俺だけが聖女の心の中を読めるので、乙女ゲームの逆ハーレム計画に毎日振り回されています!最初のターゲットは俺なのか?
第一話 俺だけが聖女の本音を知っている
サンジェル王国学院の放課後の生徒会室。
金髪のキラキラな王太子シャルルが嬉しそうに話題を振ってきた。
「それで、ショコラ嬢の様子はどうなんだ?」
「学院中で人気らしいな」
副会長の青髪のイケメンと評判の公爵令息のアルベルトも頷いた。
「可愛いだけじゃなく、礼儀正しいからな」
書記の伯爵令息の茶髪のロベルトまでもが笑顔である。
(……そう見えるよな)
会計の伯爵令息、赤髪のグラスは心の中でため息をついた。
学院では今、一番の人気者。
桃色の髪を揺らす聖女ショコラ。
男子はもちろん女子からも憧れられている。
だが──
(俺だけは知っている)
彼女の本性を。
いや、本性というより。
心の声を。
グラスには誰にも言えない秘密があった。
人の心を読む能力。
転生した時から持っている転生特典だ。
相手が考えていることが自然と聞こえてしまう。
その能力で剣も強くなった。
相手が斬る場所が分かるのだから当然だ。
学院では剣聖候補と呼ばれている。
しかし。
その能力にも弱点があった。
聞きたくない本音まで聞こえてしまうことだ。
特に。
隣の席の学院のアイドル的な美少女ショコラ。
毎日。毎日。
心の声がうるさい。
朝、登校すると、教室でショコラは、俺に向かって微笑んでいる。
「グラス様、おはようございます♪」
可愛い笑顔。
男子が何人も見惚れる。
だが。
グラスには本音が丸聞こえだった。
(よーし! まずは攻略対象その一赤髪のグラス!)
(好感度を三十まで上げて〜じっくりと攻める!)
(グラスを落としたら、次は王太子ルート!)
(逆ハーレム完成まで、まずは初めの一歩が大事!)
(イベントまだかなー♪)
(今日もぶりっ子頑張るぞ!)
「…………」
グラスは机に額をぶつけた。
ゴン。
「きゃっ! グラス様!? 大丈夫ですか?」
ショコラが慌てて駆け寄る。
そして、頭部を優しく撫でながら、治癒魔法を掛ける。
周囲の男子たちはざわめく。
「優しい……!」
「やっぱり聖女様だ!」
「可愛い!」
「僕も治癒して欲しいな……」
(フフフ、よしよし、このイベント成功!)
(みんな見てる見てる♪)
(これで好感度アップ確定!)
「…………」
違う。違うんだ。みんな騙されているぞ!
あれは天然じゃない。
全部計算だ。
だが、本人は大きな勘違いをしている。
この世界、乙女ゲームじゃないから。
ショコラだけがそう思い込んでいる。
(頼むから気付いてくれ……
これは、ゲームであっても遊びではない、世界とは違うのだ)
今日もグラスの胃痛は止まらない。
そして彼はまだ知らない。
ショコラの勘違いが、グラスのを心をとんでもなくかき乱すことを。
◇
第二話 「攻略対象その一グラス」は、今日も胃が痛い
「グラス様、おはようございます!」
翌朝。
教室へ入った瞬間、桃色の髪がふわりと揺れた。
聖女ショコラが、花が咲いたような笑顔で手を振っている。
「お、おはよう」
グラスはぎこちなく返事をし、自分の席へ向かった。
もちろん、ショコラの隣だ。
(よーし! 今日も朝の挨拶イベント成功♪)
(攻略対象者の隣ってゲーム通り! 運営ありがとう!)
(このまま、可愛い笑顔で毎日話しかけて好感度アップ!)
(グラス様ルートを攻略したら、次は王太子様よ!)
(逆ハーレム完成まで頑張るぞ~♪)
(……運営?)
グラスは思わず空を見上げた。
(誰だよ、運営って。そんなのいるのか?)
転生者同士だからなのか。
ショコラの考えている単語は、懐かしい日本語だ。
だからこそ分かる。
彼女は本気で、この世界を乙女ゲームだと思っている。
「グラス様?」
「……何でもない」
ショコラはにこりと微笑む。
その笑顔だけ見れば、天使だった。
だが。
(今日は消しゴム落としイベントにしようかな?)
(拾ってもらったら距離が縮まるはず!)
(ベタだけど王道よね!)
(攻略本にも書いてあった気がする!)
(攻略本じゃなくて攻略サイトだったかな?)
「…………」
そんなものは存在しない。
少なくとも、この世界には。
◇
一時間目が始まる前。
ショコラは机の上の消しゴムを指先でつついた。
ちらっ。グラスを見る。
(あ、ここだわ、今よ!)
(いけ! とっとこ消し太郎)
ころん。
消しゴムが床へ落ちた。
「きゃっ! 消しゴム、落としちゃった~」
白々しい。ダイコン役者である。
ものすごく白々しい。
「どうしよう、困ったわ~」
くねくねしながら、ちらりとグラスを催促するように見る。
(あ、これは、拾わないと面倒なやつだわ)
「落としましたぞ」
グラスは呆れ顔で拾って渡した。
「ありがとうございます!」
(きたきたきたーーーっ!!)
(イベント成功!)
(これで好感度+3!)
(あと九十七ポイント!)
(よーし!)
(……何のポイントだよ)
グラスは心の中だけで突っ込んだ。
そのとき。
「ショコラちゃん!」
クラスの男子が数人集まってきた。
「次は俺が拾います!」
「いえいえ、僕が!」
「次から声を掛けください!」
(え? 違う違う)
(攻略対象はグラスだけなんだけど)
(モブ男子はいらないのよ)
「…………」
(モブって言うな)
グラスは少しだけ彼らに同情した。
◇
昼休みの鐘が鳴る。
「グラス、昼、いつものところでいいか?」
友人のアレクが誘ってきた。
「悪い。今日は生徒会がある」
「あ、そうだったな」
その会話を聞いたショコラが、ぴくりと反応した。
(生徒会!)
(イベント発生じゃない!?)
(王太子様もいるのよね!)
(絶対フラグよ!)
(行かなきゃ!)
ショコラは勢いよく立ち上がった。
「グラス様、わ、私も生徒会室へ用事が! 一緒に行きましょう」
「生徒会に何の用事があるんだ?」
「え、えっと……生徒会活動で疲れている皆様に治癒魔法と!」
そう言って二人で教室から廊下に出ようとする。
クラス中が微笑ましく見送った。
「ショコラちゃんって真面目だな」
「優しいよな」
「さすが聖女様」
(それは違う)
グラスだけが頭を抱える。
(彼女は攻略対象を探りに行くだけだ)
◇
生徒会室のお昼時。
「失礼します!」
グラスが中に入ると、後ろからショコラも入ってきた。
「おや?」
王太子シャルルが微笑む。
「聖女殿ではないか? 今日はどのようなご用件で?」
「あのグラス様のお手伝いがしたくて!」
(もちろん嘘ですけど……)
(これは王太子イベントの様子見です!)
(あとは、ここで印象アップしてグラス様の攻略計画を!)
(生徒会に来れば、グラス様とその後のイベントも、手を繫ぐとか、キ、キスとか……)
グラスは思わず机に額をぶつけそうになった。
(キ、キスって何を考えているのだ)
一方、シャルルは感心したように頷く。
「素晴らしい心掛けだ。グラスが羨ましいな」
「ありがとうございます!」
(やったー!)
(これは第一王子ルート開放かな?)
「実に立派な生徒だ」
アルベルトまで感動している。
(そ、そうだ副会長も攻略対象だった!)
(ラッキー!)
「…………」
グラスは静かに天井を見上げた。
(増えてる。攻略対象が)
「グラス」
シャルルが声を掛ける。
「彼女は、可愛いだけじゃなく、本当に素晴らしい女性だな」
「……そうですね」
否定したい。
ものすごく否定したい。
しかし。
ショコラは実際、人助けも勉強も真面目にこなす。
ぶりっ子なのは間違いないが、人を傷つけようという悪意はない。
だからこそ厄介だった。
「会計資料は終わったか?」
「はい」
「では学院祭の予算も頼む」
「承知しました」
仕事に集中しよう。
そう決めた、その瞬間だった。
(グラス様、お仕事してる姿かっこいい!)
(これ、ギャップ萌えイベント!?)
(好感度五ポイント追加かな♪)
「…………」
結局。
今日もグラスの頭痛は治ることはなかった。
「グラス」
生徒会長シャルルが笑顔を向けた。
「ショコラ嬢には癒されるな。まさに聖女様だ」
「……そ、そうですかね……」
(よーし!)
(王太子様イベント成功♪)
(副会長もフラグ立った!)
(あ、書記さんも攻略対象だわ!)
(生徒会って宝箱じゃない!)
(これは逆ハーレム一直線ね!)
「…………」
グラスは心の中で叫ぶ。
(違う)
(生徒会は攻略ダンジョンじゃない。ここはゲームではなく、遊びでもない)
「どうかしたのか?」
シャルルが首を傾げる。
「いえ……少し頭痛が」
「無理はするな」
「ありがとうございます」
その優しい言葉に、グラスは少しだけ罪悪感を覚えた。
王太子は本当に善人なのだ。
だからこそ、ショコラの勘違いに巻き込まれていることが不憫でならない。
すると、ショコラがお茶を運んできた。
「皆さん、お疲れさまです♪」
「ありがとう」
「助かる」
生徒会の面々は笑顔になる。
(よしよし!)
(癒やしイベント成功!)
(好感度もりもり上昇中!)
(これで逆ハーレムまであと少し♪)
「…………」
グラスは静かにお茶を口へ運ぶ。
熱かった。
「熱っ!」
思わず声が漏れる。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
ショコラは慌てて唇に手を当て、治癒魔法を唱える。
あまりの距離の近さに、グラスは頬を赤く染める。
周囲は微笑ましそうに笑う。
「仲がいいな」
「二人、できているのか?」
「微笑ましい」
(しまったー!)
(熱すぎたのね!)
(でもこれは看病イベント!)
(むしろ好感度アップかも!)
「…………」
グラスは赤面したまま天を仰いだ。
(頼む)
(誰かこの子の頭の中を聞いてくれ)
(きっと俺の気持ちが分かるから)
もちろん。
その願いが叶うことはない。
今日も学院でただ一人。
グラスだけが、聖女ショコラの壮大な勘違いに振り回され続けるのだった。
第三話 聖女が逆ハーレムを目指す理由
放課後。
生徒会の仕事を終えたグラスは、重い肩を回しながら学院の廊下を歩いていた。
ふと、中庭へ続く回廊で足を止める。
そこには夕焼けに染まる噴水の前で、一人たたずむショコラの姿があった。
「ショコラ?」
思わず声を掛けようとして――足を止める。
彼女は空を見上げ、小さく微笑んでいた。
(なかなかグラス様の攻略が進まないなぁ)
(でも大丈夫)
(まだ始まったばかりだもん)
いつもの軽い調子。
グラスはため息をつく。
(はいはい。逆ハーレム頑張ってください)
そう思った、その瞬間だった。
(逆ハーレムエンドを迎えれば……)
(運営さんが願いを一つ叶えてくれる)
グラスの表情が止まる。
(運営が願い事を……?)
ショコラは誰もいない空へ、小さく笑いかける。
(だから頑張る)
(絶対に帰るんだ)
(日本へ)
グラスの胸が、どくりと鳴った。
日本。
その単語は、彼自身にとっても忘れられない故郷だった。
(お父さん……)
(お母さん……)
(美咲……)
聞いたことのない名前。
ショコラの心の声は、次第に震え始める。
(ごめんね)
(事故の日……)
(お母さんと約束してたのに)
(妹と遊園地へ行く約束だったのに)
(わたし、一人だけ死んじゃった)
グラスは息を呑む。
ショコラは笑っていた。
だが、その心だけは泣いていた。
(美咲、まだ小学生だったな)
(泣いてるかな)
(お母さん、ちゃんとご飯食べてるかな)
(お父さん、仕事ばっかりして無理してないかな)
ぽつり、と。
一粒の涙がショコラの頬を伝った。
(もう一度だけでいい)
(みんなに会いたい)
(抱きしめてもらいたい)
(帰りたいよ……)
グラスは何も言えなかった。
今まで聞こえていたのは、
『逆ハーレム!』
『攻略対象!』
『イベント!』
そんな明るい声ばかりだった。
だから。
勝手に勘違いしていた。
ゲーム気分で遊んでいるだけなのだと。
違った。
彼女は必死だった。
大好きな家族の元へ帰るために。
笑顔を作り。
聖女として振る舞い。
誰にも弱音を吐かず。
一人で頑張っていた。
(……俺と同じだったんだ)
グラスもまた転生者だった。
日本へ帰れないことは理解している。
だから諦めた。
しかし。
ショコラは違う。
帰れると信じている。
だから前へ進み続けている。
その姿は、少し眩しかった。
「ショコラ」
グラスは静かに歩み寄った。
ショコラは慌てて涙を拭き、いつもの笑顔を浮かべる。
「あっ、グラス様! お疲れ様です♪」
(しまったぁぁぁぁっ!)
(泣いてるところ見られた!?)
(ヒロイン失格ーーっ!)
その心の声に、グラスは思わず笑ってしまう。
「え?」
「いや」
彼は少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。
「学生寮までの帰り道、一緒にどうだ?」
ショコラは目を丸くする。
(えええええっ!?)
(送迎イベント!?)
(好感度アップ!?)
(運営さんありがとうございます!!)
相変わらず頭の中は賑やかだった。
それでも。
さっきまでとは違って聞こえる。
「女子寮の入り口まで送るよ」
「はい!」
ショコラは満面の笑みで頷いた。
その笑顔が少しだけ本物になった気がして。
グラスも自然と笑みを浮かべる。
(……少しくらいなら)
(応援してやってもいいか)
その日。
グラスの中で、聖女ショコラへの好感度は、ほんの少しだけ上昇したのだった。
第四話 初めてのドキドキ
夕暮れの学院。
オレンジ色に染まる石畳を、グラスとショコラは並んで歩いていた。
先ほどまで賑やかだった学院も、今は騎士科の掛け声だけが遠くから聞こえてくる。
不思議な沈黙だった。
気まずいわけではない。
けれど、お互い何を話せばいいのか分からない。
「今日は、その……ありがとうございました」
ショコラが小さく頭を下げる。
「何が?」
「帰り道、一緒に歩いてくださって」
(うぅ……)
(グラス様、優しい)
(こんなのゲームになかったよ)
グラスは思わず苦笑した。
相変わらず、心の中は全部聞こえている。
それでも以前とは違う。
もう「攻略対象だからグラスに優しくしている」とは思えなかった。
彼女は本当に嬉しそうだった。
「そんな大したことじゃない」
「私はすごく嬉しいです」
そう言って、ショコラは照れくさそうに笑う。
夕日に照らされた桃色の髪が風に揺れた。
その横顔を見て。
グラスの胸が、小さく高鳴る。
(……可愛い)
思わずそんな言葉が頭に浮かぶ。
今まで何とも思っていなかった。
いや、正確には思わないようにしていた。
毎日聞こえる「攻略対象」「イベント」「逆ハーレム」という心の声のせいで、恋愛感情を抱く余裕などなかった。
けれど。
家族を想って泣いていた彼女を知ってしまった今は違う。
その笑顔を見ていると、自然と守ってあげたいと思ってしまう。
一方、その頃のショコラの頭の中は――。
(あれ?)
(なんでこんなに緊張してるの?)
(グラス様の隣にいるだけなのに……)
(昨日まで普通だったのに)
(えっ……)
(顔、近くない?)
グラスの鼓動がまた一つ速くなる。
(近くないですよ)
心の中だけでツッコミを入れる。
するとショコラは、自分の胸にそっと手を当てた。
(ドキドキしてる)
(どうして?)
(攻略イベントだから?)
(違う気がする)
彼女は首をかしげる。
(前世でも恋愛したことないし……)
(学校では漫画ばかり読んでたし)
(休日は乙女ゲームしてたし)
(好きな人なんて、一人もいなかった)
グラスは思わず目を見開いた。
(恋愛経験……ゼロ?)
(だから全部ゲームの知識だったのか)
ショコラは真剣な顔で考え込んでいる。
(恋愛小説には「好きな人の近くにいるとドキドキする」って書いてあったわ)
(えっ)
(まさか)
(いやいやいや)
(そんなはずないよね!?)
耳まで真っ赤になる。
その反応が可愛すぎて、グラスは思わず吹き出しそうになった。
「ショコラ、ど、どうかしましたか?」
「いえ」
恥ずかしさを堪えながら、ショコラは首を振る。
「何でもありません」
「そ、そうか……」
二人は再び歩き出す。
そのとき。
石畳の小さな段差にショコラが気付かなかった。
「あっ――」
身体がぐらりと傾く。
とっさにグラスがその手を掴んだ。
「危ない」
「……っ!」
手と手が重なる。
ショコラの身体がぴたりと止まる。
(きゃああああああっ!!)
(手ぇぇぇっ!!)
(手をつないでるーーーっ!!)
(イベント!?)
(違う!)
(これは事故!)
(でも手、大きい……)
(あったかい……)
(どうしよう)
(心臓が壊れそう……)
グラスまで鼓動が速くなる。
聞こえてくる心の声が、あまりにも可愛かった。
慌てて手を離す。
「わ、悪かった」
「い、いえ!」
二人は同時に顔を赤くした。
しばらく視線が合わない。
沈黙が流れる。
それなのに、不思議と居心地は悪くなかった。
(……なんだ、この気持ちは)
グラスは胸に手を当てる。
ショコラの心の声を聞くたびに、自分まで胸が高鳴ってしまう。
その理由を、まだ彼は知らない。
そしてショコラもまた、初めて知る恋という感情に、戸惑いながら少しずつ心を揺らし始めていた。




