ろじすてぃくす主任の出番
## 96話 ろじすてぃくす主任の出番
サントエールでの会議を終えて、俺とレノとクララは炎の鍋亭に戻ってきた。
ちょうどテトが帰ってきたところなので、一緒に店内に入る。
夕方前の鍋亭はまだ客の姿はなく、大鍋の煮込みがくつくつと泡を立て、香草と肉の匂いが広がっていた。
カウンターの奥では母さんが野菜を刻み、父さんが樽から酒を量っている。
エッタさんは帳面を閉じ、ミナは布巾で卓を磨いていた。
「ただいま!」
クララも俺の隣で元気よく声を上げる。
母さんが手を止めて振り向いた。
「おかえり、あんたたち。早かったじゃない」
父さんも顎だけで軽くうなずく。
「ちょっといいかな、みんなに相談したいことがあるんだ」
母さんが包丁を置き、じとっとにらむ。
「あんた、またなんかやらかす気?」
「やらかすって言い方、ひどくない?」
エッタさんがくすっと笑う。
「次は何かしら? サント酒造から、またでっかい宿題?」
「宿題は増えたけど、金貨500までの作戦は立ててきたよ!」
ミナが身を乗り出す。
「私も手伝うね! 新しいことなら、看板とかメニューとか、いっぱい描きたい!」
「それは本気で頼りにしてる」
俺が椅子を中央に寄せると、みんなが輪になるように座った。
「まず、ランチボックスと配達事業のことなんだけど。今の状況を教えてほしいんだ」
母さんが胸を張る。
「お弁当はね、母友たちも慣れてきて、毎日200は問題ないわ。『私も働きたい』って人も増えてきて、逆にどうしようか困ってるくらい」
〈母友ネットワーク、恐るべし……〉
テトが続ける。
「今のところ毎日200食きっちり完売。メニューが2つになって、楽しんでくれてる人も多いよ」
「で、配達の方は?」
「問題なくこなしてる。今ならヤトだけでも全部回せるくらい余裕はあるかな」
もう1本指を立てる。
「何件か、『洗い屋まで』『酒樽を家まで』って相談も来てるよ」
〈やっぱり運送事業の需要はある〉
「ありがとう。ちょっと考えてることがあるんだ」
視線が集まる。
「ランチボックス用に、製造所を1つ作って、販売所を何カ所か作りたい」
エッタさんが目を丸くする。
「いきなり本格的ね」
「ランチボックスはまだまだ需要があるし、鉱山向けの200は固定で出る。母友たちの手も余り始めてるなら、まとめて作れる場所があった方がいいと思うんだ」
空中に四角を描く。
「販売所は小さくていい。市場周辺、鉱山方面、それと鍋亭の近くの住宅が多いところで出店したい」
テトがうなずく。
「じゃあ、俺とヤトが製造所から販売所に配達して、販売所で売るんだね」
そこでレノが手帳を持ったまま口を開いた。
「配達事業として独立させれば、さらに運ぶ時間が増えますね」
「うん、今は配達と販売を同じ人がやってるからね。配達だけに集中してもらえれば、その分だけ回数も距離も稼げる」
指を1本立てる。
「それに、雇用も増やせる。製造所と販売所、それぞれ人手が要るから」
母さんが笑う。
「そうね! みんな喜ぶわよ。昼だけなら手伝えるって人、まだまだいるもの」
父さんも腕を組む。
「俺も最近仕事が多くてしんどかったが、本業に専念できるな。仕込みと夜の店だけでもだいぶ違う」
「あ、そうだったんだ。ごめん、父さん」
「いいさ。仕事があるのはありがたい」
「場所はこれから探すけどね」
次に、もう1つの構想を伝える。
「配達事業だけど、馬を2頭増やしたい。ヤトの分と、レノの分」
レノが目を見開く。
「俺ですか?」
「うん。俺とかクララの移動を早くしたいんだ。その方が安全だし、動きやすい。今は空いてる馬車に乗せてもらったり、徒歩だったりで時間を食うからさ」
「全く問題ありません。馬術も学院で修めました。私が御する馬車なら、安全性も増すでしょう」
〈だよな。安心して任せられる〉
テトが言う。
「じゃあ、うちの父さんに馬の件、連絡しておくよ!」
「うん。今度はちゃんとした値段で頼むよ?」
「わかってるって!」
俺は続ける。
「それと、サントエールにも馬車が2台あって、配達担当が2人いる。その2人もテトの部下に付けたい。炎の夜明け商会とサントエールの配達はまとめて『配達部隊』にする」
「え? 俺なの?」
テトはあからさまに固まった。
「いきなり部下3人って、俺、ほんとに怒る立場になっちゃうの?」
「怒るんじゃなくて、段取りを決める立場だよ」
そこでクララが勢いよく手を挙げる。
「テトは、ろじすてぃくす主任だもんね!」
「前に言ってたやつだね。テトはろじすてぃくす主任――運ぶことをまとめる担当だよ」
テトは頭をかきながら、口元をゆるめた。
「なんか、かっこいいけどさ……重いなぁ、主任って」
「部下は3人。ヤトと、サントエールの2人。販売所ができるまでは、弁当の配達と販売、酒の運送、洗い屋の配達代行。あとはほかの配達の相談もまとめる」
クララが心配そうに俺を見る。
「ライム、またいっぱいすぎない?」
レノが静かに続けた。
「はい、いっぱいすぎです。一人では捌けません。テトさん、配達の相談について情報を集めてもらえますか。どこから、どんな荷物の相談が来ているか。今まで断っていた分も含めて」
「情報を……集める?」
「難しくありません。『どんな相談があったか』『どれくらいの荷物か』を書き出すだけで十分です」
レノはさらりと続ける。
「私がライムさんに提案書を作成します。どの仕事を優先して受けるか、どれくらいの人と馬が必要か、数字と段取りを整理しましょう」
〈相変わらず段取りがきれいすぎる〉
テトは少し黙り、膝を叩いた。
「わかったよ! じゃあ俺は、馬の手配と、サントエールの人たちとの引き継ぎと、新しい配達の相談の情報集めね」
「はい。お願いします」
レノは母さんを見る。
「サラさん、製造所と販売所の候補地を調べてもらえますか。製造所は市場の近く、販売所は昼だけスペースを貸してくれそうな場所があると助かります」
母さんはドンと胸を張った。
「わかったわ! 不動産屋と母友たちに聞いてみる。昼だけ貸してくれそうな場所、いくつか心当たりあるし」
「ありがとうございます。とても心強いです」
クララが手をピンと伸ばす。
「はい!」
母さんがにやりと笑う。
「クララ、いつものやつお願い」
クララは立ち上がって、みんなを指さしながら言う。
「えっと、まず、サラおばさんはお弁当の『つくるところと、売るところ』を探す係!」
「製造所と販売所ね」と母さんが笑う。
「テトは『ろじすてぃくす主任』! 馬と配達の人たちと、新しいお仕事の相談をまとめる係!」
「ヤトとサントエールの2人がテトのなかま!」
「レノは、数字とか紙とか、むずかしいことを全部考えて、ライムに『こうした方がいいよ』って言う係!」
レノは少し照れたように微笑む。
「ミナは、看板とかメニューとかを描く『かわいい部』!」
「かわいい部、いい!」とミナ。
「ゴードンさんは、夜のお店と酒をまもる『夜の隊長』!」
父さんが髭をなでてうなずく。
「そして、ライムは――」
クララはくるっと俺を見る。
「『みんなのしごとをつなげて、ぜんぶまとめる社長さん』!」
「ちょっと盛りすぎじゃない?」
「いいの! 社長さんは、えらくて、忙しくて、でも楽しそうじゃないとダメなんだから! いっぱい過ぎたらみんなで助ける! こんな感じ?」
母さんがクララの頭を撫でる。
「完璧よ」
気づけば、みんなが次にやることを口々に話し始めていた。
笑い声と、鍋の煮える音が、さっきよりも近く感じる。
〈ごっこじゃない。本物の会社を、ここから作っていくんだ〉




