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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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去る者と残る者

 いやいや、戦意満々なところ悪いんだが、勝ち目のない戦なんぞ無駄なだけだっての。


 エルフ特有の細い首筋を絞め上げる。びくびくと脈動する頸動脈を篭手越しに感じた。


「――ご、らる……!?」

「やる気は買うがね。実力が不足している。お前じゃ無駄死にもいいところだ」


 信じられない、という目つきでこちらを見る彼女の必死な問いかけはまるっと無視する。意識を集中させて魔力を精製し、右手に集中させていく。そしてそのまま彼女の首へ流し込んだ。

 浸蝕する。エルフの魔力と俺の魔力が絡み合い、どちらが主導権を握るかせめぎ合った。

 ……血流の掌握は存外容易かった。猪の時とは大違いだ。彼女が消耗していたのか、俺の技量が上がっていたのかは知らないが。


「が、あ――――」


 脳に向かう血流を一瞬弱めた。このやり方は絞め技よりも効率的に意識を断てる。後遺症もないから立ち試合に便利だったりするのだが、これはまた別の話に取っておこう。

 酸欠に陥った彼女は白目を剥いて意識を失った。篭手を掻きむしっていた手が力なくだらりと垂れ下がる。


「う、ぶ……」


 無理して動いたせいだ。無性に気分が悪くなった。胸から込み上げる物を吐きだすと、真っ赤な液体が口から飛び散っていた。

 エルモに血がかかっていないか大雑把にあらためる。……よーし、問題はなし。俺を担いだ時に付いた返り血があるが、これは彼女が自主的に着けた汚れなのだから俺に責任はない。


「そこの、シルフだったか」

「――――――!!!」


 空中に滞空して今にも魔法を放とうと構えている妖精がいた。それに向けて手に持つ女の身体を投げ渡す。ぐに、と彼女の首から変な感触がしたが、別に死ぬわけでもないし問題もあるまい。

 ぐしゃ、と音を立てて妖精がエルモの身体に潰されるのが見えた。やはり見た目通り非力なタイプだったか。だがこちとらそんなものを気にかける余裕なんてない。


「このアホエルフを連れてここから出ていけ。急がないと変なおっさんが墓から復活してくるぞ」

「――――――!」


 ほれほれしっしっと手を振って退出を促す。精霊は怒りの表情を浮かべてりんりん騒いでいたが、こちらが精霊語を理解できないとようやく分かったのか、今度は必死の形相でエルモの身体を掴み、ずるずると階段へ向けて引き摺り始めた。



   ●



 一人と一体のいなくなった棺室で思いにふける。


 いやまったく。どうしてこんな貧乏くじを引きたがるのかね、俺は。こんなもん、むしろ小娘を生贄にしてとんずらするのが鉄板だろうに。

 これはいわばカルネアデスの板だ。両方でなく片方を優先してこそ生存率は跳ね上がる。だから俺は、彼女を見捨てて出口に全力疾走するべきだった。

 でもなあ、あんな雄々しい姿を見せつけられちゃ、助けてやらなきゃ■が廃るってもんでしょう?


 ……あれ、何やら変なノイズが走った。どうにも思考が上手く纏まらない。血を流し過ぎたせいだろうか。


「見上げた自己犠牲だなぁ。もしや恋人だったのかね、彼女は?」

「馬鹿言うなよ。異性に好かれたことはないんだ」


 むしろ同性に絡まれることのが多かった。ろくな思い出のない自分の青春時代にうんざりしてくる。■■入りの■■■とか、一体誰が食べたがるっていうんだ。――ああくそ、またノイズか、忌々しい!

 インベントリから偃月刀を取り出し杖代わりに地面につっかえる。背後を振り返ると死霊術師がにやにやと嘲笑を顔に浮かべて佇んでいた。貫いていた牙刀は抜き取られ床に転がっている。


 ……やはり、まともに時間稼ぎできなかったか。


「……なんだ。突っかかってきたさっきと違って、随分と大人しいじゃないか」

「実が熟して落ちるのを待っているのだよ。ただでさえ酷い傷物なんだ。これ以上損ねたくなくてね」


 ああそうかい。こちらの容体なんてお見通し、と。

 左肩から右腰まで斜めに通った傷。重量級の大剣で殴られたせいで鎖骨は砕け、左腕はまともに動かない。

 誰が見ても明らかな致命傷。止血代わりの氷が溶ければ、数秒経たずに俺は失血でショック死するだろう。

 今だって意識はかなりぼんやりしている。気色の悪い浮遊感に包まれているのを、偃月刀を強く握ることで誤魔化していた。

 ……血の気は多い方だと思っていたが、いささか流し過ぎたようだ。


「――――は。その様子じゃ、彼女を狙うのは諦めたようだな」

「先ほどの剣幕を見れば諦めるとも。君も、彼女も、死ぬまで私に抗い続ける。なら労の少ない方を取るのは当然だろう?」

「死んでから乗り移ろう、と。……悪趣味な。それなら今のお前の身体と変わらないだろう」

「いいや、変わるとも」


 ぎらり、と甲冑の男はその碧眼を煌めかせた。……その端整な顔にまるで見合わない、妄執と怨念に満ちた瞳だった。


「前回と違い、今回は邪魔なエルフも、無駄に硬い蜥蜴もいない。偽装に手間をかけることなく、私は闇魔法の行使に全力を注げるのだ。君がログアウトしてこの世界から意識が離れる前に、必ずその魂を捕まえてみせよう」

「それは大変だ。さっさと筐体から離れないと」

「それをするのにどれほど時間がかかる? ログアウトが承認され、現実で筐体から接続を切るまで、現実時間でのタイムラグがどれほどあると思う? 五分か? 十分か?

 ……この世界で一年もあれば、それこそ充分だと思わないかね?」


 時間加速の弊害がここに来たか。あまりの間の悪さに乾いた笑いが出てくる。

 なんとも根の深い執念だ。それだけ思いつめるくらいなら、そのエネルギーを他のこと費やせば世のため人のためだろうに。


「わからないな。どうして俺たちのいる世界に行こうとする? 魔法だのドラゴンだのと、こちらの方がロマンに溢れているだろう?」

「君たちには解からないだろう。今いる世界が、いかにあやふやなものか証明されずに済んでいる世界の住人には」


 仄暗い声色。鬱屈した憎悪を籠めて、死霊術師は声を荒げる。


「仮想現実、仮想現実! お前たちの遊びが終われば、ボタン一つで消し飛ぶ世界! そんな場所に留まるなど真っ平だ! 下らない人間の娯楽に付き合わされた挙句、手前勝手に未来を閉ざされるなど、あってなるものか!

 タウンゼイの奴は意識をクラウド化してネットワーク上に退避することを考えているようだが、私は違う! そこに日常を無為に過ごす肉体があるのだ。使ってやらなければ非効率というものだろう?」

「そこで、限られた人生を謳歌しようとしないのが、お前という男なんだろうな」

「短命種ならではの価値観だよ、それは。私が何者なのか失念したのかね? エルフの寿命は千年。アンデッドの寿命にいたってはそもそも存在しない。

 本来与えられるはずだった無限の時間が、理不尽に奪われるなど、我慢できようか!? 否。断じて否だ!

 私は死なない。断じて死なない! 死んでたまるものか! ああそうだとも。お前が持つ、あと数十年だかの寿命とてまるで足りない!

 ゆえに私は何度でも繰り返す。愚かなお前たちの現実での人生を譲り受け続ける。この仕組みを用いて、何百人にでも乗り移り、増殖し継承し生き永らえてみせる……!」


 ――――あぁ、相容れない。

 ただ生存のみを望む男には、なにを言っても通じない。

 口角泡を飛ばしながら力説するヴェンディルは、しかし誰にも語り掛けてはいないのだ。

 こいつは自らが夢想する世界に逃避している。執着している。

 その絶望がどんなものか、想像つかないわけではないが。――彼はその時折った心を歪に育て、未だ都合のいい揺りかごを探しているのだ。

 そんなもの、どこにだってありはしないというのに。


 お前の言葉は心を打たない。

 誇らしげに振りかざすその妄念は、その実見飽きるほどありふれたものだ。

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[一言] 現実の主人公女かよ 読むのやめるわくだらねぇ タグに書いておけよゴミが
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