婚約破棄されることは知っていましたので、証拠を全部揃えておきました! ?〜前世でやりこんだ乙女ゲームの結末を知る転生令嬢は、今更報復されても動じません!スパダリと幸せな家庭を気づくとしましょうか!〜
王太子の座を追われてから一月、レオポルドの動向について、不穏な報告が相次いで届くようになった。
「エヴァンジェリン嬢、少々よろしいでしょうか」
屋敷を訪ねてきたヴィンセント様の表情は、珍しく硬いものだった。
「あら、随分と深刻な顔をしていらっしゃいますこと。レオポルド殿下の件かしら?」
「ご明察の通りです。旧知の側近たちを密かに集め、加えて隣国への使者を送っている形跡があります」
「ふふふ、随分と多方面に手を出していらっしゃいますのね。往生際が悪いにもほどがありますわ」
「笑い事ではございませんよ。相手は追い詰められた人間です。何をしでかすか、予測がつきません」
「あら、心配してくださっているのかしら?」
「当然です。あなたに万が一のことがあれば、私は――」
言いかけて口を噤んだヴィンセント様に、わたくしは思わず片眉を上げた。
「ふふ、続きが気になりますことね?」
「――失礼、今は本題に集中いたしましょう」
わたくしは思わず苦笑した。前世のゲーム知識でも、これほど徹底した逆恨みルートは想定していなかった。
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「隣国の動きは恐らく亡命先の確保でしょう。側近たちとは恐らく実力行使のための準備かと」
「実力行使、ですって? まさか、わたくしを直接どうにかするおつもりかしら」
「.......その可能性が高いかと」
淡々と告げるヴィンセント様に、わたくしは小さく肩をすくめた。
「あら、随分と物騒な話ですこと。ですが、想定の範囲内ですわ」
「――随分と落ち着いていらっしゃいますね」
「当然ですわ。あの程度の人物が考えることなど、大抵は先読みできますもの。それより、対策は既に立てておりますの」
「対策、とは......?」
「あら、聞きたいかしら? それとも、驚かせて差し上げた方がよろしいかしらね?」
からかうように問いかけると、ヴィンセント様は苦笑しながら首を振った。
「――あなたには、当分敵いそうにありませんね」
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実のところ、数日前から屋敷の周囲には、目立たぬよう複数の警戒網が敷かれていた。
ヴィンセント様の情報網が掴んだのは、レオポルドがわたくしを狙っているという事実だけではない。襲撃の時期や人数、侵入経路に至るまで、かなり具体的な情報が集められていたのである。
もちろん、わたくしがそれを知らないはずもない。だからこそ、今日この庭園に一人で立っていること自体が、偶然などではなかった。
――わたくしは、彼らが必ずここへ来ると分かっていて、あえて待っていたのだ。
逃げ道を与えれば、彼らはまた別の場所で牙を剥くだろう。ならば一度に全員を捕らえ、二度と愚かな真似ができないよう、証拠ごとまとめて片付けてしまえばいい。
数日後、屋敷の庭園でわたくしがそう考え、一人佇んでいた矢先だった。
「――随分と、無防備だな」
物陰から現れたのは、覆面をした複数の男たちだった。その中心に立つのは、あろうことかレオポルド本人である。
「あら殿下、随分と直接的な手段に出られましたのね。まさか、ご自身の足でいらっしゃるとは......少々意外でしたわ」
「お前のせいで、私は全てを失ったんだ......! この恨み.......晴らさせてもらう!」
「ふふふ、随分と単純な理屈ですこと。ご自分の軽率さが招いた結果を、わたくしのせいになさるのは、いささか筋違いではございませんこと?」
「っ.....! .......黙れ!!! お前を痛めつければ、少しは気が晴れるに違いない!」
激昂したレオポルドの合図で、男たちが一斉に距離を詰めてきた。だが、わたくしは動じることなく、静かに片手を挙げた。
「――随分と間の悪いことですこと。この庭園、既に衛兵に包囲されておりますのよ?」
「な……!?」
わたくしの言葉と同時に、茂みの陰から次々と衛兵が現れた。統率の取れた動きで、覆面の男たちを瞬く間に取り押さえていく。
「ヴィンセント様の情報網のおかげで、この程度の襲撃は、事前に手を打っておりましたの。むしろ、わざと隙を見せて、皆様揃ってお出ましいただけるよう、誘い込ませていただきましたわ」
「くっ……罠だったのか……!」
歯噛みするレオポルドを、衛兵たちが確保する。往生際悪く暴れる姿は、もはや王太子だった頃の威厳など、欠片も残っていなかった。
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「殿下、隣国への使者の件も、既に把握しておりますわ。反逆の意図を持って他国と通じた罪、これは看過できませんことよ」
「な、なぜそこまで……!?」
「ヴィンセント様が、随分と優秀な情報網をお持ちですもの」
隣で控えていたヴィンセント様が、静かに一礼した。
「殿下の側近たちの動きも、全て記録が揃っております。実力行使の計画書、隣国への密書の写し、いずれも証拠として提出可能です」
「そ、それは……」
完全に言葉を失うレオポルドに、わたくしは静かに告げた。
「殿下、今回の件、単なる逆恨みでは済みませんわ。反逆罪、そして誘拐未遂の重罪......これは、先の断罪より、はるかに重い裁きになりますことよ」
「そ、それは、まさか……!?」
「ええ。国外追放程度では済みませんわ。反逆の意図を持って動いた以上、終身幽閉、それも最も厳重な塔でのものになりますでしょうね。断罪のフルコース、お楽しみくださいませ?」
にっこりと微笑むわたくしに、レオポルドは絶望の表情で崩れ落ちた。前回の断罪をはるかに超える重い裁きが、これから彼を待っている。
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「――随分と、危険な賭けに出ましたね」
騒動が収まった後、ヴィンセント様がそう声をかけてきた。
「あら、危険とは?」
「自ら囮になるような真似をなさって。もし衛兵の到着が遅れていたら.....!」
「ふふ、心配してくださいましたの?」
「当然です。あなたに何かあれば、私は――」
言いかけて、ヴィンセント様は珍しく言葉を詰まらせた。
「あら、今度こそ続きが教えていただけるのかしら?」
「――あなたを失うことなど、考えたくもありません」
真剣な眼差しでそう告げるヴィンセント様に、わたくしは思わず頬が熱くなるのを感じた。
「......随分と率直でいらっしゃいますこと。ですが、悪い気はいたしませんわ」
「では、今後も傍にいることをお許しいただけますか?」
「あら、それはもう随分前から許可しているつもりでしたけれどね?」
夕暮れの庭園を、柔らかな風が吹き抜けていく。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返った庭には、淡い橙色の光が降り注ぎ、花々の影を長く地面へと伸ばしていた。
「……今日は、本当に肝を冷やしました」
不意に隣から聞こえた声に振り返ると、ヴィンセント様が困ったように微笑んでいた。
「あら、わたくしは、少しも怖くありませんでしたわよ」
「ええ、あなたならそうおっしゃると思っていました」
そう言いながらも、その瞳には隠しきれない心配が滲んでいる。
「ですが……私は怖かったのです」
「ヴィンセント様が?」
「はい。あなたを失うかもしれないと思ったことが、何よりも......」
その言葉に、胸の奥が小さく跳ねた。
いつだって余裕があって、何事にも動じない人だと思っていた。そんな彼が今、わたくしのためだけに、こんなにも真っ直ぐな表情をしている。
「……困りましたわね」
「何がでしょう?」
「そんな顔をされてしまっては、わたくしも少しくらい、あなたを大切にしたくなってしまいますもの」
一瞬、ヴィンセント様が目を見開く。
けれど次の瞬間には、柔らかな笑みを浮かべた。
「それは、私にとって最高の褒美ですね」
「ふふ、随分と欲張りですこと」
「あなたのことに関してだけは、昔からそうなのかもしれません」
夕暮れの光の中で、視線が重なる。以前なら、ただの政略と打算から始まった関係だった。
けれど今は違う。
この人の隣にいることが、少しだけ心地いいと思っている自分がいる。
「……ヴィンセント様」
「.......はい」
「これからも、わたくしの隣にいてくださいます?」
「もちろんです。あなたが望む限り、どこまでも」
その答えに、わたくしは静かに微笑んだ。
――どうやらわたくしの人生は、婚約破棄と断罪だけでは終わらないらしい。
むしろここからが、本当の意味での始まりなのかもしれない。
夕焼けに染まる庭園で、わたくしは隣に立つ彼を見上げる。
そして今度こそ、素直な気持ちで笑った。
「……では、覚悟しておいてくださいませ。わたくし、これからは遠慮いたしませんから」
「ええ、喜んでお受けいたします」
にっこりと微笑むわたくしに、ヴィンセント様はとうとう声を立てて笑った。徹底的な断罪から始まった物語は、こうして、思いがけず深い絆へと繋がっていくようだった。




