14 勝利宣言
第三部隊と第五部隊の合同訓練は予定通り、滞り無く行われた。
第五部隊が受け持つ筈だった土地まで、第三部隊の管轄として扱われているが、有事の際は合同で対応出来るように、連携を深めていかなくてはならない。
そういう理由もあって、第五部隊との合同訓練に至ったらしい…が。
まあ、それは建前で、メインは、午後からの球追いの練習試合だろう。
午前中の合同訓練は、軽く汗を流す程度で終わった。
「リリ」
訓練が終わった後、木陰で剣や鎧の手入れをしていた私の元にキースがやって来た。
少し汗をかいた髪とか…見慣れてた筈なのにドキッとしてしまう。
銀の鎧も隊服とはまた違った印象で凄くカッコ良い…いっつも見てたけど、近くで見るのとまた違って見える。
素敵だ。どこからどう見ても素敵過ぎる。
「キ、キース…何か?」
周りに誰もいないから、名前で呼んでも平気だよね。
でも、キースって呼ぶのは…本当に慣れない。
それに鎧姿が素敵過ぎて、ちゃんと目を見て話せないぐらい、緊張してしまっている。
「今日のメンバー表だ」
「…あ、はい」
私の隣に腰掛け、キースが一枚の紙を差し出した。
球追いかあ。
球追いは騎兵隊内で部隊ごとにチームを作り、大会が催されている競技だ。
馬に跨って専用の棒の先にネットを貼り付けた物を使い、二色の球を相手チームの籠に投げ入れる。
馬に乗って行う競技だけあって、優れた乗馬技術が必要になる。
それ故に、球追いで活躍すると技術が評価されて、出世も早くなる。
私も…第九部隊にオーヴェと共に所属していた時は、それはもうゴールデンコンビ、なんて呼ばれるぐらい強かったんだ。
競技は十騎対十騎で行われ、籠は二つ設置されていて、二つの球をそれぞれその籠に投げ込む。
前線まで駆け上がるのが私、前線で相手の籠へ球を入れるのがオーヴェ。
周囲から絶賛されるぐらいチームワークは良かった。
オーヴェと私が共に別隊に行くことになって、第九部隊の人たちからはその点をとても嘆かれた。
騎兵隊内でも何度か優勝したことがあったぐらいだから…勿体無いなって。
それほど前のことではないけれど、何だか懐かしくも思える。
受け取ったメンバー表を見ながら、しみじみとそんなことを考えてたら…!
「何でオーヴェが…」
第五部隊の代表に何故か「オーヴェ・ブラント」の名が連ねられていた。
あれ、あいつ…早速、第四部隊をクビになったの?
「リベラートが呼んだらしい。かつての優勝コンビが対決なんて楽しいだろう、と」
「え、対決?私も…出るんですか?第三部隊の配属になってまだ日も浅いので、外されていると思っていたんですが」
オーヴェ、クビじゃなかったんだ。
またリベラート隊長が絡んでくるとか、あの人は一体何がしたいんだろう。
確かに…オーヴェは私よりずっと球追いの才能はあるからなあ。どこに行っても、すぐ上手く出来るんだろうけれど。
その昔は私もゴールデンコンビなんて言われてたけれど、第三部隊に配属されて一日だ。
まだ第三部隊のメンバーと上手く連携出来る筈も無いだろうし。
当然、メンバーからは外されていると思っていた。
「そのつもりだった。だが…リリが出たいなら、構わない」
「球追いは好きですけど…足を引っ張らないか不安です」
「心配しなくてもいい。リリの動きや癖はよく分かっている。俺が合わせる」
「…そうですか。じゃあ、出てみようかな」
キースも合わせてくれる、って言ってくれてるし。
球追い…実は大好きなんだ。
こう、上手く馬を操って、相手の隙間を掻い潜って前線に出る時の楽しさったら…!
普通の女性とは、最早、感覚も違うのかもしれないと思わずにはいられないけどさ。
お花を愛でるような可愛い女性と違って、私は馬を駆って球を追いかけるのが好きってね…
いや、お花も好きだけど…花か球追いなら、球追いを取ると思う。
「リリが頑張ってる姿は、いつも見てた。何事にも直向に頑張る姿は…見ていてとても可愛かった」
「え…?」
「試合に勝ったら…改めて結婚を申し込ませてくれ」
ええええ!
勝ったらっていう条件つきなの?
というか、可愛いって何!
負けたらどうするの、無しになるの!?
いつも見てたって何なに!
会話の前後が分からなくなるぐらい、衝撃的な言葉がキースの口から連発された。
私の脳の処理能力を遥かに上回る衝撃だ。
私、可愛くなんて無いし。
球追いをがむしゃらにやってる女が可愛い訳無い!
お花の匂いを嗅いで「いい香りだわ」って微笑む女性と比べて、
土埃の中で馬の腹を蹴りながら球追いかける女と…どっちが可愛いかなんて明確なのに!
そんな女が可愛い訳無い!
それにずっと見てたのは私の方だ。
キースが私を見てた?そんな筈無い…!ないない!
それよりも…試合に勝ったらって、勝たない場合はどうなるんだろう。
結婚は再び破棄?!
いやいや、今朝、自分に誓ったのに。
何でもいいからキースの妻になりたいって。
家の為、子孫繁栄の為でも構わないからって。
この結婚に愛が無くても、愛人が他にいたとしても、喜んでキースの妻になる覚悟を決めたのに。
「…必ず勝ちましょう」
頭の中が無茶苦茶だ。
どうしよう、とか、そんな筈は無いとか。色々と思考が着いていかない。
それでも、一つだけ。
絶対に勝つ。
そのことだけを強く思った。
考えるのは後で良い。
私は子供の頃から変わっていないんだろうな。
単純な馬鹿のままなのだろう。
今はただ、この勝負に全力で挑むだけだ。