LIFE
こちらも学生時代の作品になります
「いってきます」
「いってらっしゃい、車に気をつけるのよ」
「はーい」
わたし、柏木茜は昨日、入学式を終えて中学生になった。ちょっとした隠し事をしながら、毎日平凡に暮らしています。
見送ってくれるお母さんと自分の部屋にむかって手を振りながら、お向かいさんの田端家のインターホンへ手を伸ばす。届く前に聞こえてきたのはいつものからかいの言葉。
「じゃあ、お母さん・・・いってきます!」
「急ぎすぎて転ばないようにね」
「大丈夫、大丈夫。――あっ、おはよう茜。もしや、ぴったり? やったぁ!」
美郷は母のからかいを気にしてない様子で、さっとわたしの横に来て手を掴み、容赦なく引っ張っていく。走ってるから、どんどん進む。
「美郷! 急ぎすぎだよ。時間は余裕あるし、ほんとに転んじゃうよ」
「茜までそんなこと言うの? あたし、バランス感覚だけは自信あるから転びませんよー」
はぁ・・・、もう知らない。しかも朝から元気すぎない? 今日なんかあったっけ? 危うく足がもつれるところだったよ。美郷が転んだって助けてやんないから。忠告を聞かない人ほど痛い目見るんだもんね。
そんなひねくれたこと考えていると不意に
「わっ――――」
美郷が声を上げた。何かと前を見たら思った通り、美郷が前のめりになってる。話聞かない美郷が悪いんだもんね! ――――とか、頭で考えてたら、気づきたくないところに気づいてしまった。
あれ? そういえば――――手、掴まれてなかったっけ・・・?
その瞬間、グンッと右手に重みがかかった。あらら、道ずれ? ひどいなぁ・・・ははっ。泣きそう。
わたしたちは勢いと重力に従って仲良く地面へと倒れました。
「いったぁ。何に躓いた? この石が落っこちてたからか」
美郷は親友を転ばしておいて、心配しないの? やっぱ泣きそう・・・出せた声は少し震えていて
「わたしの心配はなしですか?」
「あっ、ごめん! 注意されてたのに。本当にごめん!」
目を合わせてしっかり謝ってくれる。こんなこと何回もあるけど、いつもこの真剣さに負けるんだよなぁ。今回も折れるのはわたし
「まぁ、わかってくれてるならいいや。これからはちゃんと気をつけてよね」
「はい・・・」
立ち上がるとちょっと膝が痛かった。石を払おうと触った膝は、湿っていた。じんわり痛い。
「ねぇ美郷。学校着いたら保健室によっていい?」
「ん? もしかして、擦りむいた? 絶対によって行こう」
「ありがとう」
制服はスカートだから、叩けば落ちるくらいの汚れで済んだ。膝を擦りむいたのは、ちょっとショックだったけど・・・美郷がけがしなくてよかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
学校に着き、保健室によって、やっとのことで一年四組のプレートが見え、わたしたちの教室についた。もうほとんどのクラスメートが揃っていた。美郷がバリバリあいさつしてる。初めて会う人ばっかりなのに、すごいなぁ。
椅子に座って何度も教室を見回す。同じクラスの人たちの顔をしっかり覚えなくちゃ。朝の鐘が鳴るまでわたしはそれを続けていた。
一時間目はホームルーム。どのクラスでも自己紹介が行われる。それはわたしの苦手分野の一つ。昨日、お部屋でみんなと練習したから大丈夫――――――
「じゃ、次の人」
「はい。十二番の柏木茜です。えーと……特技は裁縫です。あと、ぬいぐるみが大好きです。よろしくお願いします」
よっしゃ、練習通り言えた。あー、恥ずかしかった。けど、言いたいこと言いきったから、今の気分は最高! 朝のことなんて吹っ飛ぶね。
でも、ぬいぐるみって言った時、場が冷めたような気が……まぁ、いっか。これからの三年間、中学校生活思いっきり楽しんでやる!
次々にあとの人の自己紹介が進んでいく。次は美郷の番だ。何言うのかな?
「次、二十番」
「はい、あたしは田端美郷です。好奇心旺盛すぎるので、変な行動とってても、気にしないでください。いつものことなんで。あっ、あと大好きなものは友達です! いつでも募集してます。それと、そこの十二番は小さい頃からの親友でお向かいさんです。小学校のころは校庭で遊ぶのが大好――――」
パンっ、と手をたたく音が響いて教室が静まり返る。
「そこまでー」
先生が美郷の話を切った。
「あとは休み時間にね」
「むっ・・・はーい」
優しく言うが、美郷は納得していない様子。そりゃ、美郷に自己紹介をさせるにはこの時間では足りない。先生、感づくの早かったなぁ。
結局、一人長い人がいたせいでちょっと時間をオーバーして終わる一時間目。あいさつした瞬間、机の間を縫い、こちらに近づく影が一つ。
「茜、ずいぶんと自己紹介さっぱりしてたね。いつもはおどおどしてはっきり言わないのに。でも、あたしはそういうさっぱりしたとこ嫌いじゃないよ」
「なんか、コメントが上から目線すぎない? 言えなったのは仕方ないの、人見知りなんだから。こう話せるのは指で数えられるくらいの人数だよ。それにしても止められちゃったね、しゃべり足りないでしょ?」
「そりゃあもう! あたし専用の一時間もらえたらすっきりするんだけど……」
「やっぱり、すごく言い足りなさそうな顔してるわけだ」
「そう見える?」
「バッチリと、それに、朝から元気だったのはこれだね」
うんうんと頷きながら言えば、美郷は笑いながら答えた。
「あはは、幼馴染には敵わないわ」
「それはどうも」
さらりとあしらうと、突然
「ねぇ、今日帰りに茜のうちに行っていい?」
「えっ? なんで急に」
「せっかく中学生になったんだからさ、少しくらい帰るの遅くなってもいいのかなぁって思って。試しにさ」
「わたしの家じゃないとダメ?」
「ダメ」
まずいっ、これはまずい。待って、美郷が家に入る前に・・・よしっ、少し時間をつくればいい。
「それって、美郷は帰ってから来るんでしょ?」
「ううん・・・それじゃ意味ないって。寄り道にならないし、一回目に帰るのが遅くないと」
うーんと、あとは――――
「こ、公園とかよって行かない?」
「え、もう中学生だし。逆に行けないよ」
「そっか・・・」
どうしよう。
「どうかしたの? なんか顔色悪くなってるよ」
「いや、なんでもない。気にしないで」
もう隠しておくのは難しいのかなぁ。そういえば学校から直接遊びに来られたことないんだ。あの子たちに連絡する手段がまったくない。どうしよう。
キーンコーンカーンコーン
二時間目開始の鐘が鳴り、ひとまず保留。この時間内に何かいい方法を考えておかないと。
「・・・木さん、柏木さん」
「――――は、はい!」
ちょっと考えすぎた。先生の声に気づかないなんて。
「柏木さん、クラス委員やってくれませんか?」
「・・・はい――――へ?」
「ありがとう、これでクラス委員の女子は柏木さんにお願いするわね、はいみんな拍手」
は? え? ぱちぱちと、わたしの耳に響く拍手。瞬時に理解できなかった。ただ、いつもの癖で、はいと答えただけなのに。遠い席に座っている美郷に目を向ければ苦笑いで拍手してる。
あぁ、押しつけられてしまったのか。
「ここからは委員にお任せします。よろしくね、柏木さん」
返事したせいでこんなことになるなんて・・・こんな癖なんて捨ててしまいたい。
結局考える暇も与えられず、一番苦手な|〈人前で話をする〉という、罰ゲームみたいなのをやらされた。
一日目がこんなので大丈夫かなぁ?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
もう放課後、いや、すでに帰り道。
「茜のうちに行くの久しぶり」
「うん」
なんとも言えない。どうしようか全然考えついてないのに!
もしもあの子たちが玄関先で待ち伏せしてたらどうしよう、とか。不自然なかっこしてたらどうしようとか・・・考えても不安要素しか浮かんでこない。
「はぁ、もういいや! 中学生だもんね」
「何が?」
溜息のあとに出した言葉は自分を後戻りできなくさせる言葉。それを美郷に聞こえるように言う。意志をはっきりさせるために。
もうそろそろ家に着く。忠告だけでもしておかないと、何が起こるか自分でもわからないから。
「美郷、これからわたしの家に着いて、何を見ても、わたしが何をしてても、他の人に――――特にお母さんとかに言ったりしちゃダメだよ。いい?」
少し声のトーンを下げて真剣な口調で言う。
「――――わかった。何も、誰にも言わない」
「よしっ」
この会話の後、すぐに家に着いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家の玄関までの道脇に立っているのは、ドーベルマンの置物。材質は陶器で、中は空洞。それをわかっていながら、わたしはいつものように頭をなでて、話しかける。
「ただいま、ベル。――――動いていいよ」
ベルはちょっと戸惑いながらも、置物という概念の型枠を外した。硬い陶器の置物が、本物の犬のように動き出す。それを初めて目の当たりにした美郷は絶句なご様子。
「いいのか? もう一人いるのでは・・・」
「いいから、ばれないように早くうちに入って」
少しだけ玄関を開け、心配するベルを中へ追いやり、いったんドアを閉めた。振り返るとまん丸と目を開いて驚いた親友が立っている
「み、美郷?」
「・・・ねぇ、あれは普通の置物なんだよね。置けば、そこから立ったり、歩いたりしないあの置物だよね?」
「――――そうだよ。陶器のドーベルマン」
諦めてしまえば簡単に答えられる質問。いつもなら隠そうとあーだこーだ言い訳を並べてたから。
さすがの美郷も状況に追いつけてないかな。
「なんで、動いてるの? なんでしゃべるの?」
「それは中で話すよ。入って」
言いながら、ドアを開けると予想通り、
「あかねー! おかえり」
「おかえりなさい!」
二匹のぬいぐるみがお出迎えしてくれた。陰でベルが遠い目をしている。二匹がわたしの後ろを見た瞬間、顔がひどくなった。とっさにぶんぶん振っていた手や、まばたきをさっとやめる。
いやー、それは無理があると思うよ
「あー、ただいま、みんなわかるよね。美郷だよ美郷、よく遊んだでしょ。もうベル見せちゃったから、みんなも普通にしていいよ」
「ほんと? いいの?」
「じっとしているのつまんない、ひま」
リビングへと向かい、三匹が落ち着いたところで――――美郷に説明しないとね。
「まず、この状況分かる?」
「うん、いつも茜の部屋にあるぬいぐるみ・・・だよね、これ」
「そう。この白いアザラシがマル。そのビーズクッションのパンダはモロ。それと、陶器でできたドーベルマンのベル」
呼ばれた子は美郷に一礼する。
「ふーん・・・で、なんで動いてるの?」
「さぁ?」
説明はマルたちから聞いたけど、他人にどう言ったらいいのかわからない。話したことないし
「わたし的には気づいたら動いてて、それが普通だと思ってたけど、お母さんに話しても軽くあしらわれて終わり。普通じゃないんだってわかった。その頃から、隠してたんだ。見つかったら、捨てられると思って」
「そっか」
「――――あかねにはね、ぼくらの“光”を強くさせる力があるの」
わたしの適当ないきさつの思い出話も終わり、マルが細かい説明をしてくれる。
「ぬいぐるみは、それぞれに“光”を持ってるの。でも、お店で寂しくなったり、悲しんでる子供たちからマイナスの気持を受け取ったりして、いつの間にか“光”が弱まって最後には消えちゃうんだ」
かわいい顔して難しいこと言うから、頭に入らないんだよね。
「その“光”を持っていれば、茜の力を借りて私たちは動けるようになるのです」
丁寧な口調でモロが言う。
「その“光”がぼくらのエネルギー源なの。あかねが近くにいないと強く光ってくれないから、あかねが学校に行ってるときはおとなーしく待ってるの」
しっかり聞いていると、納得できた。何かしたわけでもないのに動き出していたはそういうことだったのか。美郷を見てみると、ウキウキした様子で目を輝かせている。
あぁ、なんて素晴らしい順応力。
「あっ、そろそろお母さんが帰ってくる時間だ」
長々とした状況説明の上、理解に時間がかかったからか・・・時計の針はもうすぐ七時を回るところだった。
「ベル、庭に戻って。みんなも早く部屋に・・・美郷は座って待ってて」
ベルの本当の定位置である庭に続く窓を開けて、ベルを外にやる。その後マルたちを抱き上げ、自分の部屋に持ち帰る。
「おとなしく待っててね」
二匹は手を上げて、はーいと返事をした。
リビングに戻った瞬間。ガチャ、と玄関の開く音が届く。
「ただいまー、あれ、お客さん? あら、美郷ちゃんねぇ、ご飯食べていく?」
「あっ、いえ。もう七時になりますんで帰ります。おじゃましました」
美郷はうちのお母さんにあいさつをして、玄関に向かう。その背中を追いかけた。
「また明日ね、今日と同じ時間?」
「うん、たぶん」
「わかった」
そう言って、わたしに手を振って自分の家に帰って行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夜。自分の部屋は友達でいっぱい。動けない友達もいるけど、いるだけで十分だと思ってる。
一階にあるわたしの部屋はぬいぐるみが多い。その中で動けるのはマルとモロだけ。マルが寂しそうにこちらを見上げている。
「あかね、みさとに言ってよかったの? お母さんにも教えてないことなのに・・・」
「ちゃんと約束したから大丈夫だよ。帰ってくる時にしたんだ」
「それなら、私は美郷さんを信じます」
後悔はしてないけど、美郷が誰かに話しちゃわないか、心配になる。でも、モロにそこを言われてほっとした。コンコン、と窓をたたく音がして、カーテンを開けてみるとベルが窓の下に待機していた。窓を開けてやると、前足をかけゆったりした様子。
「茜、いいやつだな。美郷というのは」
「何かあったの? 玄関からは見えなかったけど」
「美郷が頭をなでて帰って行ったんだ。初めて茜以外の人にやさしくされた気がする」
語り出したベルは、ほんとに楽しそうだった。そりゃ、庭先の置物が玄関に近くて、犬の形をしているからと言って、頭をなでていったり、声かけて行ったりすることはない。
「よかったね、そう言ってもらえると、打ち明けたかいがあるってもんだよ」
ベルをなでながらへらへらしてると、マルが小さく叫ぶ。
「あかね! だれか部屋に来るよ」
「うそっ! しゃがんで! 止まって!」
ベルの前足を窓枠から降ろし、しゃがませ、マルとモロが停止したかどうか確認しながら、ベッドに腰掛ける。何もなかったように平然を装った。
「茜ー、入学祝いにケーキ買って来たの。何種類かあるから先に選んでちょうだい」
お母さんがケーキの箱を持って部屋に入ってきた。机に置くと楽しそうに箱を開ける。
「どれがいい?」
「全部おいしそー! じゃあ、これにする」
「モンブランね。おいしいわ、きっと。茜、夜なのに窓開けてたの? 寒くなるから閉めておきなさい」
「はーい」
用事が済んだお母さんはさっさと帰ってしまった。たぶん、ケーキ食べたくて、聞きに来たんだろうなぁ。
ベルがひゅっと窓枠に前足をかけ、ケーキかと思い出しながら
「甘いもの好きは変わってないんだな、茜の母さんは」
「たぶん今から食べるんじゃないかな」
みんなと楽しい話をしていると夜はどんどん更けていく。
夜風が肌に突き刺すような冷たさ。ベルが戻り、窓を閉めた。もう月が真上を通るころ、寝る前に今日のことを思い出す。考えれば考えるほど、後悔どころか喜びが湧き上がってくる。
わたしは美郷に打ち明けたことを喜んでるけど、そのせいで美郷を悩ませることになるとは思いもよらなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日、昨日と同じ時間に家を出る。向かいのうちから美郷が出てきた。隣に並んで学校へ向かう。けど、今日の美郷は元気がないように見えた。
「美郷、どうかした? もしかして昨日のこと?」
美郷がわたしを見て、目が合う。今気がついた。美郷の顔色が悪い、それに、クマがひどかった。
「ちょっと夜更かししちゃっただけだよ。心配しないで」
「そう?」
朝、わたしといる時はつらそうな表情を見せてたけど、学校に着いてあいさつし始めた途端、顔色もクマも目立たなくなってた。
心配のしすぎかなぁ? でも、何か隠してる気がする。帰りに聞いてみよう。
今日からもう教科の授業が始まる。ほとんどが先生の自己紹介だった。何事もなく、夕方を迎える。
「なんか悩み事でもある? 今日ずっと考え事してるみたいだったから」
今日、朝の顔色の悪さとかが気になってずっと見てたら、溜息ばっかりしていた。
「・・・なんか、茜には相談しにくいんだけど――――ぬいぐるみのことなんだ」
「ぬいぐるみ? 昨日のこと?」
「違くて、あたしが持ってるぬいぐるみ。あの茶色い熊のやつ」
美郷は手でジェスチャーしながら言う。小さい頃、遊びに行った時、そんな感じのがあった気がする。
「あの尻尾がまん丸のやつ?」
「そう。それなんだけど―――――捨てようと思ってて。でも、昨日あんなにぬいぐるみたちが楽しそうにしてるところを見て、捨てていいのか分かんなくなって」
たしか、そのぬいぐるみはしょっちゅう遊びに行ってた頃、話したことがある気がする。記憶があやふやだけど、たしかあの子も動くことができたはず。
「……美郷、今日は美郷のうちに行っていい?」
会えばきっと話してくれる。そう信じて疑わなかった。
「うん。それと、もし話せるなら、お話ししたいな」
「わかった」
無意識のうちに歩幅が大きく、速度が少し早くなっていた。
早く、早く美郷の言葉を伝えたい、ぬいぐるみの想いを伝えたい。
美郷のうちに行く前に、一度自分の家に帰って、マルを抱いてお向かいのうちへ入る。
「おじゃまします」
「おじゃまぁしまぁすー」
マルが初めての美郷のうちにテンションが上がっている。誰もいないことを聞いていたから怒らないけど、もしいたら大変なことになっていたんだろうなぁ。
「茜! こっち」
階段の上に美郷がいて、手招きされた。
扉の開いてる部屋に入ると、懐かしい感覚に陥った。久しぶりに入るこの部屋は美郷の部屋。
「この前、大掃除した時に、お母さんに、“もう中学生なんだから捨てたら?”って言われたの。たぶん、昨日茜のうちに行ってなかったら、捨てちゃってたと思う」
美郷が抱いているのは大きな茶色い熊。いわゆる、テディベアというぬいぐるみ。マルとテディベアを並べて置く。
「マル、この子動けるよね」
この部屋に来て確信した。やっぱり、わたしはこのテディベアと話したことがある。ここで、この美郷の部屋で。
「・・・・・・」
「マル、どうしたの?」
「声が・・・聞こえないの」
美郷を見ると、悲しそうな顔を浮かべている。
「うそ、だってわたし話したことあるんだよ。ずいぶん前だけど」
「たぶん、それなの」
マルが真剣な顔つきになって話す。
「昨日言ったの。ぬいぐるみは“光”を持っていれば、あかねの力で動けるようになるって。でも、ぬいぐるみたちは弱まって消えてしまった“光”を復活させることはできないの」
「わたしには何もできないってこと?」
「さすがのあかねでもできないの」
はっきり否定された言葉。私は声が出なかった。せっかく、美郷とテディベアが話せると思ったのに。
「茜でもできないんじゃ、あたしはテディベアにありがとうって言えないままお別れしなきゃいけないの? ちゃんと目を見て、お別れが言いたかったのに・・・・・」
美郷がのどを震わせながら言った。今にも泣きそうな声が響いている。
「ねぇ、ほんとに動けないの? わたし、なんだってするから、美郷とお話しして・・・お別れしたくないって言って、もっと一緒にいてあげてよ」
何もできないのが悔しくて、テディベアにあたってしまう。何やってるんだろうわたし
「・・・・・・ん?」
マルが何かに気づいた。
「あかね、このテディベアの心が聞こえる――――あかねを通せば、きっと聞くことができるの」
「こころのこえ?」
わたしはとっさに美郷の手首を掴んでテディベアにあてる。
テディベアは最後の光で伝えようとしてるんだ。何か伝えたいことがあるから、絶対、美郷に伝えるよ
『……と、ぼくは――――――な。た……ているきみ――――よ。な――――――――。……がとう。もっと――――ぁ』
わたしにはかすかにしか響いてこないこの声は、まぎれもなくテディベアの声。
美郷を見れば、さっきまで張り付いていた悲しい顔がはがれて、柔らかい笑顔。頬にきれいな涙を流していた。きっと、美郷にははっきりのこの声が聞こえたんだろうな。よかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『美郷、ぼくはいつも君を支えられていたかな
楽しそうに笑っている君がいちばん輝いてるよ
泣いてなんかいないで、ぼくに笑顔を見せて
美郷が笑うならぼくはもう寂しくない
いままでありがとう
もっとたくさんお話ししたかったなぁ』




