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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
立ちはだかる猟兵
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二十日鼠のごとく

 世の中には、倦怠期というものがある。

 ……ほら、そこ。いきなり何言ってんだこいつ、みたいな顔しない。別に知れきった知識をひけらかしてどや顔したいわけじゃないんだ。

 えーと、何の話だったか。……そう、倦怠期。


 これは人が誰かと寄り添って生きていく上で避けられない期間だ。友情、結婚、師弟、上司と部下、漫才師のコンビやらエトセトラ。

 人間が孤独に生きるのでない限り、関係に飽きる、という現象は必ず起きうる。……身に覚えのないカップルやペアもいるかもしれない。けれどそれは、未だ経験していないだけ、あるいは経験したけれども論じるまでもないほどささやかなものだった、というものであり、決して倦怠期を経ていないわけではないのだ。

 別にこれが悪いものというわけではない。倦怠期はマンネリ化した互いの関係を見つめなおし、新たな段階へステップアップする準備期間のようなものなのだから。


 ――さながら、恋が愛に変わる瞬間のように。


 ……つまり、だ。何が言いたいのかというと。


「……毎年毎年ぽこぽこ子供産みやがって。お前ら、いい加減倦怠期とかないのか……!?」

「――――――フン」


 環境改善を求める俺に対し、巨大な体躯を誇る隻眼の灰色狼は、馬鹿にするように鼻を鳴らして地べたに寝そべった。

 季節は四月の春真っ盛り。暖かい日差しが森に差し込み、まさに昼寝日和である。

 ここ最近は差し迫った依頼もなく、昨日大きめな鹿を仕留めたこともあって狩りに出る必要もない。こうやって灰色のねぐらでのんびりするのも悪くはないのだが。


「おん!」

「わん!」

「くぅ?」

「グゥ……」


 今年生まれた三匹の仔狼に纏わりつかれて、ウォーセが弱りきった声を上げた。今まではじゃれつく立場にいたので、逆転されると勝手がわからないのだろう。

 他の群れのメンバーはほとんどが狩りに出てしまって、今いるのも去年生まれた年若いものばかりだ。まだまだ子供気分が抜けきっておらず、隙あらばいっしょに遊ぼうとじゃれついて――


「ぬぁああああっ!? ええい、外套を引っ張るな!?」


 いつの間にか背後に回り込んできた狼が、人様の外套を咥えてぐいぐいと引っ張っていた。やめてやめて首が絞まる死ぬ死ぬ死ぬ。

 さすがは灰色の息子と言ったところか。成犬サイズにまで成長した狼は言動以外はすっかり一人前だ。だから体格に応じた落ち着きというものを身に着けてください。


「おいこら放せって言ってるだろ……!」

「ゥゥゥゥゥ……」


 外套をかなぐり捨てて引っ張り返す。奇しくも綱引きのような態勢になった。双方一歩も引かず、一進一退を繰り返す。本来ステータス的に力負けなどするはずがないのだが、ぎちぎちと不穏な音を立てる外套が心配で全力で引っ張れないのだ。この外套高いのに。

 つーかお前楽しんでるだろ。尻尾が猛烈な勢いでパタパタいってるじゃねえか。


 このままでは押し負ける。こりゃまずいと助けを求めて周囲を見回し、どこか羨ましそうにこちらを見ている白狼に合図を送った。


「加勢! 加勢を求む! お前の弟なんだから何とかしないか!」

「オン!」


 頼もしい吼え声。年長の兄の号令に従って、その周りにたむろしていた仔狼が一斉に駆け寄ってきて、


「そっちじゃねえ……!」


 新たな第三勢力として外套争奪戦に参戦しやがったのであった。何故に。

 ――このままでは外套が破れて四散するのは火を見るよりも明らかだ。どのみち取り返しても歯形が凄いことになっているのではあるまいか。


 ……ああもう、勝手にしろ!


「灰色! もう少し子供の躾をちゃんとしないか! それともあれか、俺の群れでのカーストは相当下とでも言いたいのかコラァ!?」

「――――――」


 外套を手放して群れの長に向き直り、怒りを込めた抗議を突き付ける。しかし灰色は返事もせずに、傍らに寄り添う妻に顔を擦り付けて喉を鳴らした。


 ……見せつけてんのか、てめえ――――!


 そりゃあねえ、この八年間、俺も子育てには協力しましたよ。

 妊娠中は頻繁に様子を見に来てそこの奥さんを見舞ったし、仔狼が怪我したら下手な光魔法を駆使して治したさ。遠征帰りにオークやらゴブリンやら人間の食用でない肉を手土産にして、この群れが飢える機会はぐっと減ったと自負している。

 おかげで群れの規模は二十頭を優に超え、年長のものが巣立てるほどになっていた。

 巣立った狼は半島の各地に連れて行って、新たな縄張りを形成している。人を襲わないように言い含めて、周囲の治安に寄与させることによって近隣の村にも了承させたのだ。


 人を襲う魔物は狼が倒す。治安を乱すごろつきは『鋼角の鹿』に一報すれば瞬く間に鎮圧しよう、と。


 既にウォーセより年上の狼は全て巣立った。半島に散らばった彼らは順調に地盤を固め、五頭程度の群れを作り上げているものもいる。

 俺と団長、そして灰色の構想は着実に実を結んでいるのだが――


「――それとこれとは話が別だ! いくらなんでもお盛んにも程がある。もう世話する縄張り候補が半島をはみ出てきてるんだぞ……!」


 残りはグリフォンの生息地だの大要塞の目と鼻の先だの、南のリザードマンの生息地近くの森林だのくらいだっていうのに!

 それとも半島北のドラゴンの領域にブッコミかましたいとでも言いたいのか、お前は。


「…………」


 灰色の反応はなおざりだ。そんなもん知るか考えるのがお前の仕事だろと言わんばかり。隣の嫁と尻尾を絡ませ合っていちゃつくのに忙しいらしい。

 当てつけか。独り身の俺に対する当てつけなんだな。オウ嫉妬(シット)! 上等だその喧嘩買ってやる!


「今こそ下剋上の時来たり! おっさん狼なんぞ必殺の巴投げで仕留めてくれ――――は?」


 今何か、視界の端を横切ったような。こう、ぴゃーっと。


 振り向くと白い大狼の姿。遊び疲れて昼寝でもしたいのか、咥えた布を下に敷いてべったりと寝そべっている。

 そこまではいい。絶好の昼寝日和だし、使っている布も、先ほどまでの外套争奪戦で勝ち取った賞品だと納得できる。

 だがおかしい点がひとつ。――――その布、色がまるで違わないかね?


「くぅぅぅぅ……!」

「ぅぅぅぅ……!」

「…………!」


 目を転じれば、幼い仔狼と年長の狼が目当ての景品を求めていまだに争っている姿。……そう、俺の外套は、ここにある。

 最近購入した外套の色は淡い緑色――一般に若草色と称される色合いをしている。だがこいつが敷物にしている外套は灰色。おまけに使い込まれたせいか、汚れまくってあちこちが擦り切れている。

 そしてその敷物の色合いに、俺は確かな見覚えがあった。


「それ、二年前の。――――洗濯中に無くなったと思ったら、お前がかっぱらってたのか、小僧……!」

「グゥ?」


 ヴェンディルとの戦いで付いた血糊を落とそうとしていつの間にか消えていた外套に齧りつき、泥棒(ウォーセ)は不思議そうに首を傾げた。

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