勇者召喚するんですか?
「まじですか」
発言内容のバカさ加減に思わず言ってしまった私を責めないで欲しい。
あほーかと口に出さなかっただけエライと思う。
「本当だ。今日の御前会議で決定された。忙しくなるから覚悟しとけ」
「はぁ……。しかし我々のバックアップ次第で騎士の方々で討伐出来るんじゃないですかね。当てになるかどうかも分からない見ず知らずの異世界の人間を強制的に召喚するより確実だと思うのですが」
「仕方あるまい。魔術長がやりたがって王を焚き付けたのだ」
「どうせまたつまんない野心を……」
魔術長はゴマすりが大好きだ。そしてケチ。一度として部下に酒を奢ったことはない。上にヘコヘコして成り上がったオッサンだ。決して魔術師としての腕は悪くはないのだが、権力と金が大好きなのだ。得意な魔術はとにかく派手にアピール出来るものというあたり、徹底してたりする。
このところ魔術団では取り立てて手柄がなく、宮廷では少々存在感が薄くなってきている……と、魔術長は考えているらしい。
そこで一発逆転の召喚の魔法陣ときたもんだ。
確かにこのところ魔族領域が活性化し、それに伴ってなのかわからないが魔獣・魔物が増えている。
きっと魔王が人間領域を侵略する為に蠢動しているに違いない! という無理な結論を導き出し、魔王成敗の為に勇者召喚を進言したらしい。
あほか。
第一魔王を打ち取ったところで何の意味もないんだが。
勇者召喚は最近では三百年ほど前に行ったことがある。
魔族は何故に人間の領域に侵攻するのか。
以前下位のものに聴いてみたところ「襲いたいからさ★」とのたまい、所詮知性のない脳筋に聞いてホンマすまんかったと、気を取り直してカフェにお忍びでお茶していた上位魔族に聞いてみたところ「襲いたいからだ」とキリっと本能全開の一言に蔑み見下してやったものである。
魔族に知性理性はねーのか。
しかし実のところ魔族には世界征服だの混沌支配だの人類皆プチ殺しなんぞという物騒な意思はない。
文献を紐解き、分析を重ねた結果そういう結論に至った。有史以来、地図を確認しながら調べてみると魔族の支配領域は変わっていないのである。彼らはそれ以上の拡大の意思はないのだ。
過去において彼らが侵攻したのは、むしろ人間側が彼らの領域を開拓のために侵略したためである。魔族が出張るのは管理しなければならない支配領域を取り返す為であり、それが神から与えられた使命であり本能だからなのだ。だからある意味「襲いたいからだ」という言葉は正しいのである。
だから魔王を討ち取ったところで魔族の本能がそれである以上、人間が魔族領域を侵略していく限り彼らは屈する事は無いだろう。
そもそも魔王とは魔族領域において恐怖政治における絶対的な支配者というのではなく、単に一番強い者がなるだけの話である。討ち取られれば次に強いものが魔王になるだけの話で、以下エンドレス。
雑多な種族がいる為に揉め事を減らすには多少のまとめ役が必要だ。だけど強い奴の言うことじゃなきゃ聞いてやんねーよ。じゃあバトルロイヤル殺ろうぜ。の結果が魔王である。強ければ強いほど使命という名の本能が強いというから、まあ合理的なのかもしれないが。
さて。そのほかの魔物、魔獣に関しては特に何があるわけではなく、言わば餌を求めて世界を放浪しているだけの話で、たまに大量発生したり減少したりもするが、それは他の生物でも良くある生態系の問題であった。
で、今回何故魔族領域が活性化しているのか。
それは確かに不思議であったので、前述のお忍びでカフェ飯をウマウマ貪っとる無駄にキラキラしい上位魔族に聞いてみれば、三百年に一度の大祭のお祭り準備で魔族領域内の魔族すべてが浮かれ騒いでいる為に、何やら魔力も浮かれて膨張活性化するんだそうな。
三百年といえば、前回勇者召喚を行った頃である。これは偶然であろうか。
んなわけがない。
そこで改めて人間側と魔族側の過去の記録を詳細に調べてみると、なるほどであった。
さあ大祭の準備をしようかという時に、人間が魔族領域を侵略し。大祭があるってのに俺っちの縄張りを土足で踏み入れてんじゃねぇよとお怒り倍増で領域奪還。本来そこで終わるはずがお祭り気分ヒャッハーと相まって魔族大攻勢がうっかり発生。本能通り越してひょいと人間領域にまで暴走して踏み込んだということらしい。
それに泡食った人間側がすわ世界の滅亡かばりに恐怖して、異世界より勇者召喚へと踏み切ったと。
……なんというか、魔の悪い。
人間側の記録では勇者の勝利となっているが、どうも魔族の暴走を止めに前線へ来た魔王と鉢合わせし。魔王と勇者が戦ってる間に、魔王の側近の幾人かが暴走魔族を自分たちの支配領域までぶん投げて引き上げさせたというのが真相らしい。勇者を手ぶらで帰らすのも可哀想だからと魔王、自分の長い髪をバッサリ切って渡した上に、魔王の紋章の入った短剣まであげたって。その二つで魔王を下した証明にすればいいんじゃねと言ったそうだ。
実際その通りにして凱旋したらしいよ、勇者。記録では「倒した」ことになってるし、その短剣は国宝になっている。魔の気が強すぎて神殿で封印してるそうだが。
はてさて。
そんな理由が見えてきた現在。異世界より勇者召喚なんぞ無駄以外のナニモノではないことは明白だ。レポート付きで口頭報告してやったにも関わらず「魔族からの聞き取りなぞ嘘に決まっている。惑わされるとは何事か」と叱責されてしまった。全く信用されていない。やれやれである。
それにしても異世界から誘拐は全くもって宜しくない。犯罪である。そんな片棒担ぐのはゴメンだが、やらねばならぬ宮仕え。しかし素直に召喚陣を作るのは癪だ。
ならば、だ。魔方陣を変えてやればよい。どうせ魔術長は召喚陣については詳しくない。召喚魔法の第一人者は私の上司だし、この人はむしろ私に協力してくれるだろう。
ではどう変えるかだが。国内に勇者になりたい奴くらいいるはずだ。召喚条件を印す文言のうち、異世界の印を消し国内の騎士とすれば良い。己が勇者となれれば喜びむせび泣くだろうよ。肉体強化、魔術強化のおまけ付き。
それかいっそ王太子を勇者にしてやろうか。そうすれば後々権力争い云々なくてスッキリするかもしれない。下手に国内の者を勇者にすれば英雄として人心を掌握して王家簒奪するかもしれないし。別にそれならそれでも生活に悪影響がなければなんでもいいんだが。
ん? 待てよ。それならいっそ女性を勇者にして高位貴族か王太子に嫁ぐってのはどうだろうか。どうせあのイケメソ独身だし。選り取りみどりで取っ替えひっかえしやがって爆発しろ!
何故国内から召喚されたのか聞かれたら、異世界・この世界含めて勇者に相応しい者という条件をつけましたとでも誤魔化すか。
よし、ならば行動だ。
上司待ってろ密談タイムだ。さあやるぞ。
その二ヶ月後、召喚されたのは姫騎士を夢見る国内の可憐な一人の少女だったのだが……。
「まさか逆ハーとかいうものになるとは想定外でしたね、上司」
「……まぁ、計画通り王太子妃になったからいんじゃねぇのか。後見人には魔術長がなったしな」
「全く頼りにならなさそうなのがポイントでしたね!」
王太子を含めた乙女勇者パーティ。魔族領域まで行って大祭に突撃し、名物の武闘会に出場して特別枠で魔王と対戦したそうな。
「ふむ。中々愉しかったぞ。では今回はこの指輪でも持っていくか」
と、魔王は前回同様長い髪をバッサリ切り、それと共に指輪を渡したそうだ。
そこで王太子は私のレポートを思い出し、真実だったのかとうなだれたとか。
で、今回もまた「倒した」ということにしたと、後でこっそり王太子直々に呼ばれたと思ったら告白された。
「我々はまた三百年後に同じことをするのだろうか」
と黄昏ていたが、それが嫌なら真実を暴露するなり、真実を記録して残せばいいだけの話である。やる気も無い癖に何をシリアスぶっているのだろうか。リア充爆発しろである。乙女勇者となっがいデートしてきやがって!
まあ、王太子とくっつけば好都合と思ってたのは私だけどっ。
私も嫁が欲しい。召喚したら……ダメだよな。