がる形でその席についた彼は、額に脂汗を流しながら絞り出すように経緯を話し出した。



   ●



 数日前、とある商会の紹介で、一人のエルフが執政補佐官に面会を求めた。目的は前もって知らされなかった。エルフは寡黙な様子で、辺境伯か彼に近しい人間にしか明かせない話がある、としか答えなかったという。


 自分がエルフから辺境伯に近い人間と見なされたと、補佐官は誇らしい気持ちで、あるいは浮ついた気分で彼と面会した。

 ――――それが、そのエルフの思う壺だとは思いもせずに。


「――これをご覧いただきたい」

「これは……?」


 応接間にて相対した補佐官に、エルフは言葉少なに一枚の古びた羊皮紙を差し出した。かなりの年代物なのだろう、端が擦り切れてボロボロになり、書面もぼやけて判別しづらい代物だった。

 エルフは書類を数百年にわたり万全な状態で保管する術を持つというが、それでこれとは相当なものだろう。

 大事の予感に、補佐官がわずかに緊張していると、エルフは特大の爆弾を投げつけてきたのだ。


「三百年前、征服王が半島に遺した、埋蔵金の存在を記した書類です」

「な……!?」


 あんぐりと口を開けて驚愕する補佐官に、エルフは書類にある署名と文面を指さしながら説明を始めた。


 ――コロンビア半島から南方の湿地帯を切り拓き、エルフとの交易路を開く。この試みは、実はエルフとの折衝の段階にまで進んでいた。

 都市を築き、リザードマンを追い払い、大森林と安全に行き来が可能なようにする。――その試みは当然エルフにも伝わり、協力者が現れるほどだったという。


「……エルフが森から出たがるのか? 聞いたことがないぞ」

「今は腑抜けた引きこもりですが、当時は大陸を制覇していた頃の栄華が忘れられないエルフも多かったのです。大陸へ返り咲くための橋頭堡として、征服王の計画に一枚かもうとしたエルフはそれなりの数がいます。

 埋蔵金も、元はエルフの出資金が使われずに遺ったものです」


 だが征服王は覇業の半ばで死に、王朝は分裂して群雄割拠の時代を迎えることになる。都市建築の計画は頓挫して、出資金は行き場を失って半島で宙に浮いてしまった。

 あまりに高額な資金に初代辺境伯は扱いに困り――――数世代後に開発が再開することを見越して、半島のどこかに隠すことにしたのだという。


 補佐官の下に届いた書類も、当時の執政が埋蔵金についてエルフの長老に説明するものだった。それを、半島との航路が開き、長老たちがなにか交渉材料となるものを、と里中をひっくり返して見つけ出したのだとか。


「これは……しかし、これは――――!」


 書類を持った補佐官の手が震えて、あわや取り落しそうになる。それほどまでに、このエルフの持ってきた話は衝撃的だった。

 羊皮紙に記された資金額は、辺境伯領の年度予算をはるかに上回る。これが、この半島のどこかに眠っている……?


 仮に、この金額を掘り返し接収に成功したら、現在辺境伯領が直面している問題の半分が片付くだろう。

 竜騎士たちに分配して最近噴出している不満を抑えることができる。

 減税を実施したうえに補助金を拠出し、人口の減った各村を支援することが出来る。

 竜騎士たちが予算を圧迫し、遅々として進まない歩兵団再編を一気に拡大できる。

 これを元手に半島北部に拠点を築き、人類の生活圏をさらに押し出すことが出来る。

 ……以上の全てを賄ったとしても、なお余りあるだけの金額がそこにあった。


 探し出さなければならい。それもできるだけ早く、一刻の猶予もない。

 埋蔵金は今も半島のどこかに無防備に埋まっている。どこの馬の骨とも知れない、冒険者気取りの盗掘家どもが、今にも掘り返しているかもしれないのだ――――


「こ、この書類は一旦こちらで預からせてもらう。こちらの文書と見比べて、真偽を明らかにしなければならないからな」

「それがよろしいでしょう」


 ぶるぶると震えの収まらない手つきで、補佐官は羊皮紙を巻き取った。対面のエルフは特にこれといった感情を見せることなく、当然のように頷いた。


「……航路が開き、森林との直接の取引相手となる辺境伯領の繁栄は、我々の望むところです」

「しかし、いいのか? 元はエルフの資金だろう?」

「構いません。これは既に我々の手元を離れた金です。活用せずに腐らせることこそが害悪でしょう。

 ――しかし、あえて要望を伝えるなら。あなた方の発展に我々が寄与したことを、今後の付き合いで考慮して頂けると嬉しいですな」


 遠回しに今後エルフに対して便宜を図れと主張する男に、補佐官は引き攣った笑いを浮かべた。

 ……この金が手に入るなら、百年エルフを贔屓したってお釣りがくるだろう。



 翌日、慌ただしく官庁に出仕した補佐官は、手の空いた部下を掻き集めて書庫の前に整列させた。

 目標は征服王時代――ミューゼル辺境伯領草創期の事跡が記録されている特別資料室である。通常はドワーフ製の鍵で厳重に施錠されているその書庫を、補佐官の権限で開放させたのだ。


 そこから、彼はその官僚人生において、類を見ない激務を自主的に敢行した。

 辺境伯領の開発に関わる書類を総ざらいで目を通し、エルフとの関連が記述されているものは抜き出してひとところに纏めておく。当時の官僚の署名が残された書類も、筆跡鑑定の参考として残しておく。なかには物資を集めるだけ集めた末に、征服王の頓死で有耶無耶になった都市建設の計画書なんてものもあった。


 書類の抽出に一日半。中身を精査し、これはと思うものを抜き出して類別するのに丸一日。なにしろ半島の征服から王の急逝までの十数年にわたる記録である。その規模たるや一目見て眩暈を起こしかけたほどだった。

 不眠不休でぶっ続けた作業がひと段落した頃、三度目の徹夜を迎えようとしていた補佐官と部下たちの疲労は限界に達し、意識は朦朧としていた。

 だがそれもようやく終わる。厳選して今や人間大の革袋に収まる程度の山となった書類を読み込み、埋蔵金の埋まった地点に見当を付けなければならない。

 ここから最も頭を酷使する作業だが、やりきってみせると補佐官は決意も新たに気合を入れて――


「――――書類整理ご苦労。あとは任せておけ」


 不意に背後から掛けられる親しげな声。ポンと肩に置かれた誰かの手。

 それが何者なのか考える間もなく、補佐官は急激な睡魔に襲われて昏倒した。



   ●



「――――目が覚めたら、部下も全員打ち倒されていて。あれだけ苦労して集めた書類が根こそぎ奪われました……!」


 声を震わせて涙ながらに訴える補佐官の報告を、辺境伯はこめかみを押さえながら聞いていた。


「あの気位の高いエルフが、ただで資金を寄越すはずがないと気付くべきでした。奴らは元々、我々に場所だけ調べさせて埋蔵金を横から掻っ攫うつもりでいたのです……!」

「その古い書類は?」

「は……?」


 唐突に聞き返された補佐官は訳も分からない様子で間抜けな返事をよこし、辺境伯は疲れ切った溜息を吐いた。


「……エルフが持参したという、埋蔵金の件を記した羊皮紙はどうした? それも紛失したのか?」

「……ふ、紛失、しました……」


 そもそも発端の書類からして所在が怪しい。つまりは埋蔵金の実在すら疑わしいということに、この男は気付いているのだろうか。


「……第一、埋蔵金の件を知った時点で、どうして報告を上げてこなかった?」

「そ、それは……まだ真偽不明の情報ですし、きちんと調査してから確実なものとして報告するべきかと……」


 功績狙いで独断専行したと言えず、遠回しな言い訳に終始する姿を見て、辺境伯は暗澹たる気分で眉間にしわを寄せる。

 ここ数年、執政補佐官の質が落ちてきているとつくづく実感する。かといって、無駄に解雇するほど人材に余裕があるわけでもない。


 半ば強盗のような形で奪われ、彼にも同情の余地はあるとはいえ、どのみち公文書流出の責任は取ってもらわなければならない。

 数年かけて育成してきた人材は、またゼロからやり直しになった。


「――しかし、書類強盗とは……」


 起きた犯罪の不可解さに頭が痛くなる。

 警備の厳重な領城に容易く忍び込み、執政補佐官らの作業がひと段落つくまで姿を見せずに経過を見守り、機を得たと判断するとその場の全員を音もなく昏倒させ、書類の山を抱えた上で誰にも気づかれずに領都から脱出する。

 並の隠密の使い手ではない。そしてそれほどの手練れに、辺境伯は一人だけ心当たりがあった。


「まさか、あの猟師が……?」


 だがどうして。それに、協力者にエルフまで巻き込むなど、あの男に可能なものだろうか?


 謎は深まるばかりである。辺境伯はひとまず状況の確認のために、書庫へ向かうため席を立った。

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