## 93話 歩きながらの引き継ぎ
## 93話 歩きながらの引き継ぎ
鍛冶屋を後にして、俺たちは石畳の通りをサント酒造の方角へと歩き出した。
冬に向かう風が少し冷たくて、さっきまで火の前にいた身体には、むしろ気持ちよかった。
クララはというと、いつものようにご機嫌だ。
鼻歌まじりにスキップしそうな勢いで進み、すぐに手を伸ばせる絶妙な距離感でレノが歩いている。
「炎の夜明けでは、他にどのようなことをしているのですか?」
レノが、少し緊張を含んだ声でクララに話しかけた。
「ん? じゃ、はじめから教えてあげる」
クララは足取りはそのままに、胸を張って宣言する。
「まずね、街に人が増えてきてね。市場の客も、鍋亭の客も、洗い屋のお得意さんも、どんどん増えたの」
「はい」
「でも、人が増えるとね、みんな『いそがしいからお昼買いたい』『洗濯もまとめて出したい』ってなるでしょ?」
「……そうですね」
「そこで登場するのが、炎の夜明け商会」
クララは得意げに指を一本立てる。
「配達と弁当と、ついでにリバーシ。全部まとめて『時間のかわり』を売ってるの。これが基本」
レノが真剣にうなずきながら、彼女の横顔をのぞき込む。
クララとレノが引き継ぎを始めてくれたのを横目に、俺は自分の頭の中を整理し始めた。
今、炎の夜明け商会の収入源は――リバーシ、弁当、配達、ウイスキー。
リバーシは、もう進め方を決めた。
ウイスキーは、まずは金策からだ。
残るは弁当と配達。
ここを、ちゃんとした『事業』として形にしたい。
「だからね、ライムはみんなが得するように、テトくんに馬を任せて、洗い屋から配達をまとめて受けるようにしたの」
クララの声が前から聞こえる。
「洗い屋さんは配達に出なくてよくなって、テトくんは馬車の仕事が増えて、鍋亭は薪も酒樽もまとめて運んでもらえるようになったの。ね、みんな得してるでしょ?」
「……本当にそんなことを、ライムさんが考えたんですか」
「考えたんだよ?」
レノは真面目に聞いているな。
歩きながらも姿勢が崩れない。
それはそれとして――俺のほうも、考えを進める。
弁当は、市場の近くに店舗を構えるところから考えるか。
炎の鍋亭の厨房だけだと、いずれ限界が来る。
弁当工場――弁当専用の仕込み場と、詰める人員と、馬車の出入りがしやすい裏口。
そういうのを一カ所にまとめた場所が欲しい。
〈となると、まずは不動産屋からだな〉
〈市場に近くて、荷車も人も出入りしやすい立地。手を入れれば工場にも事務所にも使える建物〉
「ライムはね、1人で何でもできちゃうから、1人でいっぱいいっぱ……」
前のほうでクララの声が一瞬だけトーンダウンする。
何を言いかけたのか気になったが、もう少しだけ頭の中の帳尻を合わせる。
配達事業は、今、馬車が1台だけ。
顧客も、ほぼ洗い屋だけだ。
これを『事業』と呼ぶには、足りない。
〈まずは馬車を増やそう〉
〈テトの分に加えて、ヤトの分とレノの分〉
ヤトはもう、1人で動ける。
レノは、鍛冶屋やサント酒造、テンドー商会との行き来が今より速くなれば、俺の負担も減る。
〈よし。テトに相談して、馬と馬車の調達計画を立てる〉
〈サント酒造への配達も、いずれここから受けられるようにして……〉
あとは、他の配達希望者も探さないとな。
洗い屋みたいに、『配達を外に出したい』って考えてる店は、きっと他にもある。
「でね、あーりーあだぷたーを超えて、あーりーまじょりてぃになって」
クララの口から、前世語が飛び出した。
俺がいつか言った言葉を、本人なりに覚えて、噛み砕いて使っている。
「一段落するところで、エステルに広げるんだよ。それまでにカチさんが、ぷれす機をあと2台増やすんだ」
ちょうど、レノがここに来る直前あたりまで話が進んだようだ。
「クララさん……あなた、本当に5歳ですか?」
レノが、半ば冗談みたいな声でつぶやく。
「こんなに複雑な説明を……いや、ナンバーツーと指名されていましたし、俺よりも……」
途中で言葉を飲み込んで、肩を落とした。
そろそろ混ざっておくか。
「クララ、説明ありがとう」
俺が前に出て、ふたりの横に並ぶ。
クララは振り向いて、ぱっと顔を輝かせた。
「私、役に立った?」
「もちろんだよ」
俺は即答する。
「クララが話してくれたおかげで、レノも炎の夜明けのことが早く分かる。助かってるよ」
「えへへ」
クララは素直に照れて、ほっぺたをかく。
レノは慌てて首を振った。
「いえ、その……俺のほうこそ、もっとしっかりしないと。ナンバースリーなんて、とても務まらない」
「クララは特別だから気にしないで。あと、順番なんかどうでもよくて、レノはレノのやり方で支えてくれればいいよ」
俺は笑って言う。
「クララもテトもヤトもレノも、できることが違うだけだ。
全部合わせたら、炎の夜明けになる」
レノは一瞬きょとんとしてから、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
「……はい。できることから、しっかりやります」
「よし。じゃあ――サントさんのところに、入ろうか」
気がつけば、目の前にはサント酒造の門がそびえていた。




