認識外のイケメン
やばい、と瞬間思ったけれど、後ろに傾いた体はもう自力では戻らない位置まで来ていて、わたしは背中への衝撃を覚悟した。
けれど、やってきたのは、トン、と肩を支えられる感覚だった。
「え?」
そのままふわっと体が引き戻される。
「大丈夫?」
後ろから声がして、振り返るとそこには、えーと……そう、穂波君がいた。
クラスメイトの名前がぱっと出てこないのは、ちょっとまずい。
「あ、ありがとう。穂波君」
『あ、カズシ』
「どういたしまして。改めておはよう、本田さん。朝早いね」
穂波君は柔らかい物腰で、そう笑いかけてくる。
「あー補習でねー」
「おはよー、穂波君。穂波君こそ早いじゃん」
「ああ、椎名さんもおはよう。俺は部活なんだ」
そう穂波君が言ったので、そういえば彼は何部だっけという疑問が生まれてくる。
そんなわけで、
「そーいえば、穂波君って何部だっけ?」
わたしは何ていうことなくそう聞いたわけだけれど、とたん、空気がピタっと止まる。
穂波君の顔には苦笑いが張り付いている。
「え?何、みんなして……」
『ミサキ、さすがにそれはねーよ……』
「空気ストッパーミサキ……」
まほりに至っては、そんな変なあだなをつけてくる。
「な、何なの?わたし何か変なこと言った?」
「ごめんね、穂波君。ミサって興味のないものについて感度がものすごく低いから」
「し、椎名さん、それってフォロー?」
穂波君、わたしの発言以上に傷ついている様子なんだけど……。
「まあ、しょうがないかな。俺きっと、存在感薄いんだよ」
穂波君の非常に傷ついた様子を見て、ハッとした。
「……まさか、穂波君、同じバスケ部だったり……」
「ははは……」
穂波君は乾いた笑い声をあげてらっしゃる。
……ビンゴだ。
「う、嘘だよ嘘嘘嘘ー。同じ部活なのに知らないわけないよ。1年以上活動してて、全然覚えがないなんてそんなことあるわけないって……」
取り繕うが既に遅し、
「本田さん、大丈夫だよ。本田さんの本音は良く分かったから……」
穂波君は呆れた顔でこっちを見ている。
ああ、やってしまった。
いくら男子全般に興味ないとは言え、こういうのは良くない。一応自分の周辺くらいは認識しておかないといけないよね。
「まあ、今覚えてくれたなら、それで良いよ」
「ホント、ごめんね……」
『……』
「それより、さっきから少し気になっていたんだけど、その犬って本田さんの飼い犬?」
わたしの足元へと穂波君の視線が降り注ぐ。
「うん、まあ……そう」
「そうなんだ。かわいいね。撫でてもいい?」
「う、うん」
と言いつつ幸太郎をうかがうけれど、
『……』
反応なし。
穂波君が撫でている間、ずっと幸太郎はそっぽを向いて不機嫌そうにしていた。
あまりにもあからさまなので、ひょっとしたら幸太郎は穂波君と仲が悪いのかな、と疑ってしまう。
そんなわけで、感じ悪いよ、と心の声で幸太郎に話しかけると、
『そんなことねーよ』
と気のない返事だ。
やっぱり、穂波君と仲悪い線が有力?
『え、カズシ?仲良いけど?』
今度は別に話しかける気じゃなくそう思うと、勝手に返事が返ってくる。
何なのかな、このわたしの心の声ばかりだだ漏れ状態。
仲が良いのに、撫でられて不機嫌って言うのがちょっと理解できなかったけれど、
「この子、良く吠えるね。俺、警戒されてちゃってるのかな?」
と穂波君が言うので、これ以上心の声を通して話すのはやめることにした。
「ねえねえ3人と――いや2人とも。そうやってなごやかーに戯れてるの楽しそうだけどー」
まほりが割ってはいる。
「ん?何まほり」
「ち、こ、く」
わたしは腕時計を見る。
始業開始2分前。ここから学校まではあとおおよそ5分の距離……。
そう言えば、周りに生徒が見当たらなくなったと思った。
とそんな場合じゃなくて!
「は、走るよ、3人とも!」
と言うが早いか、わたしは駆け出していた。
「わ、ミサ。抜け駆けー!」