The cat had curiosity
【 #少尉と軍曹 】社会に大きな影響力を持つようになったSNS。政府はその監視と脅威査定を目的とした情報自衛隊内の秘密部署「備品管理部」ーー通称「備管別」を組織。生真面目な少尉。どこか今時な軍曹。紅一点のニ曹。女性人格の人工知能OS・小石。彼らは電網脅威と日夜戦い続けていた。
大規模なテロで大きな被害を受けた情報自衛隊福山基地。諸施設の復旧を待つ間、隊員達に待機という名の束の間の休息が訪れる。軍曹は技術士官・杜若と共に猫型偵察端末の実験を繰り返す。実働試験の最中に端末制御の小石が捉えたのはデートの待ち合わせと思しき少尉とニ曹の姿だったーー。
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軍曹「やばい!車が出ちゃう」
杜若「小石さん。車の下へ!脚部VDWFデバイス作動。車体裏面に吸着してください!」
小石『了解』
軍曹「VDWFデバイス?」
杜若「ファンデルワールスフォースデバイス。ヤモリがごく滑らかな壁面を這う時の足の裏の摩擦増強器官を模した吸着装置です」
軍曹「バッテリーは保つんですか?走行中にそのデバイスが切れたら……」
杜若「VDWFデバイスの主体はナノメートルサイズの微細な化学繊維です。静電気を利用して一旦起毛すれば維持に電力は使いません。逆にオブジェクトからの離脱の際、繊維を引き込むのに若干の電力を使いますね」
軍曹「あ!少尉の車!走り出した!」
杜若「小石さん?どうです?」
小石『実働吸着効率、理論値比で91.65%。動力振動、走行振動、それらの相乗振動に対しても十分な吸着力と判断』
杜若「フフフフ。ちょっと無理して積んだ甲斐があったというものだ」
軍曹 (マッドサイエンティスト……)
軍曹「中の会話とか拾えませんかね」
杜若「軍曹も中々ゲスいですね。この状況では流石に……。車内ならまだしも」
軍曹「目的地まで待つしかない、か」
杜若「左肩にコンクリートマイクはあるので、15cm厚までの壁であればある程度盗聴できるのですが」
軍曹「設計がゲスいじゃないですか」
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少尉「おはようニ曹。待ったか?」
ニ曹「おはようございます少尉。私も丁度今来た所です」
少尉「乗ってくれ。まずは移動しよう。ここのロータリーは長話するには狭過ぎる」
ニ曹「了解です」
少尉「さて状況を確認しよう。取り敢えず映画を観る、という事だけ決まっているがその他の予定も映画のタイトルも決まっていない」
ニ曹「はい」
少尉「これは命令ではなく提案だが、今日は互いに上下のない立場で意見を交換しあい行動してはどうだろう」
ニ曹「異存はありませんが少尉。固いです」
少尉「そうか……。なんと言うか……こういう状況に於ける経験の蓄積が不足していてな。すまない、ニ曹」
ニ曹「意見して宜しいですか?」
少尉「勿論だ」
ニ曹「まず互いを階級で呼ぶのは止めましょう」
少尉「あ、ああ」
ニ曹「かと言って黙るられるのも困ります」
少尉「そうだな」
ニ曹「私を一旦身内の……例えば妹だと思ってください。私はあなたを、今日一日は兄だと思うようにします」
少尉「成る程な」
ニ曹「どちらかが階級を呼ばない、長時間黙らない、といった禁則を破った場合一日の終わりにペナルティを科す、というのはどうでしょう?勿論話し合って洒落になる範囲で」
少尉「分かった。更に私はその二つの条件に加えて、なるべく柔らかい言葉遣いを心掛ける」
ニ曹「助かります」
少尉「では改めて、今日一日宜しく頼む。……仲本さん」
ニ曹「こちらこそ。加藤……さん」
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杜若「このコース……182号を北上して行きますね」
軍曹「デートでカンナベ・グラン、ってことはないでしょう。関係者の多い福山を離れて高速に乗る気じゃないでしょうか」
杜若「場合によっては泊まりがけ、なんてことも」
軍曹「うーん。中の会話が聴けないのが残念だなあ!絶対面白いのに」
杜若「さて、行きますか」
軍曹「え?どこへ?」
杜若「TAMA-1の残バッテリー量は2時間ちょい。場合によってはバッテリー交換するか、現地で直接回収する必要があります。幸い僕の車はあのお二人には馴染みがないでしょう。ガソリンも満タンに近い」
軍曹「……つけるんですか?あの二人を?」
杜若「はい」
軍曹「バレたら殺されますよ。ああ見えてニ曹は武道の達人で、1トン半の装甲シャッターを素手で開けたことがあります」
杜若「技研で資料映像を観ました。だからです。TAMA-1が車両に張り付いたままバッテリー切れで停止して、万一お二人のどちらかに気が付かれでもしたら……」
軍曹「……機密保持の為の自焼装置とかないんですか?」
杜若「残念ながら。例えあったとしてもあの機体自体がお二人の手に落ちた場合、ソフトウェア的に解析されるまでもなく加藤少尉と仲本ニ曹なら我々に辿り着くのは時間の問題かと」
軍曹「多分少尉が気付いた瞬間、自分に電話が掛かって来るな」
杜若「小石さんは管理者権限を持つ少尉側に付くでしょう。我々の身辺の情報端末を全て廃棄したとしても、公共インフラや第三者のIT機器からこちらの行動は筒抜け」
軍曹「ごく速やかに僕たち二人は、ニ曹の脅威に晒される羽目になる」
杜若「謝ったら許してくれるでしょうか」
軍曹「……ハハッ」
杜若「冷静に考えるとヤバいですかね」
軍曹「何してるんです行きますよ今すぐにさあ早くPCと猫ロボの予備バッテリー忘れないで!」
杜若「こ、高速代は折半ですよ!」
軍曹「んなこと言ってる場合じゃないっしょ!生きるか死ぬかの瀬戸際なんですから!」
杜若「ああ、なんでこんなことに……」
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少尉「先ずは倉敷に出ようと思う。シネコンで上映中のものから映画を決めて、上映時間によって食事のタイミングを決めよう」
ニ曹「そうですね。携帯見てもいいですか?該当のシネコンで現在上映中の映画を調べます」
少尉「頼む……フフ」
ニ曹「……何か?」
少尉「君も割と固いぞ。仲本さん」
少尉「春休みか。満遍なく色々なジャンルをやってるな」
ニ曹「ですね。しょ……か、加藤さんは気になるタイトルはありますか?」
少尉「そうだな。折角の休みだ。仕事とは離れたテーマのジャンルで、できれば爽やかに見られる明るい映画がいいが」
ニ曹「私もです」
少尉「最近観た映画は?」
ニ曹「直近では……『エイリアンエージェント2』ですかね。この前テレビでやってて」
少尉「ああ、私も観た。あのくらいのノリの映画が肩に力も入らず観やすいな」
ニ曹「今やってる中では『ライブミュージアム ファラオの謎』か『クレイジースピード エアフォース』あたりでしょうか」
少尉「どちらもシリーズものの最新作だな。私はライブミュージアムは確か前二作は観ていて大筋は知ってる。クレイジースピードは第一作と日本が舞台だった奴を一作観てるだけで、全部は観てない」
ニ曹「私もライブミュージアムは観た気がします。クレイジースピードは、すいません、観てないです」
少尉「そもそもニ……仲本さんはそれでいいのか?一般に女性は恋愛テーマの映画に感情移入しやすいようだが」
ニ曹「私、恋愛ドラマや映画は苦手で……なんかやきもきするし妙に恥ずかしくなるし、観てられない感じになるんです」
少尉「ふーん、分からなくはないが……どこか男性めいた感性だな」
ニ曹「そういう漫画なら、ある程度平気なんですが」
少尉「リアル過ぎると落ち着かないわけか。女友達とは話題が合わなくて苦労するんじゃないか?」
ニ曹「そこは適当に」
少尉「まあそうなるだろうな」
ニ曹「ライブミュージアムにしましょう。面白そうです」
少尉「ああ。そうしよう」
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一方その頃軍曹・杜若組の車ーー
軍曹「ちょ!杜若さん速い!速いよ‼︎」
杜若「あははははははは」
軍曹「うわっ近え!車間距離‼︎車間距離‼︎」
杜若「あははははははは」
軍曹「杜若さん⁉︎ 杜若さん聞いてます⁉︎」
杜若「あははははははは」
軍曹「ああ、なんでこんなことに……わ!うわぁぁぁぁぁっっっ!!!」
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少尉「む……」
ニ曹「どうかされました?」
少尉「いや。遠くで誰かの悲鳴が聞こえたような」
ニ曹「気がつきませんでしたが……?」
少尉「気のせいか」
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杜若「あははは……捉えたッ!」
軍曹「も、もう……勘弁して……え?捉えたって……何を?あ!あの車は!」
杜若「さりげなくすぐ後ろにポジションします。頭を下げて」
軍曹「杜若さんは二人と面識は?」
杜若「少尉とは任官時に一度。その時は眼鏡じゃなかったし短髪でした。まず大丈夫」
軍曹「大丈夫かなぁ……」
杜若「レーザージェネレータ・セット」
軍曹「え⁉︎ レーザー攻撃⁉︎」
杜若「まさか。精密振動探査用のスキャンレーザーです。ガラスの振動を読み取って……」
軍曹「レーザー盗聴ですか。高速走行中の車の振動と混交して読み取れないんじゃ……?」
杜若「小石さん」
小石『こちら小石』
杜若「そちらの車両に発生する振動をリアルタイムで計測して下さい。僕のポケットwifi経由でレーザー測量による盗聴の生データを送ります。計測した振動をレーザー測量の結果から引き算して、車内の会話だけを聞き取れるようにしたいんですが」
小石『了解。サブルーチンを作成しています……。バッファしています……。環境及び変数を最適化しています……。補正後の音声は82.2MHzでカーラジオに飛ばします』
杜若「OKです」
小石『盗聴補正プログラム・スタンディングバイ』
杜若「実行」
ラジオ『ザザ……怪我の……』
軍曹「おお!」
杜若「これが、科学の力です」