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とくべつの夏  作者: sanpo
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#7

     7


 長い時間、次に続くあまりに長い時間、全てがそのままだったので、自分はとっくに殺されて、もうこの世には存在しないのだとサミュエルは錯覚しかけたほどだった。

 クレイの右手はサミュエルの(うなじ)に置かれたままで、僅かに傾げた頭の天辺から金の漣のように前髪がサミュエルの額に零れ落ちる。それがちょっとくすぐったく、物凄く心地良い。永遠の半歩手前で少年はこらえきれずにため息を漏らした。

「ふぅ……」

 同時にクレイも声を上げた。

ちょっと待て(・・・・・・)!」

 本来ならそれはこっち、殺される側の台詞だと思い当たってサミュエルは我に返った。

 目を開けるとクレイが愕然とした顔をしている。

「おい、今、何と言った? 俺が何だって? おまえが何だって?」

 取り敢えずサミュエルは説明した。

「だからさ、俺はおまえの六番目(・・・)の犠牲者だと言ったんだよ。おまえは全米を震撼させている狂気の連続殺人鬼、片足切断魔、〈右足収集家〉。犠牲者の五番目はエルンストだった……だろ?」

「俺が? 殺したって? あのクソガキを?」

 サミュエルの首から腕を外すとクレイは叫んだ。

「そりゃ、殺っちまいたい奴だったことは認める。だけど、俺はそんなことはしていない」

「だって、さっき言ったじゃないか。エルンストを埋めたって」

「ああ、埋めたさ、埋めたとも!」

 クレイは拳を白い壁に叩きつけた。

「おまえの力になりたかったんだ。こうも言ったろ? おまえのためならなんだってやる……やっちまったって……!」

 暫く棒立ちになったままクレイは荒い息を吐いていた。

 再び口を開いた時、クレイの声は幾分落ち着きを取り戻していた。

「俺はおまえを責めるつもりはない。おまえ(・・・)があいつを殺したっておまえにはそれをする理由があった。だって、野郎はおまえにひどいことをしたんだから」

 エルンスト・オレンジは自らの借金のカタに従兄弟をレイプさせるような男だった。

「ちょっ、待てよ、クレイ?」

「まあ、聞けって。昨日、俺がスパーキィに揺り起こされて目を醒ますとおまえの姿はなかった。俺は心配になってすぐ家を飛び出したさ。他に心当たりもなかったんでプレローズ屋敷へ直行した。ちょうど屋敷の前の道に差し掛かった処で、おまえが玄関から一目散に浜へ走って行くのが見えた。その様子が尋常じゃなかったんで、取り敢えず俺は屋敷の中に入って──そして、アレを見つけたんだ」

 人騒がせなエルンスト・オレンジの死体。

 そして、その横に落ちているサミュエルのスポーツバッグ。

「俺はすぐ合点がいった。おまえが殺っちまったって……」

 その瞬間の情景は手に取るようにリアルに描写できる、とクレイは胸を張った。

 荷物を取りに戻った少年と出くわす悪辣な従兄弟。少年の胸に蘇る陵辱への怒り。

「だから、俺は思った」

 そう言った後でクレイは黙り込んでしまった。

 本人が意識しているかどうか定かではないが、両手で髪を掻き上げるのは困った時に見せる彼の癖の一つだ。サミュエルはそれをするクレイを見るのが大好きだった。

 今回も存分にそれをやってから、クレイは再び腕を組んで壁に凭れかかった。

「俺は思った。死体をどうにかすべきだと。勿論、バッグも」

「それで?」

「取り敢えず俺は野郎の死体を抱えて車庫へ隠した。ざっとだけど一応、血の痕も拭き取った」

「何故、車庫なんだ?」

「うん。前に一度覗いたことがあって、きちんと鍵もかけられるしいったん置いとくにはいいと思った。とにかく、あんなもの、リビングにあるよりは数段マシだろ?」

 念のため断っとくが、とクレイは付け足す。

「車庫の鍵は開いてたぞ。おまえの親父さんの愛車の横に野郎の悪趣味な車がきちんと並べてあった」

 車庫の鍵を壊したのは自分ではないとクレイは事前に断っときたいんだな? サミュエルは了解した。

 鍵を壊したのは、勿論、エルンストだろう。あいつならやるさ。なにせ、車を命と同じくらい大切にしてたから。東海岸の冷たい雨に濡らしたくなかったんだろうな。

 だが、今二人が話すべき主題はエルンストの改造車(ローライダー)ではない。クレイも同感だったらしくすぐ話を本筋へ戻した。

「血を拭き取った後、おまえのバッグを抱えて外へ出ると引き返して来るおまえの姿がポーチから見えた。それで俺は、エニシダの根元をグルッと迂回して、ビーチローズの茂みを掻い潜り、マーガレットの群生を突っ切った後、藤棚の下を潜って……コテージに帰り着いたのさ」

 道順についてはよぉくわかった。

 だが、再びどうしたって話題はそこに行き着くのだが──

 サミュエルは恐る恐る尋ねた。

「埋めたって言ったよね?」

「埋めたよ」

 クレイはあっさりと認めた。

「今朝。大丈夫、誰にも見られちゃいない」

 ジョギング帰りだと称した、汗グッショリのクレイの姿がサミュエルに蘇った。この時間、浜は一番()いている、なんて言ってくれちゃって……

 ベッドの縁に腰掛けて肘を折り曲げ、頭を抱えたまま、かなりの時間サミュエルはそうしていた。

「……何てことしちまったんだ、クレイ?」

 少年は呻いた。

「おまえって、早トチリ過ぎる。信じらんないよ!」

 そういえば、エルンストを俺の恋人と勘違いしてひと騒動起こしたこともあったっけ。こんなクールな容貌してて? これはないぜ? 

 サミュエルは顔を上げるときっぱりと真実を告げた。

俺じゃないんだ(・・・・・・・)、クレイ。俺も(・・)殺ってない(・・・・・)……!」



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