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相談


「それでそのときの颯馬さんの身のこなしといったら…」


 この話はいつになったら終わるのかと、店長は休憩室の時計を確認した。

 あの事件以来、店内で遭遇する度に、この話は始まるのだ。更に話は止まるところを知らず、一緒にどんな所へ行った、何をした、こんなことを言っていたなど、無意味極まりない惚気話が展開されていく。

 おかげで、慣れ親しんだ職場であるのに、気の休まる暇がなかった。

 今日も今日とて、休憩時間の被るシフトを組んでしまった自分を呪う。


「藤泉院、そういう話は同性同士でしたらどうだ」


 何度目か分からない切り返しに、無月もまたいつも通りの返事をする。


「皆にも聞いてもらってるわ。でも、男の人の意見が欲しいのよ。それなら店長が一番話しやすいんだもの」


 いつの間にか敬語まで綺麗さっぱり無くなっている。

 頭痛とため息を禁じ得なかった。


「さっさと告白すりゃいいだろ」

「それができたら苦労しないわ。でも彼、私なんか眼中にないんだもの」

「色仕掛けで落とせ、以上だ」

「最低だわ!」


 無月は怒りながら写真立ての少女を指差した。


「娘さんが、色仕掛けなんて使おうとしたらどうするのよ」

「相手を再起不能にする」


 一拍の間さえない即答であった。

 これが理不尽というものかと無月は胸に刻んだ。


「ほら、色仕掛けは良くないのよ。他には?何か手はないの?」

「お前、何が悲しくてこんなおっさん相手に恋話してんだよ。友達はいないのか。このファミレス以外に」

「いないことはないけれど…」


 珍しく無月は口ごもった。


「颯馬さんと共通の友人ばかりだから、気恥ずかしいというか…言いづらいというか…」


 気恥ずかしいとは。

 どの口が言うか。

 そう反駁すると、彼女は本当に決まり悪そうに俯く。

 これは地雷を踏んだか。

 内心慌てたものの、すぐにそれは不要な心配だと気づいた。


「だって…いつから?とか、どんなところが好き?とか聞かれたらもう…恥ずかしすぎて何も答えられないもの…」


 いい歳して何を言っているんだこの娘は。

 見たところ恋愛経験皆無なわけでもないだろう。

 この中学生の初恋を聞かされているかのような、むず痒さといったら堪らなかった。

 とうとう堪え切れずに、彼は席を立った。


「このままぐだぐだしてても仕方ないだろ。他の女に取られたらどうすんだ」

「…そんなの嫌」

「そんならさっさと女友達に相談して、アクション起こしてくっついちまえ。全く」


 他の女に取られる。

 その言葉が脳裏にこびりついて思わず泣きそうになった。



――――……



「えぇ!?嘘!無月さん今まで無自覚だったんですか!?」


 それから数日悩みに悩み、とうとう意を決して、一葉と夏希に相談を持ちかけた。

 真っ先に浮かんだのは蜜華の顔だったのだが、何となく彼女にその手の相談はしづらかった。

 とはいえ、年下の高校生にこんな風に相談を持ちかける自分が、我ながら情け無い。

 更に一葉も夏希も、何を今更と言わんばかりの呆れ顔なのだから、尚更だ。


「無自覚でよく毎日あんな惚気話を…」

「惚気話?」


 何のことかと首を傾げる無月に、夏希は深いため息をつく。


「…無月さんって妙に鋭いかと思えば、信じられないほど鈍いときありますよね」


 釈然としなかったが、どうやらこの二人は颯馬への恋心に、とっくに気づいていたらしい。

 

「ちなみに、いつから?」


 無月が問うと、二人は同時にうーんと唸る。


「最初から、あれ?って思ったよね」

「ね。一緒に病室に来たときから、あれ?って」


 そんな馬鹿な、と無月は生まれて初めて頭を抱えた。


「初めからじゃない!私そんなに分かりやすかったの…!?もしかして、颯馬さんにも筒抜けだったりするのかしら…」

「いや、それはないと思います」


 異口同音だった。

 首を振る仕草さえ、全く同じに。


「男性陣は誰も気づいてないと思いますよ」

「私たち以外だと、蜜華さんと、あとあの藤子さんという方は『あら』っていう顔してたよね」

 

 げに恐ろしきは女の勘、と無月は机に伏せた。


「てっきりもう色々とアプローチしてるんだと思ってたんですよ。一緒に帰ったりしてるし」

「最近ちょっといい感じの雰囲気だよねーって二人で話したりしてました」


 どこをどう見たら「いい感じ」に見えるのかと、無月は恨めしげな顔をする。


「残念ながらそんな雰囲気は皆無よ」


 話すことといえば、学校での出来事や勉強した内容が大半である。

 そもそも、登下校以外に会うことなんて、ほとんどない。

 初出勤の帰り道に助けてもらったのも、偶然彼が通りかかったからなのだ。決して待ち合わせをしていたわけではない。


「相手が颯馬っていうのがまた厄介ですよね」

「鈍いし、意外と頑固だし、何より顔に惑わされない」


 無月はおずおずと付け加えた。


「そもそも高校生なのだけど、それってアリなのかしら…?」


 無月にとっては、それも大きな問題であるように思えたのだ。

 しかし予想に反し二人は、そんなことを気にしているのか、といった反応だった。


「年の差なんて大した問題じゃないですよ」

「そうですよ。あと二年もすれば卒業するんですから」


 様々な障害を乗り越えた一葉の言葉は、説得力が違った。


「まぁでも、少なからずあいつも無月さんのこと、憎からず思ってるはずなんですよね」


 これには無月も刮目した。


「ど、どうして!?」

「だってあいつ、基本的に女子の頼みって聞かないんですよ」

「遊びとかの誘いも断るよね」

「でも無月さんの頼みは何だかんだで『はいはい』って聞くし、誘いも断らないし」


 それは初耳だった。

 親切な彼のことだから、誰にでも優しいのだとばかり思っていた。


「でもあの感じ、どこかで見たなと思ったら、お姉さんの頼みを聞くときにそっくりなんですよね」

 

 無月は脱力した。

 彼には姉が三人いると聞いていたが、もしかして自分は彼の中で、第四の困った姉に数えられているのだろうか。


「いや、まぁ、ほら、今のは言葉の綾ですよ!そのくらい親しみを持ってもらえてるってことです!」


 一葉の前向きな言葉はかえって痛々しかったが、確かにこうして落ち込んでいても仕方がなかった。


「…そうね、とりあえず、困った姉から脱却するところからだわ」

「夏希モテるよね?何か手はある?」


 一葉の困り果てた視線を受け、夏希も眉間に皺を寄せる。


「否定はしないけど、一葉だってモテるでしょ。気付かないだけで」


 これまで彼女に密かに想いを寄せ、何気なく振られてきた哀れな男子たちが夏希の脳裏をよぎったが、今この話をしても仕方がないかと、ため息をつく。


「私だってそこまで恋愛経験豊富なわけではないですよ。でも、人の気持ちって、人為的にどうこうするものでもないと思うんですよね。デートを重ねて距離を詰めてから告白するか、先に告白してしまって意識してもらえるように頑張るか…くらいしか思いつきません」

「…さすが夏希、男前」


 思わず、一葉は拍手した。

 一方無月は思い詰めたように机を睨む。

 薄々気づいてはいたのだ。

 これだけ一緒に過ごしていながら、一向に異性として意識されていない。それなら恐らく、このままどんな小細工を使おうと大した意味はないのだ。


「…やっぱり告白してみるしかないと思うわ」

「よく言った!」


 にかりと笑い、夏希は立ち上がる。


「そうと決まれば作戦会議よ!あの堅物を唸らせてやりましょう!」

「そうですね!無月さん!頑張りましょう!」


 無月は、はやる胸の鼓動を感じながら、強く頷いた。



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