12 分からない事
「リリ、昨日のことだが」
カップをソーサーに置いたキースの表情が真剣なものに変わった。
昨日のこと、と言われて体中に力が入った。
どうしてだか、続きを聞くのが恐かった。
甘い夢を見ているようで、未だに信じられなかったから。
「分かってます。ちゃんと…分かってますから」
分かってる。
そう口にしたけど、自分でも何を分かったつもりでいるのか。
正直、分からなかった。
というより、何か言われる前に言っちゃったし。
これぞ知ったかぶり…!
ただの分かったふりだ。
「そうか。嬉しいよ、リリ」
「…私もです」
キースは何が嬉しいんだろう。
いやもう、会話が成り立ってるようで、成り立って無いからね。
さっぱり分からない。
分からないけど、とりあえず「私も同じ気持ち」アピールしておいた。
本当にだめだなぁ、私。
何にも分かって無いのに。
ただ…続きを聞くのが恐くて、逃げただけだ。
未だに自分と向き合えない。
努力して強くなったけど…自信なんてものはどこにも無い。
女性らしくも無い、綺麗でも無い。
「強い」という点以外、何も良いところなんて無い。
キースは私のどこが良いんだろう。
どこも好きだとか、良いとは思っていないのかもしれない。
私を妻に迎えるのは、子孫繁栄の為、なんて言われたら…やっぱりショックだ。
それでも…そんな理由でも、キースといられるなら、それで良いとは思う。
キースのことがやっぱり好きだから。
でも、まだ覚悟が出来ていない。
そんな風に言われて、今は平然を装える自信が無いから。
あと少しだけ、待って欲しい。
「それで、リリ…今後の予定だが」
「あ、はい。今日の球追いの試合ですね…?」
「そうじゃない。俺たちの今後の」
予定、そう言いたかったのかな?
キースの言葉を最後まで聞くことは叶わなかった。
勢いの良い、ドンドンドン!!というノックと同時に来訪者が部屋に入って来たからだ。
ノックと同時に扉を開くの止めてくれないかな!
こんなことするのって、オーヴェぐらいだろう。
邪魔するな!と、扉の方を睨みつけたら…
そこには、思わぬ人物が立っていた。
「…リベラート隊長?」
第五部隊の、成金と名高いリベラート隊長だ。
リベラート隊長は、淡い絹糸のような輝く金色の長髪を、淡い水色のリボンで一つに束ねている成金を絵に描いたような髪型をしている。
また、騎兵隊には似つかわしく無いほど物腰が柔らかな所も成金臭が漂っている。
手に持っている白い薔薇の匂いを嗅ぐようにして、そっと歩み寄ってくるリベラート。
相変わらず気障だ。
何しに来たんだろう。
「やあ、リリちゃん。これは君に。君は白い薔薇が似合うね」
「…はあ、どうも」
そっと渡された白い薔薇を曖昧な表情で受け取る私。
リベラート隊長とは、数年前から面識があるが、挨拶を交わす程度の間柄だ。
何かにつけて気障な成金であるリベラートに、「リリちゃん」なんて呼ばれるような仲では無いのに。
「何の用だ」
私を背に隠すように、キースがリベラート隊長の前に立ちはだかった。
心なしか、その声には棘がある。
キースとリベラート隊長って、同期で騎兵隊に入隊したらしい。
仲が良いのかと思いきや、それほど良くは無いようで。
二人が話をしている姿を見たことはほとんど無い。
「キースにはこれをあげるよ」
リベラート隊長は、分厚い冊子をキースに押し付けた。
ちら、と盗み見ると…それらはどうやら、今日の訓練についての資料らしかった。
渋い顔でそれらを受け取ったキースの体を、リベラート隊長が押しのける。
気がつけば、すぐ眼前にリベラート隊長の微笑があった。
この人って、睫毛が長くて…肌も卵のようにつるつるしてて…
女子力で負けてる気がする。男だけど。
男にも負けるってどうなんだ。
地味に落ち込んでいたら、リベラート隊長の手が私の頬をそっと包み込んできた。
「可愛いリリちゃんは、本当は僕の隊に来る予定だったのに」
え、と思った時には、リベラート隊長にそのまま顔を引き寄せられた。
細腰に見えてリベラート隊長の力は意外に強かった。
気がつけば、頬に温かい感触…リベラート隊長が唇を私の頬に押し付けているということが分かり、寒気がした。
「や、やめて…」
やめて下さい、そう口にしようとした私よりも早く、キースの腕に体を引き寄せられた。




