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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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Science & Fantasy

 二十一世紀の初頭から、それまで暗闇の中に身を潜めていた『魔術』などという存在が、次第に正体をさらし始めていた。

 紀元前の遥か昔から続く神秘の結晶。今では科学に取って代わられた時代遅れのそれが、現代科学とともに暗闘に用いられるようになったのである。

 当然、それを一般の人間が知る術はない。世界には科学という名の経験則が泰然と君臨し、それを脅かしうる法則があるなどと、明かしたところで混乱を生むだけだ。


 だが魔術は現実として存在する。それは科学との融和と反発を繰り返しながら、知られぬまま人の世に異変をもたらし続けてきた。


 たとえば、月を貫いた剣の一撃であったり。

 たとえば、神を騙る外界のものどもの侵攻であったり。

 たとえば、ヒトを危険視した外星からの偵察であったり。

 たとえば、人類の存続を危ぶんだ、魔人に計画された統合戦争であったり。


 全ては公にならないまま処理された。今や眉唾物の都市伝説と化してしまった。

 ……それはいい。いたずらに世を乱すくらいなら、初めからないものとして扱われた方が平穏というもの。

 人を害しもすれば救いもする。それは科学も魔術も、剣も信仰も変わらない。

 我々はただ単に、己自身に定めた信条に従って動くのみである。



   ●



「VRゲーム?」

「――<PHOENIX SAGA>というらしい」


 わたしが上司からその話を聞いたのは、その日の業務が終わり、片付けに取り掛かった頃だった。

 偽装として営んでいる喫茶店は、創業五十年以上のある意味老舗だ。古びた趣のある雰囲気を醸し出していて、固定客もそれなりに多い。

 とはいえ、昨今の不況からして営業状況は悪化の一言。赤字の並ばない月はない。

 それでも何とかこの店がやりくりできているのは、店長が引き受け、わたしが補佐を務める副業(・・)によるところが大きい。


 ――――やっていることは、とても人に言えたことではないのだけど。


「珍しいですね。マスターがゲームの話題なんて」

「その呼び方はやめろ」


 そう言って普段堅物な上司を茶化すと、彼は眉間にしわを寄せたまま釘を刺した。

 ……別に間違った呼称は用いていない。彼は店長(マスター)にして師匠(マスター)なのだから、この呼び方で正しいはずだ。

 年齢は確か六十を超えていたはず。父より二歳ほど年上なのだと聞いている。短く切った総白髪で遠目からは老人のようにも見えるが、鍛え上げられた肉体ときびきびした身のこなしで二十は若く見えるほど。

 実際、わたしは手合わせでいまだ彼に勝てたことがないのだから、この男がいかに尋常でないか知れたものだろう。


 ああ、話が逸れたか。


「――それで、この……最近発売されるゲーム? これがどうしたんですか?」

「これを見てみろ」


 そう言って、上司は一枚の広告をテーブルの上に落とした。一緒にコーヒーを一杯添えてくれている。腰を据えて読めということなのだろう。ありがたく着席して頂くことにする。

 ……こういうところは気が利くのに、そのいつも浮かべている険しい目つきとぶっきらぼうな言葉遣いのせいで、彼はいつも勘違いされがちだ。それさえなければ、結婚の一つもできたであろうに。


 広告を読み込むことに集中する。……オープンワールドを下地にした独特な世界観のファンタジーRPG。独自のAIを搭載したNPCは人間のように思考し行動する。そのため魔王退治や世界統一のような具体的なプレイ方針は設定されず、プレイヤーは目的を自ら定めてプレイしていくことになる。

 プレイ時間は最新のVR技術である体感時間加速技術を使用して、一時間で驚異の十年を、実……現……?


「――――店長、これって……」

「時間加速十万倍だそうだ。馬鹿げた話だろう? ……その手の仕掛けは、あくまでゲーム内での時間経過を早めて誤魔化すものだ。実際に測れば秒針の巡りがやや早くなる程度の些細なものに過ぎない。

 確か去年の刑事事件に、端末に注射器が仕掛けられていて、そこから脳に直接エンドルフィンを注入するものがあったはずだが――」

「そこまでして時間加速とやらにこだわる理由がわかりません」

「お前の父親曰く。浪漫、だそうだ」

「……くそ親父め…………」


 身内に馬鹿の同類がいるという事実に眩暈がしてくる。頭を抱えていると、正面から椅子を引く音が聞こえた。

 見上げると、上司は食卓の向かいにどかりと座り、大きな書類袋を手にしていた。


「十子、時間加速十万倍だ。そんなものが可能だと思うか?

 人間の脳の情報伝達速度は、最も遅いものでも時速1.5㎞。これをマッハ十以上に加速する? これを平然とのたまう馬鹿は、神経伝達物質が光の速さで放出されていると考えているのだろうな」


 ロボトミー手術からやり直せ、と上司は嫌悪感も露わに吐き捨てた。

 苦虫を噛み潰したような表情。彼はそういった、脳を弄る人体実験を最も嫌っていた。


「――当然、これはあり得ない技術だ。あるとすればさっき言った、エンドルフィンで脳を鋭敏化させるものだが、これにも限度がある。

 大体、そんなものをゲームとして公表するくらいなら、さらに突き詰めてウラシマ効果の実証を考えるのが科学者の思考だろう」

「では、これは――」

「そう、科学ではない(・・・・・・)


 バサバサと音を立てて、彼は書類袋の中身を食卓にぶちまけた。

 透明な、A4サイズの薄いクリアシートだ。透明度が高く、表面には黒い文字で何かの文面が印刷されている。


「……購入時の規約同意書だ。持ち出しは厳禁。店頭でサインしてそのまま開発会社に郵送される。私が実際に購入を装って隠し撮りし、クリアシートに印刷した」


 最後の一枚が偶然同意できない内容で結局キャンセルしてしまった、と嘯き、上司はクリアシートを一枚一枚丁寧に重ねていく。


「この契約書、妙にイラストや装飾が多いだろう? おまけに一枚一枚微妙に位置がずれていたりデザインもがらりと変わる。ゲーム会社だからという理由で納得もできるだろうが、どうやら理屈は違うらしい。

 本当は紙面だったんだが、背景を透明にして重ね合わせると……」


 クリアシートを重ねるたびに、下から透けて見えていたテーブルクロスの色が黒く覆われていく。文面で、あるいは装飾の黒で。

 二十枚も重ねた頃には、A4のクリアシートはほとんど真っ黒になっていた。

 ……いや、違う。背景の余白は残っている。余白はか細いながらも確かな模様を描き出していて――


「……これは、魔法陣?」

「ありがちな手法だ。いっそ古典的とすらいえる。 ――肉体と魂の繋がりを弱め、魂をある方向に誘導する効果があるらしい」

「しかし、こんな騙し討ちのような契約では――」

「お前の父親が見たことによれば、大仰な仕組みの割に効果自体は弱いのだという。それこそ、寝ている身体をひっぱたけば、すぐにでも元通りになる代物だといっていた」


 利用者の魂を誘導し、ひとところのサーバー内に集める。その中には高度に設計された箱庭(せかい)が展開し、AIは人間のように――否、人間として(・・・・・)生活している。

 実際のところ、これが本当にAIなのかすら不明だ。下手をしたら、下級霊を使役して役割を演じさせている可能性も大いにある。

 どちらにしても大がかりな仕掛けだ。魔術と科学を組み合わせた大儀式。規模も費用も途方もつかない。……こんなもの、用意しようとするだけで小国の国家予算が吹き飛ぶだろう。


 それでありながら、詳しく見ても運営のやっていることは単なる観察。その上契約内容は簡単に破棄できる縛りの弱さ。何かの生贄に使うわけでもない。

 開発陣の意図が見えない。そんな不確かなものを用意して、一体何がしたいのか。

 せめて誰かの見解を聞きたいと顔を見上げると、いかにも不機嫌な上司の顔と出くわした。


「……悪いが、オカルトは専門外だ。むしろお前たち親子の方が詳しいはずだが」

「それは……そうですが」


 だがこの人に言われるのは心外だ。銃弾飛び交い機械歩兵蠢く戦場で、手斧一丁で敵陣に乗り込んで佐官の首を取ってくる、歩く人外魔境(オカルト)になじられたところで釈然としない気持ちが強い。

 科学の延長と称して一番の非科学をぶっこんでくるのがこの上司である。


「――それで、こんなものをわたしに見せて、何をさせたいんですか?」

「見てわからないか? ――やってこい」

「…………」


 ちょっと待て。

 今さっき、これが得体のしれない人体実験だと自分で言っておきながら、たった一人の部下かつ弟子にそれを勧める神経はどうなってるんだ。

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