#27
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「ちょっと、こっちも点けた方がいいんじゃない? 使えるんでしょ、このランタン?」
傍らで葵里子が命じるとクレイは無言で指示に従った。
突っ立ったままサミュエルは力強く奔放な筆致で続く、いつ書かれたのかも定かではない父からの〝手紙〟を読み始めた。
《 この場にいるおまえは何歳かな?
十三歳? 十五歳? 十七歳?
いずれにしろ私と共に過ごした今年の夏が
おまえにとって楽しかったことを願っている。
そして、これが、私が用意した、この夏、最後の贈り物だ。
今、おまえは私に導かれてここへやって来た。
現実の私は洞窟の外にいて、
さぞビクビクしながらおまえを待っているんだろうな。
そう思うと不思議な気がするよ。
だが、ここにいるおまえはもう充分に私の話を理解できるはずだ。
これから私は、おまえに、私の秘密を明そうと思う。
それこそ、私の犯した罪の話だ。
私は若かった時、(1975年・二十二歳だった)
法に触れる犯罪に手を染めてしまった。
詳しいことは全てこの航海日誌に記してあるから今は概略だけを記す。
1975年7月、エーゲ海はキクラデス諸島へのクルージングの際、
私は投錨したミロス島で同朋の留学生と知り合った。
そして、この男が海中から発見した古代の美術品を
こっそり母国へ持ち出す計画に安易に乗ってしまった。
この男──当時彼は自身を〈墓掘り人〉と称していたので私もそう呼ぶ──
が見せてくれた遺物がたいそう美しかったので、
異国の美術館の奥深く封印されるより、
この先ずっと息もかかるほど身近に置いて、
いつも見たい時見られる、そんな風なら素敵だと思ってしまった。
そして、それ以上に、
こうした〈特別の秘密〉を持つことが物凄くスリリングで、
自分の人生を一際輝かせてくれると思ったんだ。
実際の処、この手の密輸が巧く行くかどうか、自分でも半信半疑で、
学生のおふざけ気分のまま実行に移してしまった感もある。
だが、幸か不幸か、
やりだしたらいとも簡単に大海原を突っ切って帰って来ることができた。
航海は順調で、大きな時化にさえ会わなかった。(スコールを少しばかり……)
むしろ、大きな嵐は私の心の内で起こった。
幾億もの波に打たれて海を渡る間に、
私はこの計画を持ちかけた留学生と、
向こうで取り交わした密約を破棄することを決めた。
〈墓掘り人〉が望んでいた場所に〝積荷〟を下ろすのをやめて
そのまま姿を眩ませたのだ。
当時の私は外国へ行くと、
自分が放浪者であり自由人なのだというヨットマン特有の幻想に酔って
実名を名乗らない習慣を身につけていた。
今度の場合はそれが幸いした。
私は〈墓掘り人〉にも私の本名と素性、出身地を一切明かしてはいなかった。
こうして、私はまんまと故郷の島へ着岸した。
私はそのまま警察に出頭するべきだった。
サミー、おまえはそう思うだろう?
それとも、私はそうするつもりだったと思ってくれるかな?
残念ながら、そういう考えは当時の私には微塵もなかった!
(私は正直におまえに話したいんだ。)
私が相棒を裏切ったのは、単純に、
これら至宝を私だけのものにしたかったからだ。
それから、もう一つ。
〈古代遺産略奪者〉という偉業を私個人の武勇伝にしたかった!
命じられるままに〈墓掘り人〉に手渡したのでは私はただの〈運び屋〉、
いや、もっと程度の低い〈使い走り〉に過ぎないじゃないか!
愚かにも私は物語の主人公になりたかったのさ。
略奪品の隠し場所なら既に〈オーファン号〉の甲板にいる時から決めていた。
幼い頃の遊び場。私の秘密基地、鯨岩。
白状すると、ここ鯨岩には私だけ(多分ね)が知る秘密があって、
宝物を隠すには持って来いの場所だと昔から思っていたんだ。
どういうことかと言うと──
この鯨岩は夕焼けの時、
我が家の見張り台から眺めると影と一つになった尾鰭の形が、
地図で見る島の西の入り江とそっくりなんだ!
謎めいていて不思議な符合だろう?
この影の中と、形が一緒だから入江の中にも、
騙し絵のようにそれぞれ二匹ずつ、合計4匹の鯨が隠れている……
自分だけが知る〝島の4匹の幻の鯨〟と呼んで有頂天になっていたものさ。
以来、ずっと私はここに隠す私だけの宝物を探していたのかも知れない。
そして、とっくに海賊ごっこを卒業した頃になって、
ここを利用する機会を得たわけだ。
結局、私は探検遊びの果てにこの洞窟を見つけた七歳の時から
ほとんど成長してなかったんだから、笑えるよな?
自分の軽率な行為を本気で後悔し始めたのは、
アマンダ・ケリー──おまえのお母さんに出会ってからだ。
幸運にも彼女と巡り合い、結婚し、おまえが生まれた時、
私は初めて自分の罪を恥じた。
あのな、どんな人間でも、親になって、柔らかい赤ん坊を腕に抱いた瞬間に、
我が子が人生を正しく、幸せに生きて欲しいと心から願うものなんだよ。
私も、祈り、願ったさ!
そして同時に、
おまえを愛し、見守り、導くべき父親としての自分について深く考え始めた。
私はおまえに恥ずかしかった。
このままでは一生おまえの目を見て「正しいことをするんだぞ」とか
「嘘をついちゃいけない」などと言えないんだものな?
私自身が馬鹿げた行いをしてしまっているから。
私は父親失格だ。
アマンダに対してもそうだ。 私は夫として彼女に値しない。
情けない話だが、
私は遂に自分の犯した罪をアマンダに告白することができなかった。
勇気がなかった。軽蔑されるのが怖かった。今だって怖い。
彼女がどれだけ私を愛し信頼してくれているか知っているからこそ、
本当の自分
──愚かで子供っぽくて嘘つきで、過去の罪の告白さえできない意気地なしの男──
とわかって愛想を尽かされたくなかった。
そういうわけで、
おまえの誕生後、
私は精神的に不安定になってずいぶんアマンダを苦しめてしまった。
今思い返してもあの頃の私は最悪な状態だった。
自分の取るべき道をあれこれ考えて夜眠れず、
ベッドを抜け出しては、
幾晩もこの洞窟で自分の盗み取ったこれら像たちを眺めて過ごしたり、
かと思うと、
彫像を取り戻すべく〈墓掘り人〉が追いかけてきた夢を見た翌日、
取り憑かれたようにそれを運搬したヨットを例の入り江へ沈めたりした。
こんな常軌を逸した行為も、
その時点では自分の犯罪の証拠を隠蔽し、同時に、
財宝の隠し場所をカムフラージュするのに有効だと本気で考えていたんだ。
だが、私のやった最も浅はかな行為は、
(勿論、古代遺物略奪を除いてはという意味だが。)
幼いおまえの肌を傷つけたことだ。
アマンダがおまえを連れて出て行くのも時間の問題だと悟った時、
私はおまえの右足の裏に刺青を彫らせた。
痛い思いをさせて本当に悪かった。どうか許して欲しい。
虐待と言われても言い逃れる術もない。その通りなのだから。
あの日、私はそうすることが唯一残された道だと錯覚したのだ。
私の秘密をおまえの体に残すことで、
今後離れ離れになっても繋がっていられる、そんな気がした。
目に見える親子の絆が欲しかった──
皆、誤った、身勝手な発想だよ。
だが、今となっては、刺青は全く別の意味を持っている。
それは私の〈誓い〉となった。
おまえの傷は一生消えない。
だからこそ臆病な私も目を背けることはできないのだ。
逃げることは許されない。
いつかおまえが私の言葉を理解できる歳になったら、
絶対にその刺青を指し示しながら全てを告白しようと私は思い続けている。
ああ、そうさ! その後で私はちゃんと警察へ出等するつもりだ。
だが、私はまず一番におまえに私の罪を告げたかった。
さあ、その日こそ、今日なんだ!
サミー、今、私は洞窟の外で、
全てを知ってそこを出て来たおまえが、
それでもまだ、「愛してる」と言って、抱きしめてくれるのを、
震えながら待っているよ。 》




