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とくべつの夏  作者: sanpo


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24/30

#23


     23


 サミュエル・ケリーはマサチューセッツ州警察に全てを話したわけではなかった。

 話したくなかったこともあるし、話したくても話せなかったこともある。

 そして、ほとんどはその時点ではまだ、彼自身、知りようがなかったのだ。


 エルンスト・オレンジの死体の件では、サミュエルも、そして、ヘリで本土の病院へ緊急輸送され一命を取り留めたクレイ・バントリーもこってり(しぼ)られた。が、幸い二人とも優秀な顧問弁護士を持つ身だったので最悪の事態は免れた。

 クレイが撃たれた事実もまた二人に断然有利に働いた。

 恋人を庇った命懸けの行為は、サミュエル自身が今もうっとりと思い返さずにはいられないロマンチックなシーンと言う以上に、法的な意味合いにおいて多大な効力を発揮したのだ。

 そういうわけで──

 当初考えていたよりもずっと早く、二人は法執行機関から解放された。


 巷の人々は、アンブローズ・リンクィスト(シアトル大学教授・考古学/古代海洋民族史)が実はおぞましい〈現代版ジキル&ハイド氏〉であり、五件の連続殺人事件の真犯人で、彼の最後の凶行となった大西洋上の漁船で、活きの良すぎる六番目の標的(ターゲット)に逆に射殺されてしまった、という州警察とFBIの合同公式会見に大いに満足した。


 その他、新聞各紙、及び週刊誌等報道記事からの抜粋──


 【 アンブローズ・リンクィストは一九三八年八月二〇日生まれの獅子座である。出身はNY・ブルックリン。地元高校を優秀な成績で卒業後、コロンビア大学に入学。ギリシャ語と考古学と西洋史と美学を学んだ。七〇年代にギリシャのアテネ大学に遊学経験がある……】


 【 結婚歴なし。ギリシャから帰国後、教授職に就いた大学近郊の街を転住。

 この事実は、今回の連続殺人の犯行現場が全て彼が教鞭を執った経験のある大学所在地近郊であることと明白な一致を見せている。ケニー・ウォールはLAでUCLA、パウル・ドウマスはカンザス州でカンザス大学、イリノイ州のトニー・サンチャゴがシカゴ大学、フィラデルフィアのジョニー・スチーブンスはペンシルベニア大学……

 なお、最後の犠牲者エルンスト・オレンジのマサチューセッツ州の島にはリンクィスト所有の別荘がある。】


  【 リンクィストが射殺された銃(スミス&ウェッソン357・マグナム・リボルバー)はリンクィスト自身が護身用に申請登録し許可を受けていたものだった。今回の連続殺人事件で銃──これであろうと、これ以外であろうと──が使用された例はなく、この点から見ても彼の犯行が既に末期的破綻状態に陥っていたのではないかとFBI心理分析官は指摘している……】


  【 〈右足収集家〉なる呼称の所以となった五件の犠牲者たちの右足切断に共通して使用された凶器は教授愛用の魚解体用専門ナイフ、通称ワイルド・バスである。(通販可)】


  【……五人の右足の行方について関係者は一様に口を閉ざしている。「教授自身が別荘へ持ち帰った後細かく切断して海にばら蒔いたらしい」。これは後日、記者の熱心な質問に名を伏せることを条件に語ってくれた関係者の明かした事実である。「教授は釣りが趣味で専用の小型ボートまで持っていたんだ。毎晩夜釣りに出てたそうだから、その際、海に捨てたんだろう」もしや、撒き餌に使ったのでは? という記者の質問に関係者は肩を竦めて答えた。「何とも言えないよ。何しろ当人が死んでしまってるからな」】


 こうして、事件の全容が詳らかになるのと反比例して、事件そのものは急速に忘れ去られて行った。



「俺のせいで大変な夏にしちゃったな?」

 サミュエルが伸び過ぎた黒髪を引っ張りながら呟いた。

 夏が知らん顔して過ぎ去ろうとしている九月最初の週。

「そりゃ、こっちの台詞さ!」

 真っ白いスキッパーシャツの下から包帯を覗かせてクレイが微笑んだ。するとまだ微かに痛みが走る。

 とはいえ、先週、八月最後の週末にクレイ・バントリーは本土の総合病院から退院して来た。

 彼が受けた傷と流した血の量を思えば、これは驚異的な回復力だ。きっと、高校時代にレスリングで鍛えた強靭な肉体と、可愛い恋人の存在のおかげだろう。おっと、それから、愛犬と。

 尤も、その愛犬の方は結局一度も病室には入れなかった。

 ご主人が入院中、スパーキィは〈グリル・ホープ&ウィンドゥ〉のオーナー、ジョバンニ・ラルデッリ氏と彼の愛犬タイクーンと一緒に過ごしたのだ。(そこでの生活が快適であったかどうか、彼は頑として語ろうとしないが。)

 今、晴れて二人と一匹はプレローズ屋敷の〈見張り台〉にいた。

 夏の初め、そのままに懐かしい潮風の挨拶を体中で受け止める。

「残りの夏中を病院で過ごすのに付き合わせちまったもんなァ……」

「よせよ。最高の夏だったさ! そこが例え、輸液の下だろうが、警察の取調室だろうが、法廷のベンチだろうが、全然関係ない」

 いよいよ明日、サミュエルは故郷のカリフォルニアへ帰るのだ。

 新学期が始まる。

 クレイの方はサミュエルを見送った後、もう暫く島に残って養生しながら、父とその新しい妻を迎える予定。

 事件直後、クレイは弁護士を通じて、クルージング旅行中だった両親に、慌てて予定を変更して島へ戻らないよう強く希望した。ジェイムズ・バントリーのヨット〈エフィーバスⅢ号〉はちょうどラァーグ岬を廻ってオールダニー水路にあった。命は一応取り留めたし、自分はもう大人だし、それから──何と言ってもこっちの理由がより重要だった──恋人と二人っきりでいたいから。

 両親は快諾してくれた。

 一方、サミュエルの母親だが──

 未成年であるサミュエル・ケリーの母は当然ながら事件後、取るものも取らず血相を変えて駆けつけて来た。

 集中治療室のベッドの上でクレイはアマンダ・ケリーと初対面を果たした。

 息子と同じ黒い髪と青い瞳を持つ小柄で魅力的な婦人はクレイと目を合わせた途端、ニッコリと微笑んだ。このすこぶる良好な母の反応は食い込むようにしてずっと両肩に置かれていた細い指から直接サミュエル自身に伝わった。

(ママは俺の恋人(パートナー)に満足したんだ!)

 こんなことは、もちろん初めてだった。サミュエルは驚いたが、もっと驚いたのは、『お店を放っとけないから』という理由でアマンダ・ケリーが三日後には息子を一人残してさっさとカリフォルニアへ帰ってしまったこと。

「『後のことは全て我が家の顧問弁護士、フィリップ・ケストナーさんに任せてあるし』だとさ! それにしても──」

 ポケットに両手を捩じ込んでサミュエルはため息混じりに漏らしたものだ。

「ママが一人息子よりベンチュラ・ブールバード沿いのあのイカレたアンティークショップの方を大切に思ってるとは知らなかったな!」

 自分を溺愛していた心配性の母の豹変ぶりが少年にとっては嬉しくもあり、意外でもあった。

 実はアマンダは西へ戻る前日、息子がいない時を見計らってこっそりクレイの病室を訪れたのだが。

 その時の経緯(いきさつ)をクレイは未だサミュエルには内緒にしていた。


           +

 

 アマンダ・ケリーが別れの挨拶にやって来た時、サミュエルはクレイと些細な口喧嘩をして病院地下のカフェテリアへ一人で降りて行った後だった。

 クレイはまだベッドで起き上がれない状態だった。そのせいで、覗き込んだ元プレローズ夫人の顔と天井の両方を少々居心地の悪い思いで眺めていなければならなかった。

 天井は病室につきものの馬鹿げたぺパミントグリーンで、その上夕焼けのせいで物凄いフラミンゴ色に見えた。

「クレイ? あの子のことお願いね」

 アマンダ・ケリーは懇願した。

「あの子を見てると昔の自分を見てるような気がするわ。恋をしていて、幸せだった頃の……」

 彼女のショートカットの髪は息子よりずっと短くて銀のピアスがフェイジョイの葉っぱのように煌めいている。

「そうね」

 アマンダは言い直した。

「私はずっと、今もロブに恋してるけど……全然幸せじゃない」

 いよいよ泣き出しそうに見えた。



 まだ終わりではありません。

 一番重大な謎が残されています!

 今、暫く、お付き合いのほどを…

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