## 89話 銅山とJV作戦
## 89話 銅山とJV作戦
朝の炎の鍋亭。
いつものように、テーブルの上にはパンとスープと卵、それから昨夜の残りのシチューが並んでいる。山盛りだ。
そこに――今はレノも座っている。
『家族+ゲスト』だが、最近はこれが落ち着いてきた。
「無事帰ってきて安心したわ」
母さんが、パンをちぎりながら言う。
「はい。ご心配ありがとうございます。これくらいなら全く問題ありません」
レノはいつものきっちりした姿勢のまま、さらっと答えた。
昨夜の潜入の件を聞いたあとだと、その『これくらい』がどこまでなのか怖いんだけど。
「それで、どうだった?」
俺が促すと、レノは落ち着いた調子で、昨日聞いてきたことを報告してくれた。
郊外の銅山の話。
値段は金貨1200。
ガラワ組が今すぐ動かせる手持ちは金貨700。
あと金貨500、足りないこと。
それから――新しく金を借りる先もほとんどなくて、利息商売も先細りだと、連中自身が分かっていること。
「……つまり、銅山は欲しい。でも金は足りないし、商売もこのままだとジリ貧ってことか」
俺はスープを混ぜながら、頭の中で並べていく。
〈悪評はもう広がってる〉
〈借りたいって思うところも減ってるはずだ〉
サント酒造を売り払っても、二束三文の土地と設備。
そこから得られる金なんて、たかが知れてる。
しかも、サント酒造の状況から、このままじゃ金貨200の元本は『まず帰ってこない』。
〈――この線なら、行けるかもしれない〉
「ライム?」
ぼんやり考えていたら、母さんに呼ばれた。
「うん」
俺は顔を上げる。
「今の話を聞いて、この流れで進めたいって思った」
父さんと母さん、それからレノが、同時にこっちを見る。
「まずは、関係者をみんな集める」
指を折りながら、順番に挙げていく。
「サント酒造の人たち。ガラワ組。組合長。それから、ベック爺さんとテンドーさん」
「そこで、サント酒造の状況を全部共有する」
「あと半年で破産。利息しか払えていない。元本は当然返せない。
このままだと、ガラワ組の手元には少しの返済と、二束三文の酒造跡地しか残らない」
父さんが、ふむと唸る。
「その場で、炎の夜明けがサント酒造を買収して、元本200を一括で清算するって申し出る」
「……一括で、200返すってことか」
父さんが確認する。
「そう。このまま半年待っても、お前らには二束三文しか残らない。
でも今なら、金貨200は丸々返ってくる」
そこで一度、言葉を切る。
「……ただ、ガラワ組はそこじゃ満足しないはずなんだ」
「銅山の話があるから?」
母さんが小さく首をかしげる。
「うん」
俺は頷く。
「ヤツらは銅山を買いたい。値段は金貨1200。
手持ちは700で、あと500足りない」
「うちから、元本200をきっちり回収できたとしても――まだ『金貨300足りない』」
父さんが腕を組み直す。
「そこで、交渉の場でガラワ組が本当に欲しい金額を、わざと聞き出す」
もちろん、もう知ってるけど。
知らないふりをして、向こうの口から言わせるのが大事だ。
「銅山を買うには、あと金貨500足りねぇんだって言わせたところで――」
俺は、次の指を折る。
「そこで、うちから金貨300を出資する」
「出資?」
父さんが聞き返す。
「うん。貸すんじゃなくて、一緒に銅山をやるために出す金。
銅山を『JV=共同事業』として一緒に経営しよう、って提案する」
レノが、そこで首をかしげた。
「えっと……前半は理解できたのですが。
その、『じぇーぶい』とは、なんでしょうか?」
「ああ、JVね」
前世の知識を引っ張りだす。
「『ジョイント・ベンチャー』の略なんだけど――分かりやすく言うと、『共同事業』かな」
「共同事業……」
レノが復唱する。
「うん。たとえば、ガラワ組が金貨900、うちが金貨300出したとする」
「かかる『コスト』は、出した金の割合で分ける」
「それから、銅山から取れた銅も、『出資比率』ごとに分ける。
うちは『原価ベースの銅』を、自分の取り分として受け取れる」
「……なるほど」
レノの目が、すっと鋭くなる。
「国と地方がお金を出し合って道を作るような話は、聞いたことがあります」
「それに近いね」
「この仕組みなら、ガラワ組はどうしても欲しい銅山が手に入る。
今より安定した収益が見込める」
レノは、しばらく考えてから頷いた。
「ガラワ組も、銅山が手に入って得をするわけですね」
「そう」
俺も頷く。
「サント酒造は、ガラワ組の金利地獄から抜け出せて、炎の夜明けの一部として守られる。
ガラワ組は、今よりマシな形で銅山を手に入れられる」
〈そして――炎の夜明けは、『酒』と『銅』の両方を手に入れる〉
父さんは、しばらく黙って話を聞いていたが、やがてぽつりとこぼした。
「……うちの子は、どこまで行くつもりなんだ」
「言ったでしょ! 行けるところまで行くって!」
それを聞き、母さんも半分あきれたように笑う。
「最後に、もうひとつ」
俺は、指を1本だけ立てた。
「ガラワ組は多分、銅山を経営する力はない。
掘り方も、売り方も、ちゃんと分かってないはず」
「……つまり?」
「だから、最初は『共同事業』として一緒にやるけど――
いずれ、炎の夜明けが運営の主導権を握る形に持っていく」
「最終的には、銅山も、完全にこっちのものにする」
一瞬、テーブルの上の空気が止まった。
「……こわ」
母さんが、半分本気、半分冗談みたいな声でつぶやく。
「いや、ちゃんと対価は払うよ」
俺は苦笑する。
「ただ、暴力で奪うんじゃなくて、『向こうも得してる状態』のまま、じわじわと移していく。
ガラワ組自身が、『任せたほうが楽だな』って思う形でね」
レノが、くすっと笑った。
「やっぱり、ライムさんはとんでもないですね」
俺は小さく息を吐いて、最後にまとめる。
「――というわけで、俺の案はこうだ」
「サント酒造は、炎の夜明けの中に入ってもらう」
「ガラワ組には、元本200を一括で返す代わりに、サントを手放してもらう」
「足りない300は、うちが銅山の共同運営として出資する」
「そして将来的には――」
心の中で、静かに言葉を続けた。
〈サントの酒も、ガラワ組も、銅山も――いずれ、まとめて俺のものにする〉
「……で、その場を用意するのは?」
父さんが聞く。
「組合長のところだね」
俺はレノのほうを向いた。
「組合長に、関係者を集める場を作ってほしいって、お願いしてきてくれる?」
「承知しました」
レノは、迷いなく頷いた。
「登録商会としての炎の夜明けと、市場組合と、サント酒造とガラワ組。
それぞれの立場を整理してから話せるように、きちんと伝えてきます」
「頼んだ」
朝の光が窓から差し込む。
皿の上のスープから、まだ湯気が立っていた。
次の一手は、もう決まった。
あとは――動くだけだ




