寒村には爺婆しかいないのか
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スキルレベルが10を超えると、必要となる経験の桁が跳ね上がる。
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一度は言ってみたい台詞、なんてものはあるけれど、実際その台詞が使用できる状況に置かれるとテンパってしまって思うようにできない。そんな経験はないだろうか。
今俺が置かれている状況がまさにそれだ。
死に物狂いで泳ぎ続けた。というか、死にながら泳ぎ続けた。
水泳スキルの影響か、力尽きて溺死という結末は避けられるようになったものの、それ以外の苦難に常に見舞われ続けた。
代表的なものでも……
大嵐に見舞われてもみくちゃにされた。
濃霧に囲まれて方角がわからなくなった
渦潮に巻き込まれて海底にまで引き込まれた。
突然雪が降ってきてジャック・ドー○ンよろしく凍死した。
クラゲの触手に引っかかった。麻痺毒を持っていたらしく人事不省に。
魚を捕まえたところ棘に毒があり瀕死に。
生魚を食べていたら寄生虫でもいたのか食あたりに。
セイレーンに魅了されて求愛行動のつもりか潜水しまくって水圧で圧死
出てくる水棲生物が軒並み水魔法をぶっ放してくるんですが。
あとメガロドン。ぐぎぎ。
おかげでスキルレベルやレベルまでみるみる上がっていき、死に戻り不可となるLv10まで折り返しを過ぎてしまった。
あまり嬉しくない。俺は別に、達人スイマーとなるためにこのゲームを始めたわけじゃない。
……閑話休題。話を戻そう。
何百回死んだかは覚えていない。HPの上昇具合から見て、500回くらいは死んだんじゃないだろうか。
とにかく、なんとか荒海を泳ぎ切って陸地に辿り着いた俺は、力尽きてその場で気を失ったのだ。
気絶の際変な告知が視界をよぎったが、鬱陶しいので完全オフに設定している。
そして今、俺は何やら暖かい感触に包まれて横になっている。
……どうやら行き倒れているところを現地住民に救助されたらしい。ありがたい話だ。初めてで出会ったNPCの優しさに胸が熱くなる。
……髭? 船長? ……なんのことやら。
今まで閉じていた瞼を開ける。眠っていた影響か輪郭がぼやけるが、特に異常はなさそうだ。
さあ言うぞ。あの名台詞を。
「―――知らない天……天じ……。ぐぇええっ」
臭っ!?
何だこの臭い!? まるで薬草やら香草やら海藻やらをヘドロにぶち込んで煮込んだようなっ!?
目覚めのまどろみなんぞ一瞬で吹き飛んだ。泡を食って腹筋だけで上体を起こし、体に被さっていた布で鼻と口を覆う。
「ぐおおおおお……っ!?」
下策悪手極まれり。
当然のごとく布にも染みついていた同様の悪臭に、俺は悶絶する羽目になる。
そこに、
「……ひゃっひゃっひゃっ。そろそろ目覚める頃じゃと思っとったよ」
しわがれた声がかけられた。
辺りを見回す。古びた小屋だ。立てつけが悪いのか、風が吹くたびにぎしぎしと音を立てている。
屋根にある採光窓以外は締め切られていて、小屋全体は薄暗い。窓ガラスなんて上等なものはなく、採光窓からは冷たい風が吹き入ってくる。
屋根の梁には紐が渡してあって、そこに名前もわからない草や茸が吊り下げられていた。臭いの元はこれか。
―――そして小屋の奥、暖炉の近くに、背中を丸めた老婆が椅子に座って鍋のかけられた暖炉の様子を窺っていた。
「……ようしようし。ちょうどいい出来栄えかねえ。わしの見立ても捨てたもんじゃないね。それとも、あんたの食い意地がはっとったせいかのう」
「……食い意地?」
やっとの思いで言葉を返したとき、ぎゅるぎゅると腹が鳴った。そこで自分が空腹であることに気付く。メニューの時間表示を確認すると、最後に海亀を食べてから二日ばかり過ぎている。
「…………」
もう一度、老婆の手元にある鍋を見てみる
……なんだか、毒々しい緑色をしたスープが煮えたぎっているように見えるんですが。
「―――失礼、ご婦人。ひょっとして今作ってるのは―――」
「おお! 気付いたか。目ざとい奴じゃのう。もう完成じゃから、これを食べて体力をつけるといい。鍋に入っとるやつは全部食べてよいからな? わしはこれから長老を呼びに行くでな」
「…………ありがたく、いただきます……」
ご厚意の品ですか。むしろぶぶ漬けの方がありがたかったかも。
ではのう、と捨て台詞を残し、老婆は小屋の外へ去って行った。……俺の目の前に鍋を置き去りにして。
「ぐ、ぬう……」
よくよく確かめてみれば。先ほどから漂うこの異臭はこの鍋から湧き上がってきたものではないか。
戦慄の事実に呆然とする。……これを、食べるのか。
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「ははあ、婆さんの作った薬鍋をぺろりと平らげるとは、たまげたもんじゃわい。これなら快復までそう時間はかからんのう」
「ええ、まあ。せっかく頂いたものですし」
「とは言うても! 味も匂いも毒そのものじゃろ! かれこれ五十年あれを完食する馬鹿はおらんかったわ」
「はあ……」
「でもまあ安心せえ。村一番の薬師謹製の薬効鍋じゃ。効き目は抜群じゃよ」
そういって、この村の長老を名乗る老人は歯の抜けた笑い声を上げた。釈然としない気分のままそれに応じる。
「……この度は死にかけのところを助けていただき、ありがとうございます」
「ベンタんとこのアンが駆け込んできたときはびっくりしたわい。お前さんも、外を出歩くときに会ったら礼を言っておけ。
―――それはさておき。お前さん、『お客人』じゃな?」
「ご客人?」
首をかしげる。……そういえば、あの髭の船長も似たようなことを言っていたような。
「知らんのかの? 『お客人』とはお前さんらのように百年に一度現れる変人のことじゃよ。何処からともなく現れて、狩りだの冒険だの戦争だのに血道をあげよる。死んでもしばらくしたら復活して、きりがないと思ったときにぽっくり死んだきりになる。……儂も子供のころに会ったことがあってな、確か自分のことを……『ぷれいやあ』と自称しとったの」
「……恐らくは、それであってます」
変人、というワードには大いに異議を唱えたいところだけれど。
それを聞くと、長老は膝を叩いて喜びを露わにした。
「そうかそうか! それは好都合じゃ! ところでお客人―――名は、何と言ったかな?」
「コーラル、です」
なんだ。何を企んでいる。
一気に薄気味悪くなった長老の様子に、警戒感を強くする。
老人はにこやかな態度を崩さずこう言った。
「おぬし、この村に住んでみはせぬか?」