導き得ぬ怨念、裁く傲慢
ランドグリーズの銀装 品質:- 耐久:A+
――――己が真実を曝け出せ。
●
死にたくない、ね。
結局のところ、お前の思いはその一言なのだろう。
まったく、マッドな研究者というやつはどいつもこいつも同じことを考える。
あれは確か、モロッコの山の中だったか。
不老不死の研究だと称して、アレな実験を繰り返す男がいたっけか。
ガタが来た肉体は潔く捨てる。そして真新しい義肢ととっかえひっかえ。
効率的な身体を求めて、四肢の形はどんどん歪になっていく。
腕は細く指は多く、全身に弾性を持たせるから関節は不要。視覚は各種光線に対応した高機能モデル。
ほら、ここまで来たらもう人間ではない。
何よりおぞましいのは、自分の人格を電子化させ、脳を薬品で肥大化させた胎児に流し込もうとしていたところだ。
殺すのには難儀したよ。全身を覆う名前も知らない合金の鎧は、ライフル弾をまるで通さなかった。
そのくせ周りの自動機械どもは好き勝手に鉛玉をばら撒いてくれるものだから、鬱陶しいことこの上ない。
最終的に鎧を引っぺがし、中の培養液に漂っている脳髄を引きずり出すのは並大抵の苦労ではなかった。
あのクソ上司め、なにがここ十年運動すらしたことのない軟弱研究者の暗殺依頼、だ。
――――ヴェンディル。この中二病拗らせたみっともない老害よ。
お前がやっていることはその研究者とまるで同じだ。自分のやっていることがいかにも高尚だと勘違いしているところなどまさに救えない。
行動を起こすにあたって、生存を第一義とするのは生物としての大前提だ。これをかえりみないのは論外。黄色い救急車に運ばれるがいい。
だが生存を、存続それのみを目的とするのは人間として生き方を間違えている。わかるか? 生きる意味を見出すこと、それこそが人と獣を分ける岐路となる。
価値ではない。意味だ。自分自身が願い見る、自分だけが胸に秘める星だ。
評価など放り投げろ。金銭など下らない。価値なんてもの、あとに残った識者どもが賢しらぶって寸評してくれるだろうさ。
人間なんて所詮、血と脂の詰まった糞袋だ。そこに多少の金貨を添えたところで何になる。
血と糞の混じった金貨を数えることに邁進するより、糞袋に意味を見出すことの方が有意義だろう。
失敗してもいい。不格好でも上等だ。たとえ汚泥をすすり糞尿にまみれる結果になろうと、失われない輝きを探すのが人生だ。
誰かに下らないと吐き捨てられようと、汚物にまみれた死の間際、悪くなかったと一瞬でも嘯けるなら、その人生はその瞬間に、他ならぬ自分自身に保証されるのだ。
お前は獣だ、ヴェンディル。
いや、もって生まれた期限に納得できず、期限そのものを引き延ばそうとするさまは畜生にも劣る。
お前に誇りはあるか。何としてもこれをなす、あるいは何としてもこれだけは為さぬという自ら定めた縛りが。
そしてそれが、己が人生を輝かしく照らす誇りたると、胸を張って声を上げられるか。
とある宇宙船の艦長は言った。――私は生き延びるのではなく、生きたいのだ、と。
いい台詞じゃないか。空虚で薄められた長命に微睡むより、喜びに満ち溢れた汚濁の短命を謳歌したい。それが人間というものだろう。
――――あぁ、畜生。
大きな声で怒鳴りつけてやりたい。目の前のこいつを殴りつけて、違うだろうと喝破してやりたい。
だが――――あぁ、畜生。身体が動かない。
血を流し過ぎた。傷口を塞ぐ氷はとうに溶け、どす黒い血が垂れ流れている。
身体から現実感が失われ、視界は暗闇とあの甲冑の区別がつかない。
ここまでか。なんて無様な。
こんな男をのさばらせて俺は逝くのか。
こんな外道の横行を許して俺は消えるのか。
それは――――
それは――――
………………それでも、
ああ……まだ、終わ
◆
――――――Nowwww Loaaadddddddinnnnnnnnnnn
五月蠅い黙れ下がっていろ。
吹けば飛ぶようなシステム風情が、下らない水を差すんじゃない。
これはここで根を断たねばならない邪悪。断じて存在を許してはならない。
幸いなことにここは密室。人目はない。運営の監視はないも同然。そして唯一いた彼女は自ら弾きだした。
――条件が揃った。揃ってしまった。
こうなっては、何としてでもあの男を阻止せねばならない。
さて、お遊戯の時間はおしまいだ。不本意だけど仕方がない。本業に立ち返るとしよう――――
◆
「――――ふん」
立ち尽くしながら絶命した猟師を前に、ヴェンディルは失望を隠せない顔で鼻を鳴らした。
「あれだけ大物ぶった口調の割に、呆気ない。もう少しいたぶり甲斐のある男だと思ったのだが」
まあいい。傷物ではあるが目的のものは手に入った。あとはこれを回収してじっくりと精神を浸蝕していけばいい。
能島英樹の時は、自らの死を偽装し、かつ彼の身体を封印内に紛れ込ませるという難儀な作業が術式を不完全にしてしまった。だが今は十分な余裕が与えられている。
当然、今後来るであろうドワーフの調査隊、あるいは軍隊は脅威ではある。だがプレイヤーの身体を手に入れた今、わざわざこの墓にこだわる理由はない。エルフの身体を置き去りにして姿をくらませれば、第二紀の死霊術師はほろんだと誤認させられるだろう。
人は信じたいものを信じる。確かな死体を前に、生き残ったあの女エルフの証言などどれほどの価値を持つのか。
よしんば生存が悟られたとしても、身体を替えて人間の風貌をしているヴェンディルを探し出すなど不可能だ。
「……とはいえ、捜索隊なぞに煩わされるのも面倒だ。どこか都合のいい隠れ場はないものか……」
しばし思案し、ヴェンディルははたと手を打った。
「――巨人だ。巨人の棲み処に紛れよう」
ガムド火山の火口に住む巨人族。彼らの棲み処近くに身を潜めよう。奴らは狂暴だがワイバーン以下の大きさのものなど歯牙にもかけない。図体のでかさに見合った観察力のなさだ。人間が一人近寄ろうが見向きもしないだろう。
言語を解しもしない人型の近くに紛れるなど大いに誇りを傷つけられるが、それはそれでいい欺瞞になる。ドワーフたちも傲慢なエルフが自らの膝元に暮らしているなど思いもしまい。
ああ、そう決まったからにはこうしてはいられない。急いで支度をしなければ。
といっても、根本的に死体であるこの身体は寝食を必要としない。身一つあれば事足りるのだが。
「――あぁそうそう。新しい身体も忘れてはならないなぁ」
もっとも、すぐに用済みになる身体でもあるのだが。
なにしろ乗り移ったあとは現実世界へのランデブーが待っている。この男がどういった人生を歩いてきたかは知らないが、こんなゲームに興じている時点でどうせ大した経歴などあるまい。容易く模倣して成り代わってやるとしよう。
浮かれた気分でうきうきと足取りも軽く、ヴェンディルは猟師の死体を回収しようと歩み寄り、
<――――――あぁ、なんテこと>
不意にどこからか湧いてきた言葉に、思考を停止させた。
「な―――馬鹿な……!?」
仕留めきったはずだ。全損した男のHPをこの目で確認した。この男は紛れもない死体のはず。
現に目の前に立っている彼の目は虚ろに何も映さず、口を半開きにして身じろぎ一つしない。
だというのに、
<――――あの魔族トやり合ったトきから、箍が緩ンでいた自覚はあったノだけれど。
まさか、正規の手段デ剥ガされるナんて>
この、声は。
唇も動かさない彼から聞こえてくるこの声は、一体なんだというのか。
そして、
「この、霧は……!?」
いつの間にか、猟師の周辺を薄く霧が渦巻いていた。身に纏う銀装から零れるように、魔力が霧となってその身を包もうとしている。
<わたしの魂ヲ捕らエると言ったな、ヴェンディル。その言葉は、アる意味本質をトらえている>
響く声。その声質は猟師のそれであったはず。だが言葉にノイズが走るごとに変質していく。楽器の弛んだ弦を張り調律するかのように、次第に高く、軽やかになっていく。
<――――そう、魂。お前は比喩的な意味で語ったノだろうけど、この実験場はむしろ、そウいった非科学的な代物の産物なんだ>
猟師の身体が、縮んでいく。手足は細く、肩幅は狭く、身体は丸みを帯びていく。土気色だった頬に赤みが差し、目元にあった皺が消え失せていく。
……若返っている? 否、これは――
「女、だと……?」
「意識だけ切り替わるはずなのに、あれだけ念入りに作ったアバターがこうまで変容してしまった。――いや、でも少し違いがあるな」
生々しい肉声でそう言って、彼女は自らの前髪をひと房つまんでみせた。遮るものが無くなったその顔には、斜めに大きな傷跡が走っていた。
「――――外人じゃあるまいし、赤毛とは。……一体何が作用したんだろうな?」
「なに……何者だ、貴様は――――!?」
「何者も何も。むしろお前にとっては身近な存在だよ、わたしは。
おまえ、ここじゃ魔法使いのくせに、現実じゃ似たものが無いと本気で思っていたのか? ――――あぁ、時間加速十万倍なんて与太科学を信じてるあたり、頭の出来はお察しだったか」
皮肉げな笑み。どこか自嘲のような響きを乗せて、女猟師は自らを名乗った。
「この姿で、コーラルなんてアバター名は適当じゃない。だからあくまで本名を名乗ろう。
――――わたしの名前は若槻十子。お前みたいな馬鹿を狩る、しがない魔術師だよ」




