17 努力で得たもの
「負けたなー!リリ、俺と組んでた時より動きが良かったな」
オーヴェの声に私は我に返り、慌てて涙を拭った。
感動して泣いてた、なんて恥ずかしくて言えない。
「初めて、ね…頑張って良かったって思った」
「そっか。良かったな」
私の背中をぽん、と軽く叩いたオーヴェの声にまた少しだけ涙が出てきそうになった。
「俺が熟女好きじゃなかったらな…多分、お前に惚れてたけどな。あと二十年は必要だな」
「…せっかく感動してたのに、あんたのその性癖聞かされるのはうんざりだって」
「まあ、それはいいとして。とにかく良かったな!」
バシバシと人の背中を叩きながら、オーヴェが声を上げて笑った。
いつもなら「痛いって!」と怒るところだが…今日は許そう。
オーヴェはいつだって、私のことを応援してくれていたから。
「さあ、行って来いよ」
オーヴェに背中を押され、体が前のめりになって、思わずアンナのたてがみを掴んでしまった。
どうやらアンナも分かっていたようで、そのまま真っ直ぐ、キースの元へと歩を進める。
途中、第三部隊の仲間たちからも「やりましたね!」との拍手喝采が飛び交った。
悔しそうにしているかと思いきや、リベラートは鏡片手に髪型を整えるのに必死みたいだ。
やっぱり成金だなあ、と笑いすらこみ上げてくる。
試合場の端で佇んでいるキースの元にやってきた私は、満面の笑みを向けたが…
キースはどこか複雑そうな表情を浮かべていた。
「リリ、ついてきてくれ」
その表情のまま、キースは背中を向け、馬を歩かせ始めた。
勝ったら結婚を申し込むって…何だかそんな雰囲気を感じ取れないぐらい、どこか陰鬱なキースの背中…!
小さな不安が徐々に胸の中に広がっていく気がした。
黙ってキースの背中を追っていくと、暫く馬を歩かせた後、試合場を見渡せるような少し小高い丘の上にやって来た。
一本の大木の傍でキースは馬の歩を止めた。
木の葉を揺らす風も、いつもは心地よいはずなのに…やけに冷たく感じる。
その場から試合場を眺めながら、キースは困惑を含んだ笑みを私に向けてきた。
脈が一気に早くなる。
嫌な予感が増していく。
初めて…努力で勝ち取れる幸せだと、そう感じていたのに。
もしかしたら…それも思い違いなのだろうか。
「試合、勝てたな」
呟きにも似たキースの言葉に、どう返事をしたらいいか分から無い。
私は曖昧に頷くことしか出来なかった。
「リリのお陰で勝った試合だったな。情けない」
「…そんなこと」
「それでも、試合には勝てた。だから、許してくれ」
キースの表情が引き締まる。
何を許すって言うの?
不安と期待が入り混じって、頭の中がまたむちゃくちゃになりそう。
キースは一つ息をつき、ゆっくりと馬から降りた。
そして馬上の私の隣で一度片膝をつき、頭を下げた。
目の上の人にするような作法で礼をした後、キースがゆっくりと立ち上がり、手を伸ばしてきた。
その手に、自分の手を重ねると、キースが柔らかく微笑んだ。
私の大好きな笑顔だ。
また胸の奥が苦しくなった。
「リリ、俺と結婚して下さい」
その言葉を聞いた瞬間、私の目から涙が溢れ出ていた。
「本当は俺の力で勝ちたかったけれど」
困ったように微笑むキース。
そんなことを思ってくれていたなんて、また泣けてきた。
キースの手を取り、そのまま身を任せるようにして抱きついた。
馬の上から転げ落ちるように抱きついてきた私を、キースは両手で受け止めてくれた。
そしてそのまま、二人して地面に倒れ込んだ。
ごめん、重くて。下敷きにしちゃってるし。綺麗なキースの髪に土がついちゃう。
でも、嬉しくて、ひたすら抱きついていた。
「キース!私と結婚して下さい!」
「リリ、それは俺が言う言葉だ」
「嬉しいの!初めて…自分の頑張りで幸せを手にすることが出来たって…本当に…嬉しい」
抱きつく私の頭を撫でてくれるキース。
こいつら土まみれになって何してんだ、って馬たちも呆れているだろうけれど。
今はただ、胸がいっぱいで…何も考えられない。
「知ってたよ。リリが頑張ってること」
別に自分の頑張りをキースに褒めて貰いたかった訳じゃない。
頑張ったのは、自分の為だもの。
キースに好かれたいから、自分の為に頑張ってきた。
それでも、キースは知ってくれていた…見てくれていたのだ。
それが無性に嬉しかった。
「どこが良いか、前に聞かれただろう?明るい笑顔も、何でも前向きに頑張るところも、ずっと好きだった」
私の頭を撫でながら、穏やかな笑みを浮かべてキースが言葉を続けた。
「ずっとリリが好きだった」
私の頑張りをキースが知ってくれていたことが嬉しくて、
そこを好きだと言ってくれたことが切なくいぐらい胸に響いて。
私はまた大粒の涙を流した。




