秘密
約束の土曜日、瑞樹は楓から服を借り瑞姫として学園の訓練棟に来ていた。
訓練棟の使用許可を得るために黒江に話をつけに言ったときは意外な顔をされた。
それにしても栞は約束の時間になってもまだ来ない。
もう30分は遅れている。
少し心配になるが連絡先を交換していないので連絡しようがない。
仕方なく自分の持ってきたデバイスを取り出す。
もちろんこのデバイスは涼風瑞樹としてのデバイスなので鹿島瑞姫としている間は絶対に使うことはない。
だが今回は例外だ。栞に魔術を教えるならやはり基礎の科学魔術との違いから教えるべきだろうと思ったからだ。
一週間ぶりに触るので調整をしようとした瞬間、訓練棟の扉が開きそこから息を切らした栞が入ってきた。
「はぁ…はぁ…、遅れました」
「おはよう、栞。とりあえずその寝癖直してきたら?」
「へ…?ひ、ひゃーーーー!」
髪を触って跳ねていることを確認した瞬間、顔を真っ赤にして走っていった。
「それじゃ、始めようか」
寝癖を直して戻ってきたところで今日の特訓を始める。
「まずは基礎中の基礎の科学魔術と魔術の違いをおさらいしよう」
手に自分の持ってきたデバイスを取り出す。
瑞樹のデバイスは拳銃型のデバイスと腕輪型のデバイスの二つである。
この二つの違いは記録メモリーを交換することが出来るかどうかということである。
拳銃型はマガジンの部分が記録メモリーになっておりそこを交換することで使える魔術を瞬時に替えることが出来るのである。
一方、腕輪型は専用の調整機を使用しないと替えることが出来ないのである。
「科学魔術はどうして出来たのか知ってる?」
「えっと…、簡単にそして誰にでも使えるようにってことですよね」
「その通り、でもどうしてかわかる?」
そう聞くと栞は少し思案顔をする。
悩んだ挙句栞は首を横に振った。
「魔力には属性がある。その属性と合致すれば簡単に発動できるけどそうじゃないときは普段の倍の魔力制御がいる。それを克服するために作られたのが科学魔術というものなんだ」
つまり科学魔術ではない純粋な魔術を使う場合は自らの魔力属性を知らなければならないのである。
そのことを知ってもらうため瑞姫はこんな初歩的なことを栞に教えたのである。
「ここまでわかったならやることはわかるよね?」
「はい!自分の魔力属性を調べるんですね」
「その通り、一番確実なのはそういった機器で調べるのがいいんだけどそれはないからかなり原始的な方法だけど魔術を使って手ごたえを感じてもらう」
深呼吸をして心を落ち着かせる。
―大丈夫、今見ているのはひとりだけ、落ち着いて…落ち着いて…
ゆっくりと魔術を展開させ氷の柱と炎の球を時間差で作り上げる。
「私は魔力自体に水の属性があるからこんな感じで簡単に水系統の魔術が展開できるというわけ」
本当ならどちらも同じ速度で展開できるのだがそれでは意味がないのでわざと遅らせた。
「今使ったのは本当に基礎中の基礎の魔術だから初めてでも展開できるはずだよ」
栞に展開するために必要な魔術知識を教え少し離れたところで見守る。
魔術に宿っている属性は地水火風の4属性と言われていたが最近の研究で属性は5つではないかともいわれ始めている。
しかし5つ目の属性を持つ魔術師が未だに確認されていない。
(一体どんな魔力属性をもってるんだろう)
なんてぼーっとしていると突然周りの温度が上がりだす。
「か、鹿島先輩。たすけて…」
顔を上げると魔術制御を誤ったのかものすごい大きさに膨れ上がった火球があった。
しかもまだまだ大きくなっていく。
いくら訓練棟が魔術に強い建物とはいえこれだけ大きな火球ではひとたまりもない
瑞姫は大声で叫ぶ。
「落ち着いて!これ以上大きくならないように魔力を落ち着かせて!」
「それがいくらやっても無理なんです」
「なっ!?」
そんなことはないはず。魔力を供給しない限り魔術はすぐに霧散してしまうはずなのだが…
だが確かに栞の魔力はあの魔術に流れていない。
このまま大きくなったら間違いなくここにいる瑞姫と栞は被害を受ける。
瑞姫は瞬時にそう判断し栞に向かって叫ぶ。
「ごめん、今からちょっと力技で助けるからちょっと痛いかもしれないけど我慢してね!」
瑞姫もあの火球に負けないくらいの氷の壁を作り出そうとした。
しかしあと一歩というところでその魔術が展開されない。
(来るな、バケモノ。バケモノ、バケモノバケモノ)
幻聴が聞こえ呼吸が荒くなり目の前が真っ暗になっていく。
違う、僕は…バケモノなんかじゃ…。
「鹿島先輩!私なら…大丈夫…ですから。思いっきりやっちゃってください!」
栞の声で引き戻される。
まだ呼吸は荒く幻聴も聞こえる。
それでも、やらなきゃいけないんだ!!
瞬間、氷の竜が出現し火球を飲み込み栞の魔術を打ち消した。