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幼なじみが犬になったら、モテ期がきた件  作者: KUMANOMORI
1章 恋なんて、夏 
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まほりの、怪しいおまじない



 魔法1日目(赤口)


 ――――じぃじぃじぃ。

夏休みももう中盤の、8月。

ただ今補習真っ最中の教室に、蝉の声が響く。


命短しとせっせと鳴くのは結構だけど、数学の公式とにらめっこの最中の面々にはイライラのもと以外の何物でもないようで、

「あーあーあー!うるさい!」

 そのなかでも辛抱がきかない我が幼なじみの幸太郎が、誰より先に音をあげた。

 窓枠に両手でしがみついて、檻に入れられたゴリラのようにガタガタ揺らす。

「あー静かにしてくれぇ!」

 校庭に向かってシャウトする。

 とはいっても、校舎をはさんで、校庭と逆側の中庭の木々でないている蝉たちには、届くわけもない。

 補習中の面々は突っ込むのも面倒くさそうな目で幸太郎を見て、それからわたしを見る。

 どーしてわたしを見るかなあ……。


 ただでさえボロの窓枠が危険な音で軋みはじめたので、面倒ながらわたしは言う。

「コータローうるさいよ。おだまり!」

 教科書を机に叩きつけてそう言うと、幸太郎はびくんと窓枠から飛びのいてこっちを見る。

「ミサキ……怒んなよ。こえーから」

「自分だけが暑いと思わないでよね。暑いならコータローがこの部屋にクーラー提供すれば良いでしょ」

「そんなあ……」

「分かったら席についてよね」

 ぴしゃりと言い捨てると幸太郎はがっくりと肩を落として、席についた。

 わたしは教科書に視線を戻して、あと10分後に迫る確認テストのために暗記を再開する。

 えーとこの公式は――――すると今度は横からつんつんと肩を叩かれる。


「ミサ、なんか機嫌悪い?」

 友人のまほりだ。

「別に悪くないよ」

「あー機嫌悪い。別にっていう時ってそうだもん」

 大きな目でこっちをじっと見つめてくる。

「な、何?」

「恋の悩み?」

 うわあ、と心の中で叫んでしまった。図星という意味のうわあじゃなくて、食傷気味という意味のうわあだ。

「まほりまで。みんな、恋恋恋って恋愛至上主義の回し者か」

「何それ」

「はー……うちのゆき姉ちゃんも、お父さんお母さんもどうしてみんなこうなんだろ」



 遡るは7時間ほど前、朝の食卓を家族で囲んでいたときの出来事だ。

 原因はゆき姉ちゃんの第一声だった。

「ねーミサ、そろそろ彼氏の一人や二人作りなよ」

 ゆき姉ちゃんは、利き手の人さし指でスマホをいじりながら、逆の手で朝ごはんのトーストを齧る。

「そうだな、父さんもそろそろミサの彼氏とご飯食べたり出掛けたりしたいぞ」

「母さんもしたいわあ。ゆきの彼氏は何度も来てるけど、ミサはまだだものね~」

 両親そろってニコニコした人のいい笑顔でわたしに言う。

 姉ちゃんにはともかく、わたしは両親に鋭いつっこみを入れることが出来ない。

 ふわふわした二人には何を言っても暖簾に腕押し状態だと、この16年生きてきて学んだので、突っ込む意欲すらないって言うのが正しいんだけどね。


「彼氏欲しいと思わないもん」

「そんなバカなこと言って~、一回付き合ってみれば、もう今までの価値観なんか超越しちゃうって!」

「超越したくないんですけど。このまま淡々と日常がつづけば、わたしは嬉しいんだけど、ごくごく平凡に」

「うわあ、これだよ。ことなかれ主義の、無欲主義。世も末ですな」

「姉ちゃんの価値観押し付けないでくれる?」

「ミサって、昔からそうだよね。ちょっと臆病って言うか」

「そうよねぇ、ゆきなんかは、奔放すぎで心配だけど、ミサは慎重すぎて心配ね」

「もうさすがに刃傷沙汰にはならないだろう、ゆきももう来年から社会人だしなあ」

「そうそう、その辺はぬかりないから」

 と言いながらも、ゆき姉はスマホから目を離すことはない。

ものすごいスピードでメッセージを打ち込んでいるのは、きっと、アルバイト先の営業メールに違いない。

 人さし指一本で、姉ちゃんは何人の男の人をもてあそんで来たのだろう。

恋愛っていいものよぉ、新しい自分に出会えるっていうか。何よりホルモンの分泌量が違うから、と毎度熱弁するゆき姉だけれど。

姉ちゃんが彼氏をとっかえひっかえで、修羅場をまたいでいる現実を見ているわたしは、その素晴らしさよりもずうっと面倒くささのほうが勝ってみえている。


「ミサの今年の目標は、彼氏を作ることにすれば?紹介しよっか?大学生か社会人」

「そうねぇいいかもしれないわ。ミサみたいな子は、年上にリードしてもらうのもいいかもしれないしね」

 なんだか知らないうちに、ゆき姉ちゃんの知り合いを紹介されそうになったので、

「ごちそうさまあー」

 と席をはずしたのだった。



まほりに事情を話してみると、

「あー分からなくもないかなあ。うちのおねえも懲りないタイプだし。この前は税理士志望の彼氏にだいぶ貢いだみたいだしね~」

と言う。まほりのお姉ちゃんの場合は、好んでダメンズに引っかかりに行くらしい。

「でも!」

 とまほりはわたしの鼻っ柱に指をさす。

「な、何?」

「もったいなすぎる!」

「え?」

「ミサ可愛いし、このクラスイケメン多いし!折角美男美女カップルを間近で見られる機会なのに、もったいなさ過ぎる!わたしの目が可愛そう」

 まほりは拳をぎゅっと握りしめる。

「可愛そうなのは、まほり、目じゃなくて頭の方なんじゃ……」

「そんな憎まれ口も、いまや塩対応というブランドだよね」

「もう……猛暑に頭やられたの?このクラスのどこにイケメンが多いの?」

 わたしはクラスを見渡す。真っ先に目に付いたのは頭をわしわし掻きながら教科書に齧りついている幸太郎だった。

「コータロー君もイケメンじゃん。特に1年に人気だよ。可愛い先輩って」

「はあ?」

「まあ今回補習にいるメンツだとそんなにだけど。あと穂波君とか松代君とかいるよね」

「あー穂波君ね」

 全体的に色素の薄い整った顔した男子だ。雰囲気からすると、そんなに力がありそうには見えないけれど、一緒に週番をしたときにらくらく教材を運んでくれて、意外に力があると驚いた覚えがある。

「え、そっち取る?松代君は?」

「松代君……誰だっけ?わたし話したことあるかな?」

 わたしが言うと、まほりは肩をすくめる。

「駄目、ホント駄目。ミサ、恋愛力なさすぎ。男子のことタロ芋にでも見えてるでしょ?」

「何でタロ芋限定?ちゃんと人間に見えてるよ。興味あんまりないだけで」

 ちょっとだけ嘘をついた。人間には見えていない。体格の良いのはゴリラに見えるし、そうでもないのはサルかチンパンジーに見える。幸太郎なんてサルど真ん中だ。




「そんなミサにはわたしがおまじないしてあげましょう~」

 まほりはペンケースから油彩の黒ペンを取り出すと、徐にわたしの右手を取った。

「本で見たインドのおまじないなの」

 まほりはわたしの手の甲に丸を描いて、そこに12枚の花弁を付け足す。

 それから丸の中に三角形を一つ描いてから、それとは逆さまの三角形を重ねて描く。

 なんていうんだっけ、そう、陰陽師とかが描いてそうなイメージのあれ。

 こんなのどこで覚えて来るんだろう。

「ミサの愛情運うなぎのぼりだね」とまほり。

「余計なお世話だよ、まほり」

「いいのいいの。年上の言うことは聞きなさい~」

「一ヶ月誕生日早いだけでしょ」

 最後にその怪しい図形の中心にこれまた怪しい文字のような記号のようなものを書き込んで、まほりはペンを置いた。

「これでミサの恋愛感度高くなると良いけどなあ」

「ならないと良いな」

 わたしがそう呟いたのと同時に、教室のドアが開いて教師が入ってきた。

「教科書しまえー、テストするぞー」

 わたしとまほりは顔を見合わせた。まほりは苦笑いしたけど、まほりはまだ良い。

 サボり癖があるだけで頭の出来は良いんだから。

 問題なのは、吸収力の悪い頭を持つわたしだ。

 授業にちゃんと出ているし、素行も比較的良いのにバカ。

 わたし、救いようがないかもしれない。


 それから行われた確認テストの結果は、まあ、言うまでもない。






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