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幼なじみが犬になったら、モテ期がきた件  作者: KUMANOMORI
1章 恋なんて、夏 
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消えた幼なじみ、現われたマルチーズ

『キャンキャン』

 甲高い犬の声でわたしは目を覚ました。

 ぼんやりとした頭を抱えながら、わたしはゆっくり体を起こす。

 すると、

「いたたた……」

 体のあちこちに鈍い痛みがある。

 周りを見渡すと草原が広がっており、後ろ手には土手の上からつづく斜面がある。

 どうやらわたしは、土手から河川敷まで転げ落ちてしまったようだった。

 

『キャンキャン』

 唐突に傍らから例の声がしたので、わたしは声のするほうを見る。

 白い小さな犬がそこに居て、尻尾ふりふりつぶらな瞳でこっちを見ている。 

 種類は、何だろう、マルチーズかな?

 そんなに詳しくはないけれど、友達の家の犬がマルチーズだったから、多分間違いない。


 マルチーズはわたしと目が合うやいなや、わたしの腿の上にのってきて、何やら必死に吠えてくる。

 『キャン!キャキャンキャン!』

 犬なりに何か伝えたいのだとはわかったけれど、残念ながらわたしは犬のことばを理解できる脳みそを持っていない。

 犬がなおもわたしの腿の上で跳ね回るので、わたしは犬の頭を撫でて落ち着かせようと試みてみる。

 どこからやって来た犬だか知らないけれど、毛並みが綺麗だしきっと飼い犬だ。

 どこかに飼い主がいると良いけど。

 それにしても、幸太郎はどこにいったのだろう?

 そんなことを考えていた矢先だ。


 『キャン、キャ……サキ』

「ん?」

 『ミサキ!』

 犬の鳴き声がわたしの名前を呼んだのだ。

「ええ!?」

 『平気か!?どっか痛くないか!?』

 次から次へと聞こえてくる謎の声に、わたしの処理能力の高くない頭は混乱する。

 犬が話すなんてメルヘンな妄想をするほど夢見がちじゃないつもりだったけれど、

 『ミ、ミサキ……。なに白目剥いてんだよ!』

 こうやってありえない幻聴が聞こえてきている以上、どこかにそんな願望があったのかもしれない。こういう場合、どこで見てもらえばいいのだろう。

 病院?スピリチュアルなんたらのところ?

『スピリチュアルなんたらって、なんだよ』

「え?」

 心の声に思いがけない突っ込みがはいって、思わず驚く。 

 マルチーズと目が合う。勘違いだ。

『勘違いじゃねーってば。ミサキの心の声びんびんに聞こえちゃうぜ!』

「……」

 このアホウな話し方には非常に覚えがあった。


 わたしは試しに目の前にいる愛らしいワンコにデコピンしてみる。

『いてっ!ミサキ何すんだよ!』

 この可愛い見た目とかけ離れた、品のない話し方は間違いなかった。

「もしかしなくても、コータロー?」

『そうそう。ミサキの可愛い幼なじみ幸太郎だ』

「勘違いだったね」

『ええっ!?』

「可愛い幼なじみなんて、わたしにはいないよ」

『ミサキの……えー』

「バカな幼なじみ?」

『いや、それはさすがに……』

「サルっぽくて、品のない幼なじみ?」

『それ、俺とサルの両者に失礼だからな!』

「まあ、いいや。そのバカっぽい話し方はコータロー以外の何者でもないよね」

『そ、そういう理解って嬉しくねーな……』

「それよりも……何で、犬?」

 わたしは目の前の犬の頭から足の先までをひととおり見る。

 頭の白い毛並みからのぞく黒くつぶらな瞳に、これまた白い毛に覆われた小さな耳。

 くせのある体毛のせいで曖昧になっているからだの輪郭からちょこんと飛び出た短い手足。

 どこからどう見ても犬だ。幸太郎の要素なんてひとつもない。


『俺にも何が何だか。さっき、水に写った姿見てビビッたくらいだし』

「……」

 わたしはマルチーズもとい幸太郎をまじまじ見る。

『な、なんだよ!』

 見た目は可愛いのに、口を開けば残念な気分になるのは何でだろう。

「はあ……」

『人の顔見て溜息つくなよ!』

「ごめんごめん。何だか、盛り上がりに欠けちゃって」

『人が犬になってるっつーのに盛り上がり重視すんなよ。心配して?』

 幸太郎はそう言って小首をかしげる。その仕草はとんでもなく可愛いかった。

 胸がきゅうんと音を立てたので、わたしは思わず手を伸ばす。

 そして、はたと思い立ってやめる。いくら見た目は可愛くても中身は幸太郎だ。

 あのカーブミラーの上にのったり、電柱に登ったり、木にぶら下がったりして警察を呼ばれたバカな幼なじみ幸太郎。

 他にもバカなエピソードが山ほどある。


「騙されるかあ!」

 わたしが叫ぶと、幸太郎はびくんとしてわたしを振り仰ぐ。

『ミサキ、今の何……?すげー怖かったけど、発作?』

「何でもない何でもない。それより、こういう変なことになった場合、どうするのが良いんだろうね」

『うーん。原因探って戻る方法さがすとかか?』

「心当たりとかないの?誰かに恨み買ってるとか」

『そんなの多分ねーよ。俺、恨まれるってよりバカにされるタイプだから』

「コータロー、そういう悲しいことは自分で言っちゃ駄目だよ。わたしが言うから」

『今のミサキの言葉のが俺は悲しいけどな……』

「まあ、冗談はさておき。恨まれるが要素ないなら、何が原因なんだろ?ここ最近変わったこととかない?」

『うーん。多分、今、土手から落ちたことくらい?』

 でも、土手から転がり落ちた衝撃で犬になるなんて聞いたことがない。

 単にわたしが聞いたことがないだけで、世の中にそういうことが実は起こっているっていうなら話は別だけれど。

『ミサキは何か変わったことねーの?』

「わたし?」

『ひょっとしたら、俺じゃなくてミサキが原因かもしれねーし』

「変わったことって言われても……」

ここ一週間近く、変わったことなんて特にない普通の補習ライフを過ごしていた。

 明日だって、まほりはいち抜けしちゃったけれど、わたしはまた補習デイなのだ。なにも、おかしいことはない平凡な日常――。


 そこまで考え至って、不意に先ほどの手の甲の痛みを思い出した。

 わたしは掌を裏返し、手の甲を見る。

「え!?」

 わたしは自分の目を疑い、瞬きをして再びそれを見た。

 まほりが描いた謎のマークが、緑色に光っていたのだ。

『え、何かあんの?』

 幸太郎も背伸びをしてわたしの腕に捕まりながら、それを見る。

『な、何か光ってるけど。何だよこれ!』

「分かんない。昼間、まほりが描いてくれたんだけど……インドのおまじないとかって」

『へー、インドのおまじないってすげーんだな』

 幸太郎は何の疑問も持たずに納得してしまっているけれど。何でもない黒のマジックでまほりが描いているのを見ていたわたしからすれば、そのおかしさが分かる。

 そもそも光るわけがないのだから。



「コータロー。ひょっとしたら、このマークが原因かもしれない」

『どういうことだよ?ただのおまじないじゃねーの?』

「良く分かんないけど、光ってるし。現在進行形で起ってる変なことってこれだし。何か、やたら熱いんだもん」

 転げ落ちた時ほどの熱さはないけれど、今もまだ手の甲にじんわりと熱がともっているのを感じる。

『じゃあ、椎名に聞けば理由が分かるのか?』

「うーん、どうだろな。まほりって色々にわかだから。責任とってくれるかどうか」

――――うそ、マジ……?

「でも、聞いてみる価値はあるんじゃない。ていうか、逆にまほりしか頼みの綱はないし」

『駄目だったら?』

 黒い瞳で幸太郎はわたしを見上げてくる。か、かわいいなぁ。

 けれど、その魅力に負けじとわたしは目を逸らす。

「駄目だったら……わたしは知らん」

 そう言ったが最後、

『そんなあ!ミサキ、あんまりじゃねーか!十年来の幼なじみをあっさり見捨てるなんて信じられねー!』

幸太郎はぎゃあぎゃあ喚きたてる。

「だって、わたしのせいじゃないもん」

『この鬼!貸してた百円今すぐ返せ!小学校の時やったお菓子のおまけのおもちゃも今すぐ返せバカー!』

 喚くのはいいけど、ほとんど内容がないのは、多分、幸太郎のボキャブラリーが足りないせいだ。

 というか、幸太郎ってけちだよね。

『俺がどっかつれてかれても、心はいたまねーのか!?もしも処分なんてことになったら、叫び続けてやるからな!殺人犯はミサキだって!ミサキに見捨てられたから俺は死んじゃうんだって!』

 幸太郎のこの発言で、さっきふと疑問に思っていたことを思い出した。

「ねえ。そもそも、コータローの声って、わたし以外にも聞こえるの?」

『さあ……。よー、そこの小学生達。聞こえてるか?』

 幸太郎は辺りを見渡すと、河川敷を通りかかった下校途中の小学生に声をかけてみる。

 小学生はこちらに見向きもせず、楽しそうに談笑をしている。

『なあなあ、小学生達ー』

 幸太郎がもう一声声をかけると、

「あの犬キャンキャンうるさいー」

「ちっさいくせにねー」

「ねー弱い犬ほどよく吠えるって、ママがパパにいつも言ってる~」

 と辛らつな言葉が返ってくる。というか、すごいママだなあとわたしは別なところに驚いてしまう。

 ともかく、どうやら彼らには、うるさい小型犬が騒いでいるようにしか聞こえないらしい。

 つまり、幸太郎の声はわたしにしか聞こえないのだ。


 あまりにも厳しい現実に、わたしの腿の上で一匹のマルチーズがうな垂れてしまう。

 普段なら幸太郎に慰めの言葉をかけるなんてあまりないけれど、可愛いワンちゃんが悲しそうにしているのは、あまりにも居たたまれないので、

「もしも駄目だったら、わたしが飼ってあげるから……」

 と気休めを言う。

 実際のところ我が家は一軒家だし、犬の一匹くらい飼えなくはない。

 でも、

『ミサキのねーちゃん、動物嫌いじゃん……。ていうか、犬嫌いだろ』

 そうでした。

 ゆき姉ちゃんは昔犬に噛まれて以来、道端で犬を見かけるたび過剰に威嚇するほどの犬嫌いになってしまったのだ。

 幸太郎の図星の呟きにわたしはもう何も言えなくなる。

 それでも闇を避けるように、わたしは、

「がんばろう!」

 と幸太郎の小さな肩を二本指で叩いた。

 幸太郎はきゅうぅぅん、と切なくなく、うずくまってしまうのだった



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