一緒に老いましょう
わたしが勝手に悶々としていると、
「ねえ、本田さん。俺、龍の言っていたことを考えていたんだ」
穂波君の鷹揚だった声の調子が改まる。
自然、わたしもその調子に導かれる。
「龍の言っていたこと?」
「そう。本田さんの焔が燃えていないって龍は言っていたよね?」
「うん……。焔って言われても、何のことだかちょっと分からないんだけどね」
「それってきっと、本田さんが誰にも恋をしてないってことなんじゃないかな」
「こ、恋?」
「うん。龍は、本田さんが恋をしていないから、誰にも心を動かされていないから、自分の妻に迎えたいって言いたかったんだと思う」
穂波君はそう言いながら、物いいたげな視線をこちらに寄こした。視線が交わり、わたしは身動きを失う。眼力が強いんですけど……。
「あ、あの……穂波君、眼差しが痛いんですが……」
「ごめんごめん」
穂波君は笑って、続ける。
「それでね、考えたんだ。本田さんが誰かを好きになれば、龍は諦めるんじゃないかって」
「好きになるって、そんな簡単かな」
むしろ龍から走って逃げるより難しいような気がする。
「大丈夫、俺は本田さんが好きだよ」
「そ、そういう問題じゃないよ!」
わたしがそう言うと、穂波君はくすくす笑う。
「折に触れて言っておけば、サブリミナル効果で俺のこと好きになってくれるかなって思って」
「サブリミナルってそういうんじゃないと思うよ……」
「それにね――――」
唐突にぐいっと顔を寄せてきて、
「え?」
「俺の顔、嫌いじゃないんだろ?」
わたしの耳元で穂波君は囁いた。
「はいぃい!?」
耳に触れる息がくすぐったくて、慌てて耳を押さえる。
そんなわたしの様子を見て、穂波君はあはははっと楽しそうに笑う。
穂波君って……こんな人だったっけ?
「本田さんが昔好きだったテレビの中のヒーローに、俺は近づいていると思うよ?今はまだ、見た目だけだけどね」
「え?」
「顔は、遺伝的に似てくるのは自然なことだし、性格は微妙なラインだけど、努力はしているつもり。優しくて家庭的で、でも喧嘩が強い。DVDを100回以上見て研究したし……本田さんの好きなドックブルーに少しずつ近づいているはずなんだ」
「ちょっと待って、じゃあ……」
ひょっとしなくても、穂波君はあの約束を覚えているってこと……?
「だから、俺と結婚して?」
「また、そのパターン!?ああ、小1のわたしのバカー!」
思わずシャウトすると、
「うそうそ。頭を抱えないで、本田さん」
穂波君はからからと笑う。
「穂波君が変なこと言うからだよ!」
「ごめんごめん。でもね、当面龍を遠ざけるために俺を使ってもいいって思うんだ。付き合うふりでもしてね。あの龍は縁を司る神様だから、縁があるもの同士を引き裂こうとはしないと思うから」
「で、でも……」
付き合うふりなんて、ピンとこない。
「本田さんが今好きになりそうな人がいるなら、話は別だけどね」
そう言って穂波君は一瞬だけ探るような目をむける。
「……」
「俺はね、本田さんと一緒に老いていく夢があるから、いつでもオーケーだよ」
「い、いやいや、老いていくって!さすがにそれは、色んな段階すっ飛ばしすぎだよ!」
わたしも穂波君もまだ高校生なのに、老いに照準を合わされても困る。
わたしがそう言うと穂波君はこれまた楽しそうに笑って、
「あまり深刻にならないで、考えておいて」
そう言った。
それじゃ行こうか、と穂波君が路上へと出て行くのでわたしも後に続いた。
『ミサキもさ、もうそろそろ恋愛面倒くさいとか言ってないで、告白されたら付き合ってみるくらいのスタンスで居た方が良いんじゃない?』
穂波君の背中を見ながら、昨日麻美に言われた言葉がなぜか頭に浮かんでいた。
穂波君は平気で好き好きと言うから、本気なのかどうなのか怪しいけれど、付き合うふりなら、やってみてもいいのかもしれない。
そんな風に思ったのは多分、ちょっと疲れていたからだと思う。




