## 9話 「プレゼン」資料の作成
## 9話 「プレゼン」資料の作成
クララが帰り、母さんも夕飯の支度で2階へ上がっていった。
開店前の静かな炎の鍋亭で、俺は一人、先ほど整理したばかりの帳簿――羊皮紙の束――をテーブルに広げた。
〈さて、分析フェーズだ〉
前世の知識があるとはいえ、この世界の商慣習も物価も手探りだ。だが、「数字は嘘をつかない」。
俺はまず、支出の項目を一つ一つ指で追っていく。
「人件費」……これはテトや給仕の姉さんたちの給金か。これはまあ、こんなもんだろう。
「食材費」……父さんが目利きして仕入れている。これも妥当な範囲に見える。
「酒代」……ベック爺さんの店からの仕入れだな。
〈ん?〉
俺は、売上の記録――母さんが書きなぐっていたもの――と、酒の仕入れ量を突き合わせる。
〈……おかしい〉
全体の売上に対して、酒の仕入れ量が多すぎるわけじゃない。むしろ、逆だ。
母さんが「鉱山の連中の追加分、貰ったの!?」と悩んでいたように、明らかに「売上として計上されていない酒」が存在する。
〈伝票がないからだ〉
この店には、客が注文するたびに書き留めておく「伝票」システムがない。
忙しくなると、給仕の姉さんたちも、父さんも母さんも、追加注文を記憶に頼るしかない。
その結果、特に酒の追加分で「請求し損ね」が多発しているんだ。
〈これは大きな問題だが、今すぐ父さんを説得する材料には弱いな〉
システムを変えるのは、職人気質の父さんにとって抵抗が大きすぎる。
次に俺が注目したのは、やはり「資材関係費」だ。
炭、灯り用の油、そして……薪代。
売上全体から見れば小さな割合かもしれないが、毎月必ず、かなりの額が固定費としてのしかかっている。
〈よし、狙い通りだ〉
薪代のコスト削減と運搬の効率化。
これが、父さんを説得する第一歩として、まさに最適だ。
俺は頭の中で、父さんへの「プレゼン」内容を組み立てる。
1. 現状の問題点
• マルタの薪屋は、配達のために従業員3人を拘束されている。マルタ自身も、最近の街の活気で「運搬が大変だ」とこぼしていた(と、俺がハッタリをかませばいい)。
• うちの店は、その人件費(銀貨25枚相当)を上乗せされた価格で薪を買っている。
• 酒樽の返却に、テトと俺(または他の従業員)の手間が取られている。
2. 解決策(俺の提案)
• 組合で「馬車だけ」借りる(銀貨10枚)。
• 御者はテトに任せる(駄賃として銀貨5枚を払う)。
• 合計コスト、銀貨15枚。
3. 得られるメリット(Win-Win)
• マルタ側:従業員3人を配達から解放できる(銀貨25枚分の人件費削減)。その分、薪割など本来の業務に集中できる。
• 当店側:薪代が銀貨25枚安くなる。馬車代(銀貨15枚)を引いても、差し引き銀貨10枚(10,000円相当)の純利益が毎週生まれる。
• 当店側(副次効果):馬車が使えるので、あのクソ重い酒樽をテト1人で――俺は監督するだけ――一気に返却できる。
• テト:銀貨5枚の臨時収入で大喜び。
• 俺:薪の受け取りと樽の返却という「お使い」が効率化され、時間が浮く。その時間で、母さんの帳簿整理(=店の経営把握)を手伝える。
〈これだ。誰も損しない完璧なプレゼンだ〉
父さんは「儲かる」だけじゃ動かない。
だが、『マルタも助かり、店の無駄が減り、テトも喜び、結果として店の利益が(わずかだが)確実に増える』。
この「全員が得をする」という理屈なら、あの頑固な親父も納得するはずだ。
〈よし、スライドを作ろう〉
もちろん、この世界にプロジェクターはない。
俺は2階に駆け上がり、まだ帳簿と格闘している母さんのところへ行った。
「母さん!計算の練習、もっとやりたいから!」
「おや、熱心ねえ」
「だから、綺麗な紙――羊皮紙――と、インクとペンを貸して!」
母さんから貴重な羊皮紙の切れ端とインク壺を借りた俺は、店のテーブルに戻り、5歳児の拙い――フリをした――文字で、父さんを説得するための「プレゼン資料」を書き始めた。




