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とくべつの夏  作者: sanpo
9/30

#8


     8


 クレイはすぐには、エルンスト・オレンジを殺したのが自分ではないと言い張るサミュエルの言葉を信じようとはしなかった。

「今更隠すなよ、水臭いぜ」

 両手を開いて抗議する。

「死体遺棄に協力したんだぞ? なあ、俺だって今となっちゃあレッキとした共犯者なんだから」

 とはいえ、最終的にはクレイもサミュエルの主張を受け入れざるを得なかった。

 白いベッドルームで、寝台に並んで腰を下ろした二人は、本来ならもっとロマンチックに語り合うべき自分たちの未来(こんご)について相談した。

「で?」

 この日、何十回目かのため息をつきながらサミュエル。

「これからどうしよう?」

「どうしようって言われてもなあ……」

 クレイは仰け反って天井を見た。

「埋めちまったからなあ……」

 どんな時も常に人生に必要なのは希望と適度のジョーク、というのがクレイの父、ジェイムズ・バントリーの教訓だったのでクレイは微笑んでサミュエルを振り返った。

「まさか、掘り起こしてリビングに戻そう、なんて言い出すなよ?」

 サミュエルはパッとベッドから跳び降りた。

 ずっと下着姿だった少年はクレイが親切にも運んでくれたバッグを引っ掻き回してネイビーブルーのTシャツを取り出した。それを頭から被りながら言った。

「ねえ、場所(・・)は何処だって?」


 クレイが指摘した〝一番人気(ひとけ)のない〟夜明け前の海辺に二人は立っている。

 そこは波打ち際からはかなり奥まった崖の斜面。

 重なり合った岩の間に大小の割れ目があって、その内の最も大きい割れ目──別の言い方をすれば小さな洞窟──こそクレイがエルンストのために選んだ場所だった。

 場所の選択自体は決して悪くない、とサミュエルは感動すら覚えながら思ったものだ。

 昨日の午後、クレイをせっついて最初にここへ案内させた時には。

『完璧だな!』

 実際、口に出してサミュエルは叫んだ。だって、わざわざここを覗きに来る物好きな人間なんていないだろうから。

 これに対しクレイは首を振って苦笑した。

「子供たちを除いては、な」

 こういう場所は子供たちの領域だ。かく言う自分自身──

「あのな、元々ここは俺の秘密の遊び場だったんだよ」

 それを告白した時のクレイの横顔の何と素敵だったことか……!

 息がかかるほど近くに立っていたサミュエルには、濡れた水着のままこの秘密の洞窟を出たり入ったりしている金髪の男の子の姿が見える気がした。

 その瞬間、サミュエル・ケリーはほとんど安らかと言っていい気分に陥ってしまった。海辺で拾った宝物たち。スベスベした小石や硝子の欠片(カケラ)、萎びたヒトデに貝殻、古い王冠等々と一緒に、その同じ場所に埋めてもらった従兄弟を思って。

 だが、今、日の出前の漆黒の世界にあって安らぎは消し飛んでいた。


「静かにしろ、スパーキィ!」

 鼻から口元へかけてきっちりと覆ったバンダナ越しにクレイは珍しくきつい調子で愛犬を叱った。

「今度吠えたらお仕置きだぞ!」

(スパーキィが吠え続けるのも無理はないや……) 

 すっかりしょげ返って自分の膝の後ろに逃げ込んだ犬を見てサミュエルは内心同情した。

 今、まさに二人はエルンスト・オレンジを掘り起こしたところなのだ。

 掘り返したエルンストを見てサミュエル自身も泣きたい気分だった。

「な?」

 クレイはうんざりする作業の間中、足元に置いていた野外用ランタンを持ち上げてエルンストにもっと光が当たるようにした。

「俺の言った通りだろう? こう砂だらけじゃ、もうおまえんちのリビングルームへは戻せっこないよ。違和感があり過ぎる」

「だからって、じゃ、どうするんだ?」

 食いしばった歯の間から息を吐いてサミュエルは言う。

「これは元々あそこ(・・・)にあったんだぞ。それをよりによって複雑な真似してくれたもんだぜ。よくもこんな──〝ユージュアル・サスペクツ〟を地で行くような……」

 サミュエルはバントリー家のガーデニング用スコップを投げ捨てた。

「そもそも、どうしてこんな早合点したんだ? どうして俺が殺ったなんて思ったのさ?」

 暗い洞窟の中で、変わり果てたエルンストを目の当たりにしてサミュエルは今一度その問題を蒸し返さずにはいられなかった。死体となった従兄弟を最初に見た時以上に気が滅入って仕方がない。

「おまえは俺に理解して欲しいと言うけど、でも、やっぱり、全然わからないよ!」

 どう考えても今回の一連のクレイの行動は突飛過ぎる。常軌を逸している。

 サミュエルはエルンストを指差しながらほとんど泣き声で言った。

「これを見ろ、ほら、右足がないのをどう思った? 俺が嫌がらせのために切り落としたってか? それとも、殺っちまった後で罪を今流行(はやり)の殺人鬼に擦り付けようと小細工したとか思ったわけ?」

「何とでも言えよ」

 洞窟の硬い地面にシャベルを突き立ててクレイも昨日からこっち何度も繰り返してきた弁明をまた繰り返す。

「これを見た時は俺だって冷静ではいられなかった。ああ、認めるさ、俺は動転した。法廷で弁護士連中が『精神膠着!』って叫ぶあの状態だ。そんな中にあって、とにかく俺はおまえを救いたい一心だった。でなきゃ、誰が好き好んでこんなクソ野郎の死体、汗だくで運ぶ?」

 クレイはバンダナを毟り取った。

「全ておまえのためにやったことだ……!」

 それを言われると何も言えなくなってしまう。サミュエルも口を閉ざした。

「?」

 クレイ・バントリーが煙草を吸うのを初めて見た。

 彼は二、三歩後ずさって、テーブルのように突き出た岩に腰掛けるとシャツの胸ポケットから〈クール〉を取り出した。一緒に出したライターで火を点ける。

「煙草、吸うんだ?」

 訊いたサミュエルに、このところやめていたんだけど、とクレイは答えた。

ここ(・・)ではきっと吸いたくなると予想して持って来たんだ」

 クレイが妙な笑い方をしたのがサミュエルにもわかった。

「あのな、ここは俺が初めて煙草を吸った場所でもある。子供のやりそうなことだろ?」

 それから思い出したように、

「エルンストも吸うんだろ?」

「勿論」

「じゃ、遠慮することはないな?」

 クレイの煙草の火は岩の壁の前を飛ぶ蛍のように見えた。

(やっぱりクレイはミステリアスだ……)

 サミュエルは再度確認せずにはいられなかった。

「なあ、クレイ? 本当(・・)に殺したのはおまえじゃないんだよな?」

 クレイはすぐには答えなかった。

 二、三度煙を吐き出した後で返って来た言葉は風変わりで、少年を戸惑わせた。

「俺が殺したとして……どっち(・・・)だと思う?」

「え?」

「いや、おまえには俺はどっちに近く映ってるのかな、と思ってさ。恋人のためなら我が身も顧みず何だってやる理想の騎士か? それとも、俺こそが真犯人。例の狂気の連続殺人鬼?」

 クレイは本気で知りたがっているように見えたのでサミュエルも本気で答えた。

「後者さ」

 愛のためにそうそう人なんか殺せっこない、と言うのがサミュエルの持論だった。

 そんな夢物語より病的な殺人鬼の方が遥かにリアリティがある。それに、クレイが連続殺人鬼(シリアルキラー)だとすれば容易に説明のつくことがひとつあった。

 煙草を咥えたままクレイが首を傾げる。

「何のことだ?」

「うん。浜辺で俺に声かけたのも〈恋〉とか〈愛〉とかじゃなくて、〈獲物〉って方が素直に納得できるからさ」

 自分でなくても良かったんだ。サミュエルはずっと考えていた。あの日、あの浜辺にいた暇そうなガキなら誰でも良かった……

 サミュエルもバンダナを外した。狭い洞窟の中は既にクレイの吸う煙草の匂いに満ちていた。その他は潮の香り。で、もう一つの匂いはこの際無視しよう。

 サミュエルはクレイの傍へ行くと手を突き出した。クレイはすぐに一本抜いて火を点けてやった。

 体をずらして岩のベンチに少年の分のスペースを空ける。

「おまえって、結構疑い深いんだな、サミー?」

 ランタンが置かれているせいで光を独占しているエルンストの方を見ながらサミュエルはきっぱりと言った。

「軽く引っ掛けて適当に遊んで、飽きたらポイッて図式には我慢ができない。俺、ゴミみたいに捨てられるのは真っ平だぜ」

 何処からやって来るのやら。ランタンの周りは蛾や羽虫が何匹も集まっている。

 サミュエルはそんな虫たちの無関心ぶりを羨ましいと思い、一方、クレイは彼らが弔問客のようだな、と思った。

「ママの言う通りさ。おまえみたいな手合いは危ないんだ」

 クレイが反論しないのでサミュエルは続けた。

「海辺で軽く声かけて、その日の内にデキちまうなんて、ホント、俺たち最低だよ」

 洞窟の中より外はもっと真っ暗だった。

 遠く風が鳴っているのが聞こえるが潮の流れが変わるにはまだ早いはず。

 スパーキィは眠ってしまったのか、すっかりなりを潜めていた。ランタンの光の届くギリギリの処に蹲って前足に顎を乗せてじっとしている。

「じゃ、どんな出会い方したかったんだ? どっかの王族の舞踏会なら満足だったのか? 会員制のテニスコート? プレッピースクールの図書室? 大学の友愛会の(フラッグ)の前? 選べよ、言ってみろ!」

 クレイは煙草を壁に投げ捨てると岩の台から飛び降りた。

「そこに寝っ転がってるといい。そこが何処だって俺が行ってスパーキィのリードを外して襲わせるさ。『悪い、俺の犬なんだ』……!」

「……クレイ」

「顔から火が出るくらい陳腐な手さ。でも、俺はあの時、真剣だった。だから、何度でも再現してやる。それを──〝軽く声かけて〟なんて、よくも言ってくれるぜ、クソッ……」

 サミュエルも煙草を捨てた。

 光り輝いている従兄弟の方ではなく濃い闇の方へゆっくりと進んでクレイを捕まえた。

 背を向けた立っていた、その肘の辺りをギュッと掴んで謝る。

「ごめん」

「別に、いいさ」

「俺のママも浜辺で引っ掛かったクチなんだ」

 クレイは何も言わなかった。

「ママはいつも言ってた。砂浜を突っ切って来るパパはその時、王子様に見えたって。クッダラナイだろ? 〝リトル・マーメイド〟じゃあるまいし。なあ?」

 クレイは答えようがなかった。

 今やサミュエルは全体重を委ねて寄り掛かっている。クレイの肩と背中に右頬と脇腹をピッタリとくっつけて少年は嘆くのだ。

「俺、どうしたらいいかわかんないよ、もう……」

 少年の肩に腕を回してからクレイも白状した。

「俺もさ」

「怖いよ」

 サミュエルはブルッと身震いした。

「俺たちド壺に嵌っちゃってる! 今現在、こんなとこ誰かに見られでもしたら──二人とも確実に犯人扱いだぜ?」

「動くなっ!」

 鋭い光が二人を刺し貫いたのは、まさにその瞬間だった。



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