#13
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さて、翌日から写真家衣通葵里子の提案で実施された連続殺人鬼〈右足収集家〉捕獲作戦の内容とは──
プレローズ屋敷に張り付いて怪しい人物がやって来ないか見張り続けること、これだった。作戦としては至ってシンプルこの上ない、と言うか、所詮素人集団の3人にはそれ以外思い浮かばなかったのだ。
屋敷からやや離れた側道に停めた車から交代で見張ることにした。車は葵里子のを使う。このコンバーチブルの幌を出すのにどれほど苦労したことか。それで、西では写真家は一度だって屋根なんか使った試しはないのだろうとクレイは推察した。
見張りのロ-テーションを決めたのも勿論、葵里子である。各人二時間交代。恋人たちは二人一緒で四時間を希望したがこれは老練な判事よろしく、即、葵里子に却下された。二人一緒に車内にいたら屋敷の方など見てられっこないことぐらい老練な判事ならずとも明明白白だったから。
そういうわけで、作戦実施の第一日目は何の収穫もなく暮れた。
勿論、見張りは夜も続行される。
その日の夜はあまりにも美しい夜で、クレイは葵里子の当番の時間を利用してサミュエルを散歩に誘った。というのも、昨夜の刺青の件で少年はまだ腹を立てているみたいだったから。夜の海辺は恋人たちが仲直りをするには絶好のスチェーションのはずなのだ。
クレイの狙い通りサミュエルもまんざらでもない様子で黙ってついて来た。
空の月はおとぎ話のお姫様の爪のように細い細い三日月。そのせいか星たちが燦ざめいて騒がしい。
クレイもサミュエルも久々に、今抱えている頭の痛い諸問題を忘れて、ロマンチックな気分に浸った。
「なあ、サミー?」
「何さ、クレイ?」
まさにその時だった。
スパーキィが──無論、散歩と聞いて彼がついて来ないはずはなかった──物凄い声で吠え出した。リードもろとも暗い浜辺の一点へ向かって全速力で突進して行く。
「あ! よせ! ストップ! スパーキィ……」
「うあああ!」
闇を切り裂いて叫び声が上がった。
クレイは念のため携帯していたフラッシュライトを点けた。ロマンチックら闇は消滅するがこの場合仕方がない。
「どっちだ、スパーキィ? 何をやった?」
叫び声のした方へライトを向ける。明かりに浮かび上がったのはジェフ・ペッカーだった。
「!」
クレイの愛犬は夜の浜辺でペッカーが抱えているゴミ袋に食いついていた。
「こら! やめろ、スパーキィ!」
クレイは駆け寄ると謝罪した。
「すみません、ペッカーさん。こいつ、何をこんなに興奮してるのやら。こんなこと初めてなんです。さあ、放すんだ、スパーキィ!」
スパーキィから取り上げたゴミ袋から血が滴っている。
「海鳥の死骸だよ」
悲しそうにペッカーは言うのだ。
「渚に落ちていたのを回収したんだ。ははあ? この血の臭いに君のワンちゃんは反応したんだな?」
クレイが返したゴミ袋の口をしっかりと結び直しながらジェフ・ペッカーは笑った。
「尤も──臭うのは海鳥の死骸だけじゃない。昔はこんなことはなかったのに。見たまえ」
クレイはペッカーが指し示した辺りへライトを向けた。
砂浜にいくつか穴が空いていた。
「生ゴミを平気で浜へ捨てていく人がいる。捨てるだけならまだしも……埋めて隠す悪辣な輩もいるんだ! 信じられるかい? 本当に海を愛する人間ならこんな真似は絶対できないはずなのに……」
バミューダパンツの砂を払ってペッカーは言った。
「そうだ、君の愛犬君がこんなに鼻が利くなら──今度貸してもらえるとありがたいな。埋めて隠してあるゴミを見つけるのに協力してもらいたいんだが?」
「そういうことなら喜んで!」
即座にクレイは同意した。
「僕もこの島の海を愛する者の一人ですから」
海鳥の血が滴るゴミ袋を下げてジェフ・ペッカーは夜の浜辺の闇の中に消えて行った。
クレイとサミュエルは暫く無言だった。
「なあ? 俺、今、改めて気づいたんだけど、あのジェフ・ペッカーっていう人──」
さっきからの一部始終をやや離れて静観していたサミュエルがクレイを振り仰いで言った。
「ホント、いい人だよなあ!」
少年は唇を噛んで俯いた。
「こんな夜遅くまでああして海辺を清掃して廻ってる。それに比べて俺たちときたら物凄い生ゴミを埋めて隠してるんだから……」
「それを言うなよ」
クレイはサミュエルを優しく抱き寄せると慰めた。少年の髪にキスすると夜の匂いがした。
「もう暫くの辛抱さ。おまえの従兄弟を殺した……従兄弟だけじゃない写真家のモデルを始め五人もの若者を殺した真犯人はきっと直に俺たちの前に姿を現すはずだ」
自分自身に言い聞かせるようにクレイは言った。
「いや、ひょっとしたら、そいつはもう俺たちの前に現れているのかも。俺たちが気づかないだけでさ? だから──あとは捕まえればお終いさ!」