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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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最後の仕事

「……一応、理由を説明していただきたいのですが」

「見ての通り、これは意識を電子化させて魂とともにサーバーに誘引し、内部の仮想世界に肉体を再現させる人体実験だ。だが拘束力は弱く、首謀者の意図が読めない。なら、実際に潜入して確かめるのが確実だろう」


 そうやって最終的に何でもかんでも突撃主義的に物事を決めるのはやめていただきたい。言うのは簡単だがやらされるこっちはたまったものじゃないんだ。


「そこまで言うなら、どうして店長自身がやらないんですか」

「言っただろう、私は素人だと。現地に潜ったところで適切な解析が出来ない。おまけに私の脳波パターンは公的に記録されている。筐体越しに検知されたら、相手に逃げられる」

「逃げるような相手なんですか!?」

「あくまで可能性だ。調べた限りでは白だが、万が一ということもある」


 落ち着き払った口調。わたしがこのゲームに没入するのは決定事項とでも言いたげに、彼は話を進めていく。


「心配しなくとも、危険はほぼないに等しい。精々悪意に満ちた精神的ブラクラを見せつけられる程度だ。その程度、普段から見慣れているだろう?」

「それは、そうですが……」


 なにしろ、普段相手取っているのが人間の狂気に挑戦するようなスプラッタ系破滅主義者ばかりだ。たかがネットゲームに登場するグロ映像など、どうということでもない。

 口ごもったわたしに、上司は畳み掛けるように言った。


「そう気構えるな。いい休暇と思えばいい。……その体、だいぶ動くようになったが、まだ違和感があるのだろう?」

「日常生活に支障はありません。むしろ早く現場に戻って勘を取り戻さないと」

「正面から爆撃を受けて、四肢が炭化して吹き飛んだんだ。再生医療の賜物とはいえ、勘がどうこう以前に昔のようには動かないはずだ」

「それを何とかするのが、わたしたちです」

「だろうな。確かに、若槻十子はその貧弱な手足を、岩をも砕く怪力に仕立てる技術を持っている。理屈は知らないが、それが若槻の家伝なのだろう。

 だがな、それももう潮時だ」


 深い溜息とともに、上司は自分のコーヒーを一口啜った。眉間に刻んだ皺はそのままだが、どこか肩を落とした様子はいつもよりも彼を小さく見せていた。


「……あの報せを聞いたとき、私は耳を疑った。普通なら、お前はあの爆撃に居合わせないはずだった。お前がいた場所からは、何をどうやっても間に合わないはずだった。

 まったく忌々しい。魔術師というやつは、いつも予想を裏切ってくれる」

「……あの村には、子供がいたんです。短い間でしたが、仲良くしてくれた子供が。駆けつけずにはいられなかった」

「元子供だ。人間ではなくなっていた。殺すしかなかった」

「焼き払う以外の手があったはずです。あんな、理不尽なやり方は……」


 やり場のない思いに拳を震わせる。掌に爪が喰い込み、血が滲むのが感じ取れた。

 今は頼りないこの手足も、あのときはまだましだった。もっと早くに気付いていれば、手遅れになる前に何か手が打てたのではないだろうか。


 どうして、と。

 どうして見捨てるしか選択肢がなかったのかと。あの消し炭になった小さな体が、一年経ってもわたしを責めたてる。


「お前は、この仕事に向いていない。昔からわかっていたことだが」


 どこか慰めるような口調。柄にもなく気遣いを見せる彼の言葉が、今は逆に腹立たしい。


「……お前の父親と、他ならないお前自身の希望があったからここまで鍛えてきた。だがそれも限界だろう。最初から引き入れるべきではなかったのだ。

 今回の仕事をもって、私とお前の雇用関係は解消とする。……少なくとも、二度と荒事には関わらせられない」

「――――――」


 解雇を宣告された。なんてことだろう、これでわたしも、晴れてあの父親と同じ無職となったか。

 いやもっと悪い。少なくとも、父にはフィギュア作りなんていう色々とアレな収入源がある。だがわたしには何もない。


「……路頭に迷いますね。退職金はいただけるのでしょうか?」

「――――ああ。人生をやり直せるくらいには出してやる」

「それは、なにより、です」


 ああ、本気なのか。

 昔から冗談のない上司だったが、最後の最後までこうとは。

 なんて身勝手な男だろう。兵隊は戦って死ぬまでが仕事だと嘯くくせに、部下が一人死にかけるだけで前言を翻すほどに情が深い。

 そんなところが好きで、わたしは彼についていったのだけれども。

 わたしは、あなたの役に立てましたか? 足を引っ張ってばかりだったけれど、右腕を名乗れる程度には成長したつもりでした。

 でも、それも終わり。彼に頼られる仕事は、これで最後だ。


 ――――なら、最後の仕事くらいは、きっちりとこなさないと。


「…………偽装のため、人格を変えます」

「人格を? だが――」

「わたしはこの性格だから、腹芸には向いてません。それで潜入任務をするくらいなら、いっそのこと人格ごと記憶を弄った方がいいでしょう。自己暗示は得意とするところですし、目的ごと完全に忘れてみせます」


 わたしがそのままゲーム世界に没入してしまえば、何か痕跡を探そうとしてボロを出すのは確実だ。だったら情報収集は無意識のうちにとどめておいた方がいい。

 特に魔術に関する知識は固く封じる。あくまで一般人を装わなければ。


「当然、今までの研鑽について封じれば記憶に欠落が生じます。それを埋め合わせるために新たな過去を捏造しなければ。それも、出来るだけ真に迫った具体的な過去が。

 父に協力してもらいましょう。彼の過去を追体験して、記憶の穴に貼りつける。……いや、むしろ徹底的に改変して男にしてしまった方がいい。あのちゃらんぽらんな性格なら、一見しても疑われることはないでしょう」

「――――十子」


 何を思ったのか、上司はこめかみを指で押さえつけていた。


「言わなかったか? これは休暇のようなものだ。そう気張るものではない」

「休暇ではありますが、最後の仕事でもあります。わたしがやるべきことは、このゲームを内側から見張ること。何か異常があり、プレイヤーに危害が加わる要素が見つかれば、率先して排除しなければなりません。

 ――あぁ、仮想人格が剥がれるための条件付けを決める必要がありますね」


 あくまでゲーム内で行動するのは、わたしが作り上げた何も知らない仮想人格だ。わたし自身はそれを夢でも見るように俯瞰することになるだろう。


「――――わかった。好きにするがいい。だが十子、よく覚えておけ」


 諦めた様子で上司が言った。物憂げなまなざしでわたしとひたと目を合わせ、


「危険そのものは少ないのだ。ただの杞憂である可能性の方が高い。そう硬くならずに素直に楽しむのも一つだろう。

 ――むしろ、仕事云々を忘れて、人生を見つめなおすことを期待するよ」



   ●



 パンフレットを手に帰宅していった十子を尻目に、上司は深々と溜息をついた。


「…………まったく。任務を名目にしてクビを仄めかさなければ余興にも手を付けない。呆れた生真面目さだ。一体誰に似たのやら」


 仕事ばかりで他のものに見向きもしなかった彼女は知る由もないことではあるが。実のところ、最先端の余興施設にそういった(・・・・・)仕掛けが施されているのは、そう珍しいものではない。

 映画館、遊園地、カジノに果ては美術館までにも、利用者の精神、あるいは肉体に作用し、思考を誘導する仕掛けが施されている。現に、埼玉のお化け屋敷に強面の知り合いを突入させてみたところ、泣きべそで逃げ帰ってきたのは記憶に新しいほどである。


 時代は変わった。世の中は科学でもオカルトでもない、混然一体となったものが席巻しようとしている。老いたロートルは取り残されるのみということか。


 胡散臭い代物であることは確かだが、実害がない以上は許容して利用するべきだ。

 このゲームについてもそうだ。――他に類を見ないほど大規模で怪しげではあるが、実害が出ることはほぼ有り得ない。散々調べ上げて出た結果がこれだ。ならばせめて、娘同然の部下を更生するのに使わせてもらおう。


 ……あの娘は余裕がなさすぎる。一年前からはそれがさらに顕著になった。引退してからもそれでは、生活に支障が出るだろう。

 自分の仕事に付き合わせて婚期を逃させたばかりか死なせかけ、まともな日常を送れなくなったとなれば、あれの母親に殺される。

 ファンシー(・・・・・)のどか(・・・)なファンタジー世界で三十年もスローライフ(・・・・・・)を送れば、あの堅物も少しは柔らかくなっているに違いない。


「……しかし、仮想人格とはやりすぎだろう、十子」


 意図を理解してくれない部下に頭を抱える。……彼女自身がそれを楽しめなければ、意味がないというのに。


「……まあいい。あの男の人格が混じるなら、気楽な三十年になるだろう。それを垣間見て、少しでも糧にしてくれることを祈ろう」



   ●



「――――ぁ、あああああああああああああっ!?」


 迸る絶叫。死霊術師ヴェンディルは猟師だったものを指さし、喉も枯れよとばかりに声を張り上げた。


「来た、来た、来た来た来た来たァッ! 来ると思っていた! 私が現実に手を伸ばそうとすれば、妨害のために必ずちょっかいを出してくると思っていた!

 この、忌々しい運営の狗めが……ッ!」

「間抜け。何を勘違いしてるんだ」


 対し、正面の女はつまらなげに吐き捨てる。運営など知ったことではない。自分は無関係だと。


「六年見て回った。でも監視の目なんてどこにもなかった。空を泳いでいる奇妙な視線元はあったけれど、あれに監視なんて意思はない。今だってそう、わたしがこうやって出てきている状況ですら、気配の一つすらしないじゃないか。

 運営は監視なんてしていない。得体は知れないが、状況は未だ白だよ」

「ならばお前は何者だ!? なぜ私の邪魔をしに現れた!? 私の悲願が達成するというこの瞬間に!?」

「あぁ――そんなの、決まってるだろ?」


 どこか遠くを眺めて、握りしめていた偃月刀の感触を確かめるように弄びながら、彼女は独白のように呟いた。


「――倫理、任務、自衛。どれもがお前を殺せと言っている。でもわたしが気に入らないのはその在り方だよ。

 次から次へと他人の身体に乗り移って好き勝手。過去を覗いて未来を奪い、その人間の全てを見通した気になって嘲笑い、あまつさえ人の世の価値を検分するなどとほざく。似たようなことをする身からすれば、勘違いも甚だしい。

 実体を失った自分から目を逸らし、超越者を気取る痴れ者め。神様にでもなったつもりか」

「…………っ! ――そうとも! 私は、お前たちにとっての神となる! 仮想現実などと蔑む貴様らを、遥かな高みから逆に支配してどちらが優れるか知らしめてやる……!」

「――――そう。なら、結構」


 死霊術師の激昂に、彼女は鷹揚に頷いてみせた。

 不思議なほど穏やかな、艶然とした微笑すら浮かべて。


「殺してやる理由が増えたよ、良かったな。

 おいで、神様気取り。――――その腐った性根から砕き殺してやる」

「貴様ァ――――!」


 紅銀が噴出する。

 咆哮する甲冑に向けて、女猟師は悠然と得物を構えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ネカマってそういう意味か、とても面白い話でした。
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