## 90話 ガラワ組とのテーブル
## 90話 ガラワ組とのテーブル
あれから3日が経った。
ロンドール市場組合の組合長室には、いつもより多くの椅子が並べられている。
奥の席に組合長――アイザットさん。
横にテンドーさんとエリーナさん。
手前側には、俺とレノ。
向かいに、ヤブタさんとガレンさん。
その横に、ベック爺さん。
いつもの事務机が、今日は『裁きの場』みたいに見えた。
「……あとは、ガラワ組を待つだけですね」
テンドーさんが、帳簿と書類の束を軽く叩きながら言った。
「呼び出しには応じている。来ない、ということはないだろう」
組合長が短く答える。
そのとき――。
重たい靴音が、廊下のほうから近づいてきた。
乱暴にドアが開く。
「なんだよ、こんなとこに呼び出しやがってよ!」
ガラワ組の男が、部屋に踏み込んできた。
年季の入った革の上着。首元には安っぽい金の飾り。
後ろに、二回りほど若い取り巻きが2人。
1人が、近くの椅子を足で蹴り飛ばした。
椅子がガタンと音を立てる。
もう1人は、くわえていた巻き煙草をそのまま床に落とし、靴のかかとでぐりぐりと踏みつぶした。
「やめなさい!」
エリーナさんが思わず声を上げる。
真ん中の男――ガラワが、にやりと笑った。
「いいじゃねぇか。こっちは、忙しい中わざわざ来てやったんだ。なぁ?」
「そうだそうだ。忙しいんだ、こっちはよ」
さっき椅子を蹴った子分が、周りを睨みつける。
組合長が、机の上で指を一度だけとん、と鳴らした。
「……ガラワ。ここは市場組合の組合長室です。
今日は暴力沙汰なし。話し合いだけでお願いします」
「へいへい。分かってらぁ」
ガラワは、わざとらしく両手を上げて見せると、適当な椅子を引いて腰を下ろした。
子分たちも、椅子を引きずるようにして座る。
その視線が、こちらに向いた。
「で? 何だぁ、今日は」
胸が、どくんと鳴る。
〈ここからだ〉
俺は立ち上がり、一歩前に出た。
「炎の夜明け商会、代表人のライム・ハースです」
できるだけ落ち着いた声で名乗る。
「今日は、サント酒造の債権について話し合う場を、組合長に用意してもらいました。
ガラワ組と、サント酒造と、炎の夜明け。その三者で、これからのことを決めたいと思っています」
「はぁ?」
子分の1人が鼻で笑う。
「なんだガキが。ここは遊び場じゃねぇぞ」
椅子から半ば立ち上がりかけた瞬間――。
「下がれ」
レノの声が、すっと入った。
「なんだとてめ――」
子分の手が、思わず腰のあたりに伸びかける。
レノの右手が、剣の柄に触れた。
鞘からは抜いていない。
それでも、空気が一瞬だけ、ぴりっと張り詰める。
視線が交差した。
子分は、勝てないと思ったのかそのまま舌打ちして椅子に沈んだ。
「いい加減にしてください」
組合長の声が、低く落ちる。
「ここは市場のルールで話をつける場です。それに従えない者は、退室していただきます」
「けっ……まあ、いいさ」
ガラワが、ふてぶてしく笑う。
「せっかく来てやったんだ。話くらいは聞いてやるよ」
子分たちも、ようやく黙った。
〈よし〉
胸の中で、ひとつ息を吐く。
「では――」
俺は、椅子に腰を下ろし直し、テーブルの上に紙を1枚置いた。
「まず、サント酒造の現状から確認させてください」
そこからは、事前に整理した通りだ。
サント酒造の売上、月金貨180。
原料や薪、人件費などのコスト、月金貨160。
本来なら残るはずの、月金貨20の利益。
ガラワ組から借りている『元本金貨200』に対して、毎月の返済が金貨20。
俺は、ガラワのほうに視線を向ける。
「契約上、この金貨20は利息分だけであり、元本は減っていない。
そして『利息を満額払えなかった月が出た時点で、蔵と土地を担保として差し押さえる』」
「そうだ」
ガラワが、つまらなそうに言う。
「紙にも、ちゃんとそう書いてあるだろうがよ」
「書いてありました」
レノが横から補足する。
「そのうえで、税金や雑費も含めて計算すると――
今のペースだと、あと半年で利息の支払いが詰まり、差し押さえになる」
その言葉に、部屋の空気がわずかに揺れた。
テンドーさんが、帳簿を指で示しながら補足する。
「サント酒造の資産価値も、こちらで概算しました。
土地と建物、設備、在庫を全部まとめて評価しても――
今の状況では、『差し押さえ後に売り払って得られる金貨は、高く見積もっても50枚が限界』でしょう」
「つまり――」
組合長が、ゆっくりとまとめる。
「このまま半年待って、利息を払えなくなったところで差し押さえをしても……
ガラワ組の手元に残るのは、ここまでの利息収入と、金貨50程度の現金」
「元本200は、戻らない計算になります」
「ふん」
ガラワが鼻を鳴らす。
「で? それでどうしようってんだ」
いよいよ、本題だ。
「そこで――炎の夜明けから、提案があります」
俺は背筋を伸ばした。
「炎の夜明け商会が、サント酒造を丸ごと買収します」
ヤブタさんとガレンさんが小さく息を飲む。
「土地も建物も設備も在庫も、全部ひっくるめて、炎の夜明けの資産にする代わりに――」
ガラワを見る。
「ガラワ組への元本金貨200は、炎の夜明けから一括で返済します」
一瞬、子分たちの目つきが変わった。
「……一括で、200?」
さっきまで椅子を蹴っていたほうが、思わず前のめりになる。
「今のまま半年待った場合と、今ここで200返ってくる場合を比べてください」
俺は淡々と言葉を続ける。
「サント酒造が潰れた場合、元本200の多くが戻ってこない可能性が高い。
差し押さえた土地と設備を売っても、せいぜい50」
「ですが、今ここで炎の夜明けに権利を譲るなら、元本200は丸々返ってくる」
「……悪くねぇ話だとは思うがな」
ガラワが、椅子にもたれかかる。
「だが、それじゃ足りねぇんだよ」
来た。
〈予定通り〉
「足りない?」
俺が聞き返すと、ガラワは薄く笑った。
「サントのガキどもがどうなろうが知ったこっちゃねぇが――
こっちにはこっちの算段がある」
「郊外の銅山、あれを金貨1200で買える話が来てんだよ」
「……」
ヤブタさんが、わずかに目を見開いた。
「今、うちがすぐ動かせる金は――せいぜい金貨700。
足りねぇのは金貨500だ」
「サントからの返済200が戻ったところで、まだ300足りねぇ」
「それだけじゃ、銅山には届かねぇんだ」
〈言わせた〉
〈ここからが、俺の番だ〉
「……では、質問を変えます」
俺は、まっすぐガラワを見る。
「ガラワ組が『本当に欲しい』のは、何ですか?」
「は?」
「サント酒造からきっちり取り立てることですか?
それとも――銅山を手に入れて、そこから先の稼ぎを作ることですか?」
ガラワは、一瞬だけ黙って俺を見たあと、にやりと笑った。
「決まってんだろ。銅山のほうだ。
サント酒造からの小銭で飯食ってくつもりなんざねぇ。
あれはあれで、もう潮時だと思ってる」
「なら――話は早いです」
俺は、用意してきた紙を1枚、テーブルの真ん中に出した。
「炎の夜明けは、元本200の一括返済に加えて――」
一呼吸置いて、言い切る。
「銅山の共同出資として、金貨300を出します」
部屋の空気が、一段階、きゅっと締まった。
「……300?」
ガラワの笑みが、少しだけ薄れる。
「金貨1200の銅山に対して、ガラワ組が金貨900。
炎の夜明けが金貨300を出資する」
「その代わり――」
俺は続ける。
「銅山は、ガラワ組と炎の夜明けのJVとして運営する」
「ジョイント・ベンチャー、という言葉は、この国にはまだありませんが……
出した金の割合に応じて、リスクも利益も分け合う仕組みです」
レノが、小さく補足するようにうなずいた。
「かかるコスト――人を雇う金、道具や食料、運搬の費用は、出資比率で分ける。
銅山から取れた銅も、『9:3(ガラワ組が4分の3)』で分ける」
「ガラワ組が『9』。炎の夜明けが『3』。
銅山の権利は、ガラワ組が多数を持ったままです」
テンドーさんが、口を挟む。
「……つまり、ガラワ組は今よりリスクも減らしつつ、銅山の大半を握り続けられるということですね」
「そうです」
俺はうなずく。
「サント酒造は、炎の夜明けに入ってもらうことで、借金地獄から抜け出せる。
サントエールも、ウイスキーも、ここから一緒に広げていける」
「ガラワ組は、銅山を手に入れられる。
このまま金貸しを続けても、銅山の話はそのうちどこかへ流れてしまうかもしれない」
ガラワが、肩をすくめる。
「最近は悪評も広がっちまって、借りる奴を探すのに苦労もしてるがな」
「炎の夜明けは、サントの酒と、銅の取り分を手に入れる」
俺は、テーブルを見渡した。
「これは、誰かが一方的に損をする話じゃありません。
みんなが、それぞれ『得をする形』です」
沈黙。
ヤブタさんとガレンさんは、強く拳を握りしめている。
ベック爺さんが、小さく笑った。
「……わしは、悪くない話じゃと思うがな」
ぼそりと。
「サントは生き残れる。ガラワも、今よりマシな稼ぎ口を手に入れられる。
ライム坊は、酒と銅を手に入れる」
「筋は通っとる」
組合長が、ガラワを見る。
「どうでしょう、ガラワ。
契約を盾に、半年後にサント酒造を潰す道もありますが……
そのとき、あなた方の手元に残る金は、今ライム君が提示した数字より、だいぶ少ない」
「それとも――今ここで、将来の稼ぎを得るための共同事業を選びますか?」
ガラワは、足を組み替え、しばらく天井を見上げた。
子分たちが、落ち着かない様子で様子をうかがう。
やがて、ガラワは俺のほうを見た。
「……たいしたガキだな」
口の端が、ゆっくり吊り上がる。
「元本200、きっちり返す。
それに――銅山への出資300。合わせて、金貨500」
指を一本一本折りながら、確認するようにつぶやく。
「『銅山は9:3で運営』。多数はうち。
そっちも、銅の取り分はしっかりもらえる」
子分が小声で何か囁いたが、ガラワは手で制した。
「……悪くねぇ」
にやり、と笑う。
〈やっぱり金勘定はしっかりできる。助かった〉
「いいぜ。
その話――乗ってやるよ」
胸のどこかが、じんと熱くなる。
隣で、ヤブタさんとガレンさんが、同時に深く頭を下げた。
「ライム君……」
ヤブタさんの声が震え気味だ。
「わしらを、ここまで考えてくれるとは思わなんだ。
どうか――これからも、よろしく頼む」
「私からも。
エールも、ウイスキーも、全力で作ります。
どうか――一緒に、前に進ませてください」
俺も、深く頭を下げた。
「こちらこそ。
炎の夜明けとして、サントエールとサントの誇りは、必ず守ります」
顔を上げる。
〈これで――土台は整った〉
あとは、細かい契約と、実際の動きだ。
ガラワが、煙草の代わりに、テーブルの上の空のグラスを指でつついた。
「ただしな、坊主」
にやり。
「口だけじゃねぇんだろうな。3カ月だ。3カ月で金貨500そろえてもらうぞ」
「分かりました」
俺は、まっすぐに答えた。
〈酒も、エールも、銅山も〉
〈ここから先は、時間との勝負だ〉




