13 砕けた覚悟
「いつもすましたお顔のジレルダ隊長もそんな顔するんだね。見てて面白いよ」
はっははっー!なんて耳障りな笑い声を上げるリベラート隊長。
そんな顔するって…今、キースはどんな表情をしてるんだろう。
キースを見上げようとしたけれど…息も苦しいぐらいに力強く抱き寄せられた。
ちょうどキースの肩に顔を埋めるような形で抱きしめられていて、眩暈がした。
隊服のパリッとした糊の匂いすら、媚薬のようだ。いや…やっぱ糊だけど。
「本当に、ジレルダをからかうのは楽しいよ。この男はね、色々と駄目な男だから、気をつけてね、リリちゃん」
楽しげな高笑いを残し、嵐のような訪問者・リベラート隊長は部屋を去っていった。
何だったんだ…っていうか、キースをからかいに来ただけなのかな。
色々と駄目な男、ってそれはお前のことだろ!
リベラート隊長は、自分のことを棚にあげ過ぎている気がしてならない。
「あ、の…ジレルダたいちょ…っ」
リベラート隊長が去ったので、キースから離れようとした所で再び抱きしめられた。
苦しいぐらいきつく抱きしめられて、また眩暈がした。
傍にいると高地訓練より苦しくなる、そんなキースに抱き寄せられたらね…本当に酸欠で死んでしまう。
「キースだ」
「え?」
「ジレルダ隊長なんて他人行儀だ」
「いや、でも…ここ執務室で…」
だからその、けじめで…ともごもご言ってみたけど、キースの腕の力が弱まることは無かった。
むしろ、きつくなってる…酸欠の上、圧死してしまいそう。
「キ、キース、分かったから!」
そんなに名前を呼んで欲しかったなんて、知らなかった。
他人行儀、か…それほど、私はキースを傷つけてしまっていたのかな。
一方的に避けていたことを今更ながら、深く反省した。
「俺たちは夫婦になるんだから」
悪いことしたな、なんて思っていたら、頭上から思わぬ言葉が降ってきた。
昨日も言ったけど、衝撃が大きすぎると脳に伝達が届くまで時間がかかる。
言葉の意味を頭の中で反芻してみて、15回目ぐらいで私はその意味をようやく理解することが出来た。
「…え?」
「だから、夫婦になるんだから、他人行儀な呼び方はしないでくれ」
「私と、キースが…?夫婦…?」
「そうだ。今朝も確認しただろう。昨日のこと、分かってくれていたんだろう?」
ああ、今朝の!
昨日のことだが、と言われて思わず口から出た「分かってます」宣言。
あれって、そういう意味だったの?夫婦になる…みたいな話だったのかな。
い、今更「実は何にも分かって無かったんですよーハハハー」って言える筈も無い。
いやでもちょっと待って。
私がわかってるって言って、キースは嬉しいって答えてくれて。
それって、私と夫婦になることが嬉しいってこと…だよね。
少しでもキースが嬉しいと思ってくれるなら…
家の為だって、子孫繁栄の為だって、何だって良い。
この結婚に愛が無くても良い。私は好きだけど…!
私のことを…どう思ってくれてても構わない。
「…もちろんです。ところで…」
構わない、だから…覚悟を決めて聞いてみよう。
どう思われてても構わないって覚悟が出来たから。
ただ、良いと思ってくれている部分があったら、そこを伸ばしていきたいと思うし、
それが強いところ、であっても。
筋肉トレーニングを倍増して、剣も倍の太さを振り回せるようにするから。
だから…
「キースは、私のどこが…良いんですか?どうして私なんかと夫婦になると言ってくれるんですか…?」
「それは…」
緊張の瞬間。
また扉をノックする大きな音が部屋中に響いた。
ドンドンドン!と響く大音に、半端無い脱力感に襲われた。
もう…何なんだ。
扉が開いて、笑顔で入ってきたのは、またもやリベラート隊長だった。
こいつ…立ち聞きしてたとしか思えないタイミングだよね、さっきから!
「あれれ、邪魔したかな?ジレルダ、これが今日の球追いのメンバー表だから!」
ばさっと紙をキースに投げつけるかのように渡し、リベラートはさも楽しそうに部屋を去って行った。
もういいや。もう一度、どうしてですか、って聞く気になれないや…
仕事に集中しよう。




