08 ファーストキス
「またブラントと、か」
また…そう言われて心苦しくなる。
今朝のことをまだ怒っているのだろうか。
「申し訳ありません…昨夜のことも反省しております」
飲み明かして、二日酔いで隊長に就任の挨拶するとか、最悪だ。
キースもそんなヤツを部下に迎え入れなければならないなんて、嫌だったろう。
「…昨夜とは?」
「え、その…オーヴェと一晩中…」
飲み明かしてしまいまして、と続けようとした所で、大きな音が部屋に響いた。
ドン、と何かを思いっきり拳で叩くかのような。
突然の音にびくっと肩を震わせて、目の前のキースを見る。
キースは、彫刻のように美しい顔を少し歪めながら、私を真っ直ぐに見つめてくる。
さっきの大きな音は、キースが壁を思いっきり拳で叩いたらしいものだった。
少し拳が赤くなっている。そんなに強く叩き付けたのだろうか。
それほどに…怒らせてしまったのだろうか…
「…リリは勝手だ」
何か色んなことに驚きすぎて、呆然としてしまっている私にゆっくりとキースが近づいてくる。
纏う空気が何だか恐い。
後ずさる私の腰に、素早くキースの腕が回される。
「申し訳ありませ…」
慌てて謝罪を口にする。
こんなにも怒らせることになるとは、思っていなかった。
しかし、口にした謝罪の言葉を最後まで言うことは叶わなかった。
抱き寄せられて、一気に距離を詰められ、気がつけば…
唇に温かい感触。
これが私の、ファーストキスだった。
不意打ち過ぎて、頭の中が真っ白になった。
私の妄想では、ファーストキスは…こう…花畑の中で愛を語り合いながら、軽くちゅ、とすることになっていた。
頭の上に花冠なんて乗せて。
「リリ、可愛いよ」なんて言われて「そんなキース…」って照れながら答えてさ。
花の妖精だね、やだキース…じゃあキスして、分かったよ僕の妖精さん、なんて感じ。
いやもう、子供の頃の妄想だからね。
今は花冠より、兜が似合うし。
妖精っていうより、魔人?
腕の力こぶ見てよー!妖精がこんな逞しい訳無いでしょーもっと柔らかくてヒラヒラしてるもんだよ。
って現実逃避はここまで。
この現状はなんだろう。
唇をつけられ、気がつけば舌まで入り込んで来てて…
ろくに息も出来ず、逃げようと腰を引けども、キースの腕にきつく抱きしめられてしまった。
抱きしめられ、密着したまま…キースとキス…ちょっとした駄洒落みたいだ。
とか、そんな話じゃなくて!!
「や、ちょ、…まっ…待って!」
腕を突っぱねて、ようやく少しの距離を取る。
それでも、キースの腕の中からはまだ逃れられていない。
キスされて、抱きしめられてる…その事実に、今更ながら頭が沸騰しそうになる。
もう、顔も熱くて心臓もバクバク言ってて。
そりゃね、現実逃避したくもなるような状況だよ。
「…あ、あの…!」
一旦、離れなければ…顔も近すぎて眩しいし…!
何とか、この腕から逃れなければ、まともに考えることも出来ない。
必死でキースの腕の中でもがくが…もがけばもがくほど、キースの表情は険しくなっていった。
「一晩中、何をしていたんだ?」
頭上から降ってくるキースの怒気を含んだ言葉が、私の心に突き刺さる。
棘がついているかのように私を責めてくる、そんな口調だった。
「何って…」
「あの男に抱かれたというなら、許さない」
何なに!
許さないってなに!
抱かれたって何!
あの男って誰!
オーヴェのこと?有り得ない…!
キースの腕の力が一層強くなって、また体が密着してしまった。
もう、頭が真っ白になりそうだ。
酸欠で死にそう。
頭にも酸素が巡って来ないし、冷静に考えることも出来ないし…
もう訳が分からなかった。