The cat in the metal
【 少尉と軍曹 】
社会に大きな影響力を持つようになったSNS。政府はその監視と脅威査定を目的とした情報自衛隊内の秘密部署「備品管理部」ーー通称「備管別」を組織。生真面目な少尉。どこか今時な軍曹。紅一点のニ曹。女性人格の人工知能OS・小石。彼らは電網脅威と日夜戦い続けていた。
基地全体を巻き込んだ大事件も終息、復興と人事采配待ちで自宅待機の軍曹に、技術軍曹杜若がある協力を要請するーー。
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軍曹「都市偵察用遠隔機動端末?」
杜若「ええ。自宅待機はお互い暇でしょ。前から考えて準備してたんですが、この際だから形にしちゃおうかな、と」
【ずちゃ】
杜若「うわ、すげ。ちょっと大き目の……猫?」
眼鏡「技研に誘導エラストマ型人工筋肉の試作品をあつらえて貰って。偽装がまだなんでメカフレーム丸出しなんですけど。エラストマは小型ながら実用に耐えるパワーとエネルギー効率でハードウェアとして非常に優秀な駆動方式なんですが……」
軍曹「何か問題が?」
杜若「制御に膨大な演算処理が……」
軍曹「あー、はいはい。小石ですね小石」
軍曹「メインCPUこれ……既製品のスマホ?」
杜若「ちょっと前の国家研究機関の主幹コンピュータ並みの能力を持った端末が通信装置と規格品のIOジャック付きでゴロゴロ売ってるんですから。いい時代になりましたよ」
軍曹「容量は?」
杜若「バッファも含めて2テラちょい」
軍曹「小石」
小石「十分ですね。稼働中に通信状態は維持できますか?」
杜若「できます。速度は周辺の基地局の回線種別・回線混雑状況によりますが、32Mbpsから90Mbps程度で変動すると考えて頂ければ」
軍曹「ま、普通のスマホみたいな感じか」
小石「ならば該当デバイスの運用に必要なモジュールだけをインストールして、主体はネット上に預けたままの方が、実動作時間は速くなると考えます」
眼鏡「ですね。とにかく一度やってみましょう」
軍曹「スパイの世界の猫型ロボット〜♬か」
【カチャカチャ……】
軍曹「うし。電源いっすか?」
杜若「OKです。小石さん?」
小石「全然オッケーです。デバイスを壊すといけないので、控え目控え目に行きますよ」
杜若「お願いします」
軍曹「電源、繋ぎますー。よっと」
【ピポ……ジーッ……チュィィィ……】
小石『えーと……にゃーん』
軍曹「いや……鳴き声はいい」
眼鏡 (……かわいい)
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【ギュイ……ギュイ……ガシャァッ】
軍曹「だーっ。また転んだ」
杜若「上手くいきませんねぇ……シミュレーションでは生きた猫のような動きができたんですけど」
小石『意見して宜しければ』
軍曹「ん?なんだ小石」
小石『機体が重過ぎます』
【チュイッ……ジジ……】
小石『機体の重さの為、動く度に様々な方向に大きなモーメントが生じ、その統制の為に姿勢制御の動作が生じ、その動作にまたモーメントが生じる、という状況に陥ります』
軍曹「……こりゃあ、フレームに穴開けたくらいじゃ抜本策にならなそうですね」
杜若「基礎設計からやり直し……か。とほほ……この猫型の金属フレーム、我ながら美しいと自負してたんですけど」
軍曹「確かにカッコいいですが、動かせないんじゃ意味ないですし」
杜若「ですね。ご協力ありがとうございます。小石さんも抜けていいですよ」
小石『分かったにゃん』
軍曹「……普通でいいぞ」
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小石『ナーオッ』
【ととと……くるっ】
小石『ナーァッ!』
軍曹「……猫っぽい」
杜若「フレームはFRPで正解だ。猫そのものですね」
小石『日頃の訓練の成果が活かされています』
軍曹「前回問題として上がった駆動フリクションはどうだ?」
小石「ボールベアリングのお陰で気になりません。大丈夫です」
杜若「そろそろ行きますか」
軍曹「街頭実働評価試験ですね」
杜若「バッテリーはほぼフルだから理論上3時間くらいは実働できるはずです」
軍曹「いきなり稼働限界ギリギリじゃなくても……とりあえず近所の、東福山駅あたりまでのんびり歩かせて戻って来させましょう」
杜若「妥当な線ですね」
軍曹「TAMA-1聞こえるか?」
小石『こちらTAMA-1。感度良好』
軍曹「これより第一次街頭実働評価
試験を開始する」
小石『TAMA-1了解。システム解放。目標地点に対し移動を開始します』
杜若「モニター録画開始」
軍曹「各システムオールグリーン。今のとこ問題ない、か」
軍曹「小石、どうだ?」
小石『不思議な感覚ですね。スサノオで歩くよりずっと軽快で。これを爽快感と言うのでしょうか』
杜若「よし。ちょっと走ってみましょうか」
小石『了解』
軍曹「車や自転車に気をつけろ」
小石『お心遣いありがとうございます。走行モード。シフト3』
【とたたた……】
杜若「画像、結構……揺れますね」
軍曹「確かに……見づらいな。視野フレームを狭くしてでもブレ補正プログラムを入れた方が偵察映像として有意義かもしれませんね」
杜若「小石さん。塀の上や屋根、狭い穴や側溝内などを走行してみて下さい」
小石『了解』
【とたたたっ……ダダッ!】
軍曹「おお」
杜若「迫力映像……これ面白いな」
軍曹「に、しても……小石、やりすぎだ。猫にしたってアクロバット過ぎる」
小石『了解。ネコの運動能力並みになるよう動作スピードと運動エネルギー量を補正します』
軍曹「ん。頼む」
杜若「あっと言う間ですね。もう東福山駅だ」
軍曹「小石が動かすTAMA-1には何かこう……可能性を感じますね。思ったより使えそうじゃないですか?」
杜若「ええ。十二分に実用的な性能です。詳細なレポートを起こして……」
軍曹「あれ?小石。駅前ロータリーの白いワンピの女性にフォーカス」
小石『了解』
【チュイイイ……】
杜若「どうしました?」
軍曹「いや知り合いが。よし、そのままズーム。とりあえず16倍」
【チュイイイ……】
杜若「ああ」
軍曹「やっぱり。ニ曹だ」
杜若「時計を気にしてますね。待ち合わせかな?」
軍曹「小石。気どられないように距離を詰めろ。12メートル以内」
小石『了解』
軍曹「なんか、この雰囲気」
杜若「デートっぽいですね」
小石『レーザー測距。11.35メートルまで接近』
軍曹「よし。位置をそこに定め監視続行」
杜若「あ!顔を上げた。小さく手を振ってます!」
軍曹「小石。ニ曹の注意対象を監視対象に再設定」
小石『了解。対象車両を監視対象に設定』
杜若「あの車は……」
軍曹「面白くなって来やがった……あれは、我が備品管理部別室室長、少尉の自家用車です!」
杜若「どうするんです?」
軍曹「モラル優先で監視を自粛……するわけないでしょ。TAMA-1の性能限界を試す時ぞ今!小石。全力で行くぞ!抜かるなよ‼︎」
小石『ナーオッ!』