10 キースの思い
キース視点のお話です。
初めて出会った日。
リリは俺を恐がっているようだった。
差し出された手は微かに震えていて、全く目も合わせてくれない。
「弱い女は嫌いだ」
そんな風に、俺を恐がるような女は嫌だ。
まだ幼かった俺は、優しい言葉はおろか…恐がらないで欲しい、仲良くしよう、という当たり前の言葉も言えなかった。
押し付けるかのように、ただそう言い放つことしか出来なかったのだ。
そんな俺に、それでもリリは一生懸命に話しかけてくれた。
最初は表情も強張っていたリリだったが、笑うと花が咲いたかのように可愛らしかった。
リリは明るくて、前向きに、そして懸命に何事も頑張る。
馬術だって、最初はろくに出来なかったのに、次に会う時には教えたこと以上のことが出来ていた。
チェスもそうだ。
ルールを教えると、次に会う頃には互角に勝負が出来るほどに強くなっていた。
リリは何でも吸収していく。
「出来るようになったの!」と笑顔で報告を受けるのが、楽しみで仕方が無かった。
年に数度しか顔を合わせることは無かったが、リリと会うのをいつも心待ちにしていた。
いつの間にか、リリを好きになっていた。
結婚はリリ以外に考えられなかった。
許婚だから、いずれはリリと結婚するのだろう。
それが当然だと思っていた。
結婚すれば、リリと毎日会うことが出来る。
俺が騎兵隊に入隊した後は、益々会う機会が減っていった。
少し寂しくも思いながらも…あと少しの我慢だ、と思っていた。
数年の後にはリリを妻として迎えるのだから。
リリが騎兵隊に入ると聞き、少し不安を覚えた。
誰かに取られるのではないか、と。
騎兵隊でもリリは懸命に何事にも取り組んでいた。
その姿が微笑ましくもあり、何も口出ししなかった。
リリが頑張る姿を見ると、俺も前向きになれる。
リリが笑うと、何だか気分が明るくなる。
俺は色々なことを我慢していたと思う。
いずれは結婚するのだから、あと少しの辛抱なのだからと自分に言い聞かせて。
それが、ある日…許婚を解消された。
リリは強くなったので、もうジレルダ卿に甘えなくても大丈夫、だとか何だとか。
何も言わずに話を聞いているだけのリリ。
結局は、親同士の負い目からくるお情けの許婚だったのか。
俺は好きだった。
リリは、俺のことなど…どうでも良かったのだろうか?
父親に言われるがまま、許婚になったのだろうか?
違う、リリも俺と同じ思いを抱いてくれている筈だ。
そう信じたかった。
「分かりました」
何も分からないが、そう答えることしか出来なかった。
この場でこの話を続ける気になれなかったし、何よりも今はこの場所から離れたい…だから、淡々とそう告げるしか出来なかったのだ。
でも、諦められるはずなど無い。
騎兵隊で頑張るリリの姿を見る度に、彼女に惹かれていく気持ちは増すばかりだった。
リリの本当の気持ちを聞きたい。
俺と同じ気持ちを抱いていると、そう信じていたから。
なのに…話しかける機会は無かった。
避けられているのだと気付いた時…どうしようもなく胸が苦しかった。
リリの隣には常にオーヴェ・ブラントという男の存在があった。
どれほど嫉妬したことか。
リリが俺を避けるのは、あの男…ブラントが原因なのだろうか。
リリはあの男の方が良いのだろうか。
嫉妬と悲しみと切なさが混ざって、消化しきれない感情が自分の中に渦巻く。
どうして許婚を解消したのか。
どうして避けるのか。
どうしてブラントが良いのか。
どうして、俺じゃないのか。
リリの本当の気持ちを知りたい。
聞きたいことは沢山ある。
何一つ聞けないまま…渦巻く感情と共に、心の底にそれらは溜まっていく。
知りたい、と思っていた気持ちはいつしか、知らなくても構わないと思うようになった。
リリが俺と同じ気持ちかどうかなんて、もう構わない。
自分勝手だと言われても、リリを他の男のものになんてさせない。
リリ、君が頑張る以上に俺も努力しよう。
そしていつか、君を手に入れるよ。
だから、君を副隊長にしたんだ。
リベラートと争ってまで、君を俺の隊の副隊長にしたんだ。
手の内に収めたくて。
「キースは…どうなの…?教えて…欲しい」
そう聞いてきた君に、答えよう。
この胸の内を。
ずっと抱いてきた思いを。




