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きままに読み流し短編集

困った死神の話 ――こんな結末は嫌だ――

作者: 菊華 伴

この短編に目を通してくださり、ありがとうございます。


これは落語『死神』から派生した二次創作ですが、死神が妙に人間くさくなっております。


それでもよろしい方はこのままお読み下さい。


 俺は死神だ。

 まぁ、不便じゃろうから『シド』と呼べ。うん、それがいい。

 あん? 呼ぶ予定もない? とりあえずそういう事にしておけ。


 で。今いる場所は落語『死神』を知っている奴らにはおなじみかもしれない洞窟。命の炎を灯す蝋燭が並んでいる場所だ。そして、俺の前では泣き崩れている女がいる。


 簡単な話だ。落語の『死神』を知ってるって事はその『結末』だって知ってるだろう? 自分で吹き消す、炎を付け替えようとして失敗する、外に出て明るくなってうっかり消す、誕生日のお祝いの蝋燭のようにする、とかね。意地悪な奴だとやっとこ付け替えが出来た所で吹き消しちまったりなんかねぇ。

 まぁ、普通はそのどれかになるだろ。俺も死神歴長いしな。ちょろっと『ニンゲン』を騙して同業者しにがみを追い払う呪文を授けては、規律を乱した奴の『命』を頂いてるわけよ。

 ホントの事言うとな。こういう事はやっちゃならねぇ、とか俺たちは言われた事がない。なのに、『命』に関わる事に関して、規律が色々複雑にある。それを人間たちが知ってるか否かはどうでもいいんだが、凄く可笑しくおもっちまうね。


 話が逸れた。で、この女の事なんだが。まぁ、落語では大体男だろうよ。だが、俺は今回、この痩せた女に声をかけたわけだ。なんでもメイドだったんだが粗相をして屋敷を追い出されたんだと。こいつが働いていた屋敷の主って女癖悪いからな。あしらい方が下手だったかもしれないな。

 で、彼女は病気のお袋さんのために働いていたらしい。それでどうしようか途方にくれているところに、俺が参上したわけよ。

 あん? メイドだったら他の屋敷に奉公に出ればいい? 紹介状もない上に主に首切られたメイドだぜ? どこの屋敷が雇うってんだ。多分、カフェの給仕でも雇ってもらえるか怪しいな。ここいらはそんな所だ。あいつは運がなかったんだ、うん。

 閑人休話。こいつの名前は『ヤヤ』つぅんだが、4人兄弟の一番上なんだ。で、弟3人も病気のおふくろさんのために働いている。でもなかなか金がなくていいお医者さんに診てもらえない、と。そこで俺は彼女にいい事を教えてやった。

 そう、察しのいい奴はもうわかるよな? 死神の秘密をちょとばかし教えてやったのよ。あの呪文と一緒にな。そしたらヤヤは「これで母を助けられるかもしれない」って大喜びさ。


 で、ヤヤは医者の下で働いた。そして往診に向かった先の病人を見た。足元に死神がいるなら、呪文で追い払えるが、枕元なら追い払えないって事をちゃんと頭において、こっそりやっていた。

 上手い具合に死神を追い払えば、医者が感謝される。そして金をたんまり貰う。そうなれば、ヤヤへの給料も増える。お陰でお袋さんの薬も買えて、医者にも診てもらえて、どうにかなった。生活もだいぶ楽になり、弟3人も嫁を皆もらえた。

 ヤヤはというと、医者の傍で死神を追い払った。まぁ、枕元にいた場合は無理だって知っていたから手を出さず、静かに帰ってたけどな。そして、お袋さんは一時期は持ったけど、死神がすっ、と枕元にたってしまって、悔し涙流しつつ見送ったりしたな。

 その時はな。なんだろ。なんでか、俺はいつになくヤヤに優しく接してしまった。そっと頭を撫でて、胸を貸して、気が済むまで泣かせてやった。……今思うと、ホントに何故だ?


 俺とヤヤが出会って2、3年経ったある日。貴族が医者に泣きついてきた。生まれて間もない子供が死にそうだ、助けてくれってね。結婚して長い間子供が出来ず漸く授かった子供なんだ、と。医者とヤヤがそこに向かうと、赤ん坊が弱弱しく泣いていて、死神は、枕元にいた。

 ヤヤは見ていられなくなった。どうしても助けたかったんだろう。彼女は必死に考えて、使用人たちを呼ぶと一緒にベビーベッドの頭の向きを逆にした。こうすれば死神は足元だ。素早く呪文を唱えると、死神はびゅっと逃げ出した。そして、医者は感謝され、たんまりとお金を貰ったのだった。

 その時、俺は初めてヤヤが心から笑うのを見た。美人とはいえない、平凡な顔のヤヤだけど、心から笑ったのを見たら、なんだかな、こう、すごく胸の中が暖かくなっていたんだよなぁ。


 その後。俺はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、ヤヤをつれて、今いる洞窟へきた。そして、ヤヤがした事についてやこの場所や蝋燭について話したが……、そいつは笑顔になって躊躇いも無く自分の蝋燭を吹き消そうしやがった!

「てめぇ、どうなるのかわかってんのか?! 死ぬんだぞ!」

 俺は何故だろう? 解らなかったけど、自然と止めていた。止めてひっぱたいて叫んでいた。命の蝋燭の炎が揺れる。短くなってしまったヤヤの蝋燭の火も大きく揺れて、ヤヤは嗚咽を漏らした。

「だから消そうとしたのよ。もう思い起こす事は無いもの」

「だが……てめぇ、いくつだよ?」

「22よ。嫁に行くにも遅れているわ」

 ヤヤは泣きはらした顔でそういった。そんな顔も可愛いが、俺が一番すきなのは、あの赤ん坊が助かったって時に見せた満面の笑みなんだ。って、何言ってるんだ、俺!

「まだ若いじゃねぇか! 平民なんだしよ、まだ嫁の行き先だって……」

「首にされたメイドってわかったら貰ってもらえないわよ」

 ヤヤは冷たい目で俺を見返す。そして、溜息を吐いて言葉を続ける。

「弟たちは家庭を築いているし、私に思い残すことは無いわよ」

「いや、でも! あの医者の傍で働いてたらどうだ? あの男、お前に気があるみてぇだしよ!」

「あの人には、似合いの女性ひとがいるわ。お世話になっている薬師よ。貴方も知っているでしょう? 若いし気立てもいいし、擦れた私なんかより、ずっとお似合いだわ」

 どうにか死のうとするヤヤを、俺は必死になって生かせようとしている。何故だ? 俺はコイツの魂を手にするために声をかけたはずだ。……畜生、情が移ったって事なのか? 死神として長い間生きているが、こんなの初めてだ! なんで俺が、『ニンゲン』の女なんかに!!

 でも、ヤヤは、お袋さんと弟たちのためだけに金を稼いでいた。自分の分なんかちょっぴりもない。化粧は薄く、派手に飾らず、趣味はといえば糸紡ぎや編み物だ。

 欲らしい欲も少ない。でも、綺麗なものを素直にきれいだといい、美味しいものを素直に美味しいといい、好きなものを素直に好きという。そういう奴だ。

「てめぇ、ほっんとうに悔いはねぇのか……?」

 俺の問いかけに、ヤヤは漸く笑顔でこくり、と1つ肯いた。


 俺はなんてバカな事をしたんだろう。


 ヤヤは確かに、俺のお陰で家族を助ける事が出来た。でも、その所為で彼女は身辺整理をこの数年で終わらせ、そのまま死のうとしている。俺の目の前には、短くなったヤヤの蝋燭がある。弱々しい火が揺れて、俺は頭を抱えていた。

 今まで声をかけてきた奴らは、みんなろくでもない奴らだった。働きもしないで遊んでばかりだったり、親の脛を齧って生きていたり。だけど、俺はたまーには真面目な人間の泣きっ面をみたいと思ってヤヤに声をかけてしまった。今までどおり、屑のような連中を相手にし続けていれば、こんな思いをしなくて済んだはずなんだ!


 あぁ、畜生! 俺は『死神』だ。『死』をつかさどる奴が『生きる』ために何かするなんてできねぇだろ? 悩んでいる間にも俺の目の前でヤヤの蝋燭は少しずつ短くなっていく。ヤヤは穏やかな笑顔でそれを見ている。俺が見ていなかったらまた吹き消すぞ、コイツは!

 延命方法は、あるにはある。誰かの命と交換……蝋燭の火をつけかえるんだ。でも、『死神』がそれをしちゃいけない。そして、その『つけかえ』は望んだ本人にしか出来ない決まりだ。それが、『命』の規律の1つだから。

「なぁ、ヤヤ! 1つ話がある。お前、その蝋燭をそっちのに近づけてみろ」

「誰かの命と交換だったら、お断りよ」

 ……コイツ感づきやがった。まぁ、命の蝋燭の話しちまってるからな。それ以外に方法は……あるのか? 

 おい、誰か教えてくれよ。どうしたらこの女に生きる喜びを教えられる? こいつの『命』を長く出来る? 蝋燭を、変えたり伸ばしたりできるんだ?


 悶々と考えていると、不意にヤヤが言った。 

「私は、本当に悔いはないの。貴方に感謝もしているのよ」

 その言葉に、俺は反射的にこう言っていた。

「だったら、俺の為に生きてくれよ。頼むからさ……」

「何言っているの? 私、もう直ぐ死ぬんでしょう?」

 まぁ、そうだ。持ってあと2、3日ってトコだろうな。でも、俺はどうにかして、生かしたかった。もっとあの笑顔が見たかった。彼女の傍に居たくなっていた。

「何か、別の方法がある筈だ。他の同業者しにがみとか、冥府の住人おなかまに聞いてみる。だから、1日だけ待ってくれ」

 俺は、必死になって頭を下げていた。


 俺は、ヤヤを家に戻して同業者しにがみのところを回る事にした。あの女を生かすためだ。死神失格だと言われようが、死神でなくなろうが知った事じゃない。あぁ、もう、俺はとんでもない大バカ物だ! 獲物を生かそうとしているんだからな! でも、それでも、『生きた』ヤヤを、心から笑うヤヤをもっと見たい。

 彼女が死んだら、俺はその魂をそのまま冥府に連れて行ける。食うことも出来る(そうずればずっと一緒だ)。でも、それじゃ意味がない。俺が今、見たいのは『生きて心から笑う』ヤヤの姿だ。そいつに飽きてからでもいい、魂を食べたりするのは。

 あぁ、身勝手だ。死神ってもんは大体『ニンゲン』の都合なんて知らない。エゴの塊だ。だけど、こんな気持ちは本当に初めてで、こうみえてもかなり慌てているし、焦っている。

 だとしても、なんだろな、この泣きたくなるほどの感情は何なんだろう。本当に困ったもんだよ、ああ!


 ……な? 落語の『死神』でも、こんな終わりなんてねぇだろぉ?


(終)



読んでくださり有難うございました。

この後死神やヤヤがどうなったのかは皆様のご想像にお任せします。


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