18 報告へ
朝の爽やかな時間。
寮の前で待っているキースの元へ顔を下向けながら歩み寄る。
履きなれない踵の高い白い靴に、ひらひらの淡いオレンジ色のドレス。
キースが用意してくれたのは、女性らしからぬごっつい体格の私にはとても似合わないものだった。
その色合いも、冗談かと思ったぐらいに似合わなかった。
でも、せっかく用意してくれたので身に着けてみたけれど、やっぱり恥ずかしいぐらいに滑稽だと思う。
「おはよう、リリ」
「お、おはよう」
俯き加減で挨拶を交わすと、キースに手を握られた。
思わず顔を上げると、眩しいぐらいの微笑を向けられ、鼓動が早くなった。
今日のキースはシンプルな黒いスーツを美しく着こなしている。
直視出来ないぐらいに似合ってるし…それに比べて私は…
ちょっと落ち込んでいると、握られた手に少しだけ力が込められた。
「似合うよ」
そんな筈無いのに…!
鏡の前で何度笑ったことか。本当に似合わなさ過ぎて。
完全なお世辞って分かってるけど。
そんな風に爽やかな笑顔で言われると、鼓動が早くなって息も苦しくなる。
結婚したら、こんな毎日を過ごすのだろうか。
毎日、キースの笑顔や言葉に心臓が苦しくなったり、息が苦しくなるのだろうか。
こんな似合わない格好をしている恥ずかしさもあって、余計にそう感じているのかもしれないけれど。
少し俯き加減でキースの一歩後ろを歩く。
そんな私の手を握ったまま、キースがぐいっと自分の方へ引き寄せるように引っ張った。
「え、キース…!何…?」
いきなりのことで、前のめりになってしまって。
思わず転びそうになった。この靴、本当に履きなれないから。
「顔を上げるんだ。それと、隣に並んで歩いてくれ」
「で、も…」
恥ずかしいし、似合わない格好してるし。
隣に並んで歩く、なんて…女性は男性の一歩後ろを歩くのが美しいとされているのに…
男性を立てていないと思われはしないか。
そんなことを口にしようとしていた私に、キースは笑顔で首を横に振った。
「余計なことは何も考えなくていい。そうしてくれると、俺が嬉しい」
何も引け目に感じることなんて無いんだ。
自分に自信なんて無い、マナーぐらいは守らなければって…
でも、そんな余計なことは考えなくて良いんだ。
キースの言葉に、少しだけ、肩の力が抜けた。
二人で並んで馬車に乗り込み、向かう先はジレルダ邸。
私の父とキースの父がそこで待ってくれているのだ。
今日、私とキースは、互いの親に結婚の報告をしに行く。
父親同士が決めた許婚では無く、自分たちで決めた結婚の報告をしに。
「緊張するわ…」
何だろう、球追いの決勝でもこんなに緊張しなかった。
あの時は高揚感すらあったというのに…今は不安と緊張とが混ざり合って胃が痛い。
嫌な冷や汗とかかいてしまいそうだし。
胸に手を当て、深呼吸を繰り返す私の肩を、キースがそっと抱き寄せてくれた。
余計に緊張が増したのは内緒。
「大丈夫だ。初めて会う相手でも無いし」
そりゃそうだけど。
許婚を解消してからは、初めてキースの父には顔を合わす。
だから、逆に緊張度が高いんですけども。
歓迎されないんじゃないかって不安もあるし。
そんな不安と緊張で胃がキリキリする中…
私はキースにリードされ、久々にジレルダ邸に足を踏み入れた。
ジレルダ邸は相変わらず広すぎる。
でも、この屋敷には色々な思い出が詰まっている。
キースに馬術を教えて貰ったり、一緒にチェスをしたり。
懐かしさがこみ上げてきて、緊張が少しだけ解れた。
「こっちだ」
キースに案内された部屋は、一番記憶に残っている部屋だった。
あの、人生最大のショックであった、許婚解消を告げられた場所だ。
蔦の彫刻が施された重厚な木の扉に、気持ちも重くなる。
覚悟を決め、少し震える声で「失礼します」と告げると、中から明るい笑い声が聞こえてきた。
「待っていたよ、リリちゃん」
扉を開けて招き入れてくれたのは、キースの父・ジレルダ卿だった。
その後ろでは、私の父がなんかにやにやしながら立っていた。
重たい気持ちの中に苛立ちが生まれた瞬間だった。
父め…何、楽しそうにお茶なんて飲んでるんだ。
「話はキースから聞いたよ。親同士が勝手に決めた許婚だったと思っていたけれど…どうやら、違っていたんだね」
ジレルダ卿にも、事前にキースが話を通してくれていたらしい。
笑顔で私を招き入れてくれた…ということは、別に私とキースの結婚の話にジレルダ卿は、不快感を抱いているという訳では無いみたいだ。
安堵の息を漏らしながら、挨拶をする。
「お久しぶりです、ジレルダ卿。お父様も」
「堅苦しい挨拶はいらないよ。さあ、入って」
手本通りに堅苦しい挨拶をする私に微笑みかけ、ジレルダ卿は中へ入るように促してくれた。
次で最終話です。




