私の代わりはいくらでもいるそうです
「おまえの代わりはいくらでもいる」
その言葉が、パーティー会場に響き渡った瞬間、世界が止まった気がした。
きらびやかなシャンデリアの光が、まるで嘲笑うかのように私の頬を照らしている。周囲の貴族たちが一斉に息を呑み、扇の陰からこちらを窺っているのが、視界の端にぼんやりと映った。
私の名前はセラ・ミルフィーユ。リヴァース王国の第二王子、アレクシス殿下の婚約者にして、殿下付きの筆頭侍女を務める——いや、務めていた女だ。
「聞こえなかったのか、セラ。おまえの代わりはいくらでもいると言ったんだ」
アレクシス殿下は、金の巻き毛をかきあげながら、まるでつまらない虫でも払うような仕草で私を見下ろした。その隣には、頬を紅潮させた男爵令嬢リゼット・フォーリアが、殿下の腕にしがみつくようにして立っている。
「殿下、わたくしのどこに至らぬ点がございましたか」
声が震えないよう、必死に腹に力を込めた。三年間、殿下のために尽くしてきた。書類の山を夜通し処理し、外交の場では殿下の言葉足らずを補い、侍女たちの教育も、城の管理運営も、すべて私がやってきたのだ。
「至らぬ点? はは、全部だよ。おまえは優秀かもしれないが、華がない。面白みがない。俺の隣に立つのは、リゼットのような可憐で愛らしい女でなくてはな」
リゼットが殿下の腕をぎゅっと握り、上目遣いで微笑む。計算し尽くされたその仕草に、周囲の男性貴族たちが見惚れていた。
「……承知いたしました」
驚くほど静かな声が、自分の口から出た。
「婚約の解消、謹んでお受けいたします。本日をもって筆頭侍女の職も辞させていただきます。殿下の今後のご多幸を、心よりお祈り申し上げます」
深く、美しく、最後の礼をとった。これだけは完璧にやろうと思った。三年間で身に着けた礼儀作法の集大成。一点の乱れもない淑女の所作で、私はこの場を去るのだ。
背を向けた瞬間、アレクシス殿下が鼻で笑うのが聞こえた。
「あっさりしたものだな。やはり俺への愛などなかったか」
——愛はあった。少なくとも、最初の一年は。
その言葉は飲み込んで、私は会場を出た。振り返らなかった。涙も、流さなかった。
セラ・ミルフィーユには秘密がある。
前世の記憶だ。
日本という国で、二十八歳まで生きた記憶。中小企業の経理として働き、副業で簿記講師をし、週末には趣味の石鹸作りを楽しんでいた、ごく普通のOLとしての一生。
交通事故であっけなく死に、気がつけばこの世界の没落男爵家の娘として生まれ変わっていた。家には金がなく、幼い弟妹が三人。前世の知識を総動員して家計を立て直し、帳簿管理の腕を買われて王城に侍女として召し上げられたのが十五歳の時。
そこからの三年間で、私はアレクシス殿下の右腕になった。殿下に気に入られ、婚約者にまでなった。嬉しかった。認められたと思った。
でも、殿下が本当に欲しかったのは有能な秘書であって、妻ではなかったのだ。秘書の代わりが見つかれば——いや、代わりが見つからなくても、もっと華やかな女が現れれば、私は用済みになる。
婚約破棄から三日後。私は王城の自室を綺麗に片付け、引き継ぎ書類を机の上に積み上げた。
百二十七枚。現在進行中の案件、各侍女の担当表、外交日程、殿下の健康管理記録、城内の在庫管理帳、取引商会との契約一覧——すべてを網羅した完璧な引き継ぎ資料だ。
これを置いていくのは優しさではない。プライドだ。私が関わった仕事を中途半端にして去るのは、自分自身が許せない。
最後に一つだけ、棚の奥から小さな木箱を取り出した。中には、前世の記憶を頼りに試作した石鹸と香水の瓶がいくつか入っている。この世界にはない製法で作った、私だけの宝物。
これだけは、持っていく。
王都を出て、東の港町カレリアに向かった。
王都から馬車で五日。海風が吹き抜ける自由都市。王族の権力が及びにくく、商人たちが独自の自治を築いている街だ。前世の記憶にある「自由貿易港」のような場所で、ここなら私の知識が活かせると踏んだ。
全財産は銀貨八十枚。侍女時代の給金をこつこつ貯めた額だ。贅沢はできないが、小さな部屋を借りて商売を始めるには足りる。
カレリアの路地裏に、一坪ほどの空き店舗を見つけた。元は靴職人の工房だったらしく、作業台がそのまま残っている。家賃は月に銀貨二枚。安い。
私は木箱から石鹸を取り出し、作業台に並べた。
前世で学んだコールドプロセス製法。この世界の石鹸は獣脂と灰汁を煮て作る粗悪なものが主流だが、私の石鹸はオリーブ油を基材にし、ハーブで香りをつけた滑らかな仕上がりだ。
試しに市場で数個を売ってみた。
一日で完売した。
翌日、倍の数を作って並べた。昼前に売り切れた。
三日目には、買えなかった客が列を作った。
「あの石鹸屋、なんていうの?」
「名前はまだないみたい。でも、あの石鹸で洗うと肌がつるつるになるのよ」
「ちょっと、私にも取っておいてよ!」
口コミは恐ろしい速度で広がった。一週間後には、カレリアの貴婦人たちが馬車で乗りつけてくるようになった。
私は石鹸に加えて、香水の販売も始めた。前世の調香の知識を活かし、この世界のハーブや花を使って、繊細な香りを調合する。甘すぎず、品がある。王都の香水とは明らかに一線を画す仕上がりに、客たちは目を丸くした。
「これ、どこの商会の品?」
「わたくし個人の工房です。商会には属しておりません」
「嘘でしょう……この品質で個人?」
一ヶ月後、私は小さな店舗を正式に構え、屋号を決めた。
「フィオーレ」——花という意味の、この世界の古語だ。
一方、私が去った王城では、静かに、しかし確実に歯車が狂い始めていた。
それを知ったのは、カレリアに来て二ヶ月が経った頃。王都から仕入れに来た布商人が、茶飲み話のように教えてくれた。
「いやあ、最近の王城はひどいもんでさあ。第二王子殿下の執務室、書類が山積みで誰も処理できないらしい」
「あら、そうなんですか」
「なんでも、前の筆頭侍女が辞めてから回らなくなったとか。引き継ぎ資料はあったらしいんですが、誰も読み解けないって話で」
私は小さく微笑んだ。あの資料、確かに丁寧に書いたつもりだったが、そもそも私の仕事の全容を理解している人間が殿下の周りにいなかったのだ。
百二十七枚の引き継ぎ書類は、読める人がいなければただの紙束だ。
「それだけじゃないんですよ。隣国との通商交渉も破談寸前だとか。前の侍女さんが裏で根回ししてた商会との取引も、連絡が途絶えてめちゃくちゃになってるらしくて」
「それは……大変ですね」
心からそう思った。恨みはもうない。ただ、少しだけ——ほんの少しだけ——胸がすく思いがしたのは、許してほしい。
布商人はさらに声をひそめた。
「あと、新しい婚約者の男爵令嬢。殿下にあれこれおねだりして、国庫から宝飾品を買い漁ってるって噂ですよ。財務官が頭抱えてるとか」
「……そうですか」
私がいた頃は、殿下の支出を月ごとに管理し、不要な出費は理由を添えてやんわり止めていた。あの管理がなくなれば、湯水のように金が流れ出るのは目に見えている。
でも、もう私には関係のないことだ。
フィオーレの評判は、カレリアを超えて広がり始めた。
隣国ヴェルシュタイン帝国の商人が買い付けに来るようになり、さらには帝国の宮廷から正式な取引の打診が届いた。
その書簡を届けに来たのが、彼だった。
「フィオーレの店主に面会を求める。ヴェルシュタイン帝国宰相府より参った」
店の入り口に立っていたのは、銀灰色の髪をした長身の男だった。切れ長の氷青の瞳が、店内を値踏みするように見回す。仕立ての良い黒のコートに、帝国の紋章が刻まれたブローチ。
一目で、ただ者ではないとわかった。
「わたくしが店主のセラです。ようこそフィオーレへ」
「ヴェルシュタイン帝国宰相、ディートリヒ・レーヴェンシュタインだ」
——宰相?
思わず目を見開いた。宰相本人が、わざわざこんな小さな店まで?
「驚かせたか。だが、俺は自分の目で確かめないと気が済まない性分でな」
ディートリヒ殿は、陳列された石鹸を一つ手に取り、香りを確かめた。その仕草は洗練されていたが、どこか武骨さがあった。文官でありながら、剣も握れる手だと直感した。
「……なるほど。これは確かに、報告通りの品質だ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてはいない。事実を述べた」
無愛想な物言い。だが、その氷のような瞳の奥に、かすかな感心の色が見えた。
「帝国宮廷への石鹸と香水の定期納入を依頼したい。条件はこちらに記してある」
差し出された書簡を開くと、驚くほど好条件が並んでいた。独占契約ではなく、私の裁量で他国への販売も認める。さらに、帝国内での販路を宰相府が保証する。
「破格の条件ですね。何か裏があるのでは?」
率直に聞いた。この手の話で裏がないことなど、前世でも今世でもあり得ない。
ディートリヒ殿は、ほんの一瞬——本当にかすかに——口元を緩めた。
「聡い女だ。条件が一つある。年に二度、帝都に来て宮廷の催事に香水を調合してほしい。帝国の外交の場で使いたい」
なるほど。帝国は、フィオーレの香水を外交ツールとして使うつもりなのだ。各国の要人をもてなす席で、他国にはない特別な香りを提供する。それは確かに、文化的な武器になり得る。
「承知いたしました。ただし、調合の最終判断はわたくしに委ねていただきます」
「当然だ。職人の領域に口を出すほど愚かではない」
こうして、私はヴェルシュタイン帝国との契約を結んだ。
帝都を初めて訪れたのは、契約から一ヶ月後のことだった。
白い石造りの壮麗な街並み。リヴァース王国の王都とは比べものにならない規模と美しさ。街路には花が溢れ、水路には白鳥が優雅に浮かんでいる。
宰相府の応接室で、私はディートリヒ殿と向かい合っていた。
「次の外交晩餐会は二週間後だ。ゲストはリヴァース王国の使節団。担当する王族は——」
ディートリヒ殿が書類から顔を上げ、私の表情を窺った。
「第二王子、アレクシス・リヴァースだ」
心臓が、一度だけ大きく跳ねた。
「……そうですか」
「問題があるなら、別の者に任せる」
「いいえ。問題ありません」
ディートリヒ殿は無言で私を見つめた。氷青の瞳が、まるで嘘を見抜こうとするかのように鋭い。
「リヴァース王国の情報は入っている。第二王子の元婚約者が、東の港町で商売を成功させているとな」
「ご存知でしたか」
「知った上で契約した。有能な人間は、どこにいても目立つ」
それは褒め言葉なのだろうか。この人の言葉は、いつも事実の皮を被っていて、感情が読みにくい。
「一つ聞いてもいいか」
ディートリヒ殿が、珍しく間を置いた。
「おまえは、復讐のためにここにいるのか」
「いいえ」
即答した。
「わたくしは、自分の人生を生きるためにここにいます。殿下——アレクシス殿下のことは、もう終わったことです」
ディートリヒ殿は、しばらく黙ったあと、小さく頷いた。
「そうか」
その一言に、どこか安堵のような響きがあったのは、気のせいだろうか。
晩餐会の夜がやってきた。
帝国宮殿の大広間は、数千本の蝋燭に照らされて黄金色に輝いていた。私が調合した香水は、会場の各所に焚かれたアロマポットから淡く漂い、ゲストたちをうっとりとさせている。
私自身は裏方に徹するつもりだったが、ディートリヒ殿がそれを許さなかった。
「おまえは帝国の契約調香師だ。正式な招待客として出席しろ」
用意されたのは、深い青のドレスだった。帝国式の、背中が大きく開いたデザイン。侍女時代には着ることのなかった華やかな装い。
鏡に映った自分を見て、少しだけ驚いた。地味だ、華がないと言われ続けた私が、こんなふうに——
「似合っている」
背後から声がして振り返ると、ディートリヒ殿が立っていた。
黒の正装に身を包んだ宰相は、普段の無愛想さからは想像できないほど端整で、思わず息を呑んだ。
「あ、ありがとうございます」
「事実を述べただけだ」
また、それ。この人は褒めるときにいつもそう言う。不器用にもほどがある。
でも、そのまっすぐさが——嫌いではなかった。
大広間に入ると、各国の貴賓たちの視線が集まった。帝国の宰相と並んで歩く見知らぬ女に、好奇の目が注がれる。
そして——視線がぶつかった。
会場の向こう側に、金の巻き毛の青年が立っていた。隣にはリゼットが、相変わらず彼の腕にしがみついている。
アレクシス殿下は、最初、私だと気づかなかったようだった。三度見してから、ようやく目を見開いた。
「……セラ?」
近づいてきた殿下の顔は、三ヶ月前より明らかにやつれていた。目の下に隈があり、以前のような余裕のある笑みは消えている。
「お久しぶりでございます、アレクシス殿下」
完璧な微笑みを浮かべた。もう侍女ではない。対等な立場の、一人の商人として。
「なぜ、おまえがここに……」
「ヴェルシュタイン帝国の契約調香師として招かれました」
殿下の隣で、リゼットが不安そうに私を見上げている。以前は可憐に見えたその顔が、どこか焦りに歪んでいるように見えた。
「セラ、頼みがある」
殿下が声を落とした。
「戻ってきてくれないか。城はおまえがいなくなってから滅茶苦茶だ。書類は溜まる一方だし、商会との交渉は決裂するし、侍女たちは次々辞めていく。おまえがいないと何も回らないんだ」
——ああ、やっぱり。
この人は最後まで、私を秘書としか見ていない。「戻ってきてほしい」のは、私という人間ではなく、私の機能だ。
「申し訳ありませんが、お断りいたします」
「なぜだ!」
「わたくしの代わりはいくらでもいるのでしょう?」
殿下の顔が凍りついた。自分が放った言葉が、そのまま返ってきたのだと気づいたのだろう。
「あれは……その、言い過ぎた。謝る。だから——」
「殿下」
穏やかに、けれどはっきりと遮った。
「わたくしはもう、あの城には戻りません。ここでの暮らしが気に入っておりますし、何より——」
ちらりとディートリヒ殿を見た。宰相は少し離れた場所に立ち、無表情でこちらを見ていた。いや、よく見ると、その氷の瞳にかすかな緊張の色がある。
私の答えを、待っているのだ。
「——わたくしには、代わりのいない場所がございますので」
アレクシス殿下は、何かを言いかけて、口をつぐんだ。その目に浮かんだのは、怒りでも軽蔑でもなく、遅すぎた後悔だった。
リゼットが殿下の袖を引っ張った。
「アレクシスさま、もう行きましょう。こんな女に頭を下げることないわ」
殿下は力なくリゼットに引かれていった。その背中が、三ヶ月前に私が見せたはずの背中よりもずっと小さく見えた。
晩餐会が終わり、宮殿のバルコニーで夜風に当たっていた。
帝都の夜空は、カレリアとは違う深い藍色をしている。星が近い。冬の空気が頬を刺すけれど、心は不思議と凪いでいた。
足音がして、隣にディートリヒ殿が立った。
「終わったか」
「ええ、終わりました」
しばらく、二人で無言のまま夜空を見上げていた。
ディートリヒ殿が口を開いた。
「俺は、褒めるのが下手だ」
唐突な言葉に、きょとんとした。
「花の香りを嗅いで美しいと思っても、『品質が高い』としか言えん。月を見て綺麗だと思っても、『視認性が良い』と言ってしまう」
「……はい、存じております」
「だから、今から言うことも、うまく伝わらないかもしれん」
宰相が、まっすぐ私を見た。氷青の瞳に、月明かりが映っている。
「おまえは——セラは、代わりのきかない人間だ。少なくとも、俺にとっては」
心臓が、今度は止まったかと思った。
「契約調香師としてではなく、ですか?」
思わすそう質問して、すぐに恥ずかしくなった。この人に、こんな回りくどい確認は不要だ。事実しか言わない人なのだから。
「調香師としても、商人としても、そしてそれ以外のすべてとしてもだ」
ディートリヒ殿の耳が、わずかに赤い。冬の寒さのせいだけではないだろう。
「……不器用にもほどがありますね」
「自覚している」
「でも——」
言葉を探した。前世でも今世でも、こんなふうに真っ直ぐに想いを伝えられたことはなかった。飾らない。計算がない。ただ、事実として、私を必要だと言ってくれる人。
「——わたくしも、同じです」
それだけ言うのが精一杯だった。顔が熱い。たぶん、耳まで赤くなっている。
ディートリヒ殿が、ゆっくりと手を伸ばした。ためらうように、不器用に、私の手を取る。大きくて、少し冷たくて、でもすぐに温かくなる手だった。
「カレリアの店はどうする」
「続けます。あの店はわたくしの原点ですから」
「ならば、カレリアと帝都を行き来することになるな」
「ええ。忙しくなりますね」
「……俺が、カレリアに行く」
「え?」
「宰相が帝都を離れてはいけないという法はない。月に一度くらいなら、視察と称して——」
「ディートリヒさま、それは職権乱用では」
「視察だと言っている」
口元が、ほんの少し緩んでいた。この人の精一杯の笑顔だと、もうわかっている。
繋いだ手を、ぎゅっと握り返した。
夜空の星が、少しだけ滲んで見えた。泣いているわけではない。たぶん、風のせいだ。
後日談を少しだけ。
リヴァース王国の第二王子アレクシスは、帝国との通商交渉を失敗に終わらせ、国王から叱責を受けた。リゼットへの過剰な出費が財務監査で発覚し、王位継承順位は事実上剥奪された。リゼットはそれを知ると、あっさりと殿下のもとを去ったそうだ。
殿下が私に送ってきた手紙には、長い謝罪と、もう一度やり直せないかという懇願が綴られていた。
私はその手紙を読み終えると、丁寧に折りたたみ、引き出しの奥にしまった。返事は書かなかった。書く必要がなかった。
代わりに、新しい香水の調合に取りかかった。帝都の冬に合う、凛とした、でもどこか温かい香り。名前はもう決めてある。
「レーヴェン」——獅子を意味する、帝国の古語。
誰のために作った香りかは、言わなくてもわかるだろう。
カレリアの小さな工房で、私は今日も石鹸を練る。窓の外には海が見える。潮風が、ハーブの香りと混ざって鼻をくすぐる。
あの日、会場に響いた言葉を、今はもう痛みなく思い出せる。
「おまえの代わりはいくらでもいる」
——ええ、そうかもしれません。でも、わたくしにとって代わりのきかない場所を、わたくしは自分の手で見つけました。
だから、もう大丈夫。
店の扉が開いて、鈴の音が鳴る。銀灰色の髪の男が、不器用な顔で立っている。手には、カレリアの市場で買ったらしい花束。明らかにセンスがないが、一生懸命選んだのだろう。
「……視察に来た」
「いらっしゃいませ、ディートリヒさま。お花、綺麗ですね」
「本当のことを言え。自分でも酷い色合わせだとわかっている」
「でも、嬉しいです」
「……そうか」
耳が赤い。この人は本当に、どうしようもなく不器用だ。
でも、そんな不器用さごと、愛おしいと思えるのだから——きっと、これが幸せというものなのだろう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
kindleで『婚約破棄? 喜んで受け入れます ~悪役令嬢に転生したけど破滅ルートはお断りです~』を販売中です! kindle unlimitedに登録している方なら無料でご覧になれます!
https://www.amazon.co.jp/dp/B0GJ3LTBWS




