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PHOENIX SAGA  作者: 鷹野霞
愉快で無敵な墓荒らし
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彼女なりの決意

 ふざけるな。

 ふざけるな、ふざけるな。

 何が乗り移るだ。何が洗脳だ。馬鹿にして。馬鹿にしやがって。ふざけるな。

 こんなバカみたいなゲームに参加した自分も大概だが、だからってこんな目に遭う筋合いはない。

 そこの能島何某だってそうだ。彼の言うことが本当なら確かに自業自得にも見える。けれどあと少しで結婚が迫っていたその幸せを、理不尽に奪い去られる筋合いなんてない。


「この、この……この……!」


 支離滅裂な感情が制御しきれず荒れ狂う。うまく形を整えて言葉にするなど、きっとエルモにはできないだろう。


 ……それにこいつは、私たちの現実を何と言った? 自堕落なライター? 採点してやる? 電気信号の塊が偉そうに。一体何様だ。ふざけるな。

 確かに自分は、現実では取るに足らないOLだ。出社して、伝票をPCに打ち込んで、書類を纏めて、ささやかなミスで注意を受けて、コンビニ弁当で昼食を済ませて、七時過ぎまでサービス残業して帰る。我ながら下らない人生だと自虐する。

 でもそれを他人に言われるのは心外だ。ましてや簡単に模倣出来る代物だなんて、馬鹿にしているにもほどがある。


 上司に事務作業の手際を褒められた。次ももっと頑張ろうとうまく進めようと工夫を凝らした。

 使えない後輩を小言まじりに叱りつけた。彼はへらへら笑ってなかなか進歩してくれなかったが、遅々としながらも仕事を覚えていく姿を微笑ましく思っていた。

 母親が病気の同僚がいた。彼女の仕事を他のメンバーと分担し合って、彼女が定時で上がれるように取りまとめた。結局彼女は辞めていったが、去り際の感謝の言葉は忘れようがない。


 過去があって今がある。今の自分は、こいつの言うとるに足らないささやかな出来事を、一つ一つ重ねてできている。

 それを、一度流し見ただけで簡単に再現して見せるだなんて、そんなもの、


「ふざけるのも大概にしなさいよ、あんたは……!」


 怒りのままに風を操る。男を風圧で壁に押し付け、そのまま押し潰そうとして――断念。……殺しきる前にMPが尽きる。

 ならば手数を増やすまでと、シルフを喚んで魔力を譲渡する。二年来の相棒はこちらの意を汲み取り、風の刃を敵に連打した。

 それでも――


「ぐ、う……」

「――――解せんな」


 MPが枯渇し始めている。意識が朦朧とし始め、立っていられずに膝をつく。

 男の眼前には透明な障壁が張られていた。大気を圧縮して作った濃密な壁。同じ属性であるがために風の刃と干渉し、密度が段違いであるがためにこちらの攻撃を通してくれない。

 気合いだの感情だのではどうにもならないほどに、彼我の実力差は隔絶していた。


「別に、君自身がいなくなるわけではない。過去も、記憶も、感情も継承して、私が君自身になるのだ。君が失うものなどないのだが」

「だったらこう答えるわ。――――理屈なんて糞くらえよ」


 細かい理屈など知ったことか。嫌だと思ったから嫌なのだ。それをおぞましいと思うことに、何の理由が必要なのか。


「……コーラル。貴方の意見に、少しだけ賛成してあげる。

 これはゲーム以前に、現実問題として排除しなきゃいけない敵よ。もうこれはゲームどころでなく、命懸けの戦いになってしまった。だから私は真摯に向き合ってこいつを殺す。

 ――これで満足かしら、クソ猟師……!」


 その言葉に。


「――――――いい、かくご、だ。ばかエルフ」


 掠れるような、葉擦れのような声が聞こえる。

 霞む視界に、疾走する猟師の姿をエルモは見た。



   ●



「なに……!?」

「――――――」


 右手にあるのは新たな牙刀。驚愕の声を上げる男に対し、猟師は無言で気配を露わにした。

 紅銀の粒子を纏い、矢のように突進する。身体ごと甲冑に激突し、敵の身体を壁に押し付けたうえで牙刀をその腹に突き立てた。

 そして、


「すこし、こおってろ……」

「ぐ、ぁあああああああ!?」


 凍り付いていく。標本のように釘付けになった男の身体が、牙刀を中心に霜で覆われ、がちがちと薄い氷に覆われていく。

 ヴェンディルの悲鳴が収まった時、そこにあったのは氷の棺に閉じ込められた甲冑の姿だった。

 猟師は甲冑に突き立った短刀から手を離すと、よろよろと後ずさり、


「ぐ、ぅえぶ……」


 身体をくの字に折り曲げて、勢いよく吐血した。


「コーラル!?」


 慌ててエルモが駆け寄り、その体を支えようとして息を呑んだ。

 ――猟師の身体を斜めに走る刀傷。出血自体は止まっていた。だが、これは……


「傷口を、凍らせたの?」

「こうでもしないと、なかなか止まらなくてな……」

「だからってこんなの……」

「馬鹿言うな。こんな氷屁でもない。どれくらいかっつーとアレだ。軽トラに齧られたようなもんだって。つまり死ぬほどきついです」

「この、馬鹿……!」


 蒼白な顔色で猟師が笑った。口端からぼたぼたと血を滴らせて呻く彼は、明らかに重傷だった。


「とにかく、早く逃げるぞ。芯から凍らせたとはいえ、そう長く持たん」

「――――――」


 無事な右腕を肩に回して猟師の体重を支える。ずしりとした重みと、荒い息遣いが身体ごしに伝わってきた。

 押し潰されそうになりながら出口へと向かう。石扉を抜けて宝鍵を抜き取れば再び封印は閉じるはず。それでしばらくは時間が稼げるだろう。

 あと数歩。あと数歩で扉に行き着くというところで、突然猟師が呟いた。


「――――あぁ、畜生。そう上手くいってはくれんか」

「――――!?」


 振り返る。背後から感じる気配はひたすら不穏。出来れば猟師のたちの悪い冗談であってほしいという願いは、呆気なく裏切られた。


 ――氷が、溶けはじめている。

 死霊術師の身体は白い湯気を立ちのぼらせながら、カタカタと小刻みに震えていた。


「まる一日はあのままにするつもりでやったんだが。……やっこさん、エルフの癖に火魔法でも習得してるのかね?」

「知らないわよ、そんなの」


 どこかのんびりした口調の猟師に苛立ちながらエルモは答えた。そんな様子すらも愉快そうに眺めて、彼は口端を歪める。


 ……なんにせよ、ここから逃げるという選択肢は取れそうにない。

 残った魔力を背後に待機しているシルフにありったけ渡す。魔法は精霊に任せて自分は短弓。分担した方が効率がいいだろう。

 小刻みに震える猟師の身体を地面に下ろし、エルモはインベントリを展開した。使い慣れた弓と矢筒を取り出し、矢筒を腰に据え付ける。


「……コーラル。辛いのはわかるけど、手伝ってもらうわよ」

「勇ましいな。っなかなか好みな性格だが、怪我人には優しくしてもらいたいものだ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 早くクロスボウかさっきの魔法の用意を――」

「確かに、そんな状況じゃないな」


 不思議なほど、落ち着き払った口調だった。今までの負傷で乱れていた息遣いが嘘のような。

 怪訝に思ったエルモが状態を確認しようと猟師を見やると、


 伸びる腕。掴まる首。絞まる指。


「ぐ、ぁ……!?」

「……お前を、ここで戦わせるのは少々まずいんだよ、エルモ」


 エルモの首に右手の指をぐいぐいと喰い込ませ、猟師は穏やかな口調で語りかけた。

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