## 82話 近衛師団と新しいウイスキー
## 82話 近衛師団と新しいウイスキー
朝食の席に、今日から新しい顔がひとつ混ざっている。
ノーラさんの弟、レノだ。
「レノ、昨日はゆっくりできた?」
母さんが、パンを切りながら声をかける。
「はい。ありがとうございます。
まだ仕事も始めていない身なので……金銭的にも、正直ものすごく助かります」
「気にするな」
父さんが、スープをすすりながら言う。
「来年から従軍するんだったな。どこに配属予定なんだ?」
「近衛師団です」
「近衛師団!」
父さんの手が止まった。
「すごいな」
「『近衛師団』だと、すごいの?」
よく分かっていない俺が首をかしげると、父さんが真面目な顔になる。
「ああ。国王を守る軍だ。もちろん、国でいちばん強い。
そこに最初から配属なんて……俺は聞いたことがない」
「はい。各地で研鑽を積み、その中から選ばれた者だけが入れる部隊です。
私は、おそらくバルドさんの口利きのおかげでしょう」
〈バルド支部長がどれだけ有力者でも、実力がなかったら近衛なんて無理だろ〉
〈本当に、とんでもない人材なのかもしれない〉
「そうなのか」
父さんは感心したようにうなずく。
「だとしても、バルドさんが推すってだけで、レノも優秀なんだろう」
「恐縮です」
レノが、きっちりと頭を下げる。
母さんが、そこで俺のほうを見る。
「ライム、今日は何するの?」
〈カチさんに頼んであったアレを受け取りたいし……〉
〈組合長にも、ガラワ組のことを聞きたい〉
〈サント酒造は、何としてでも“こっち側”に引き込みたいからな〉
「今日はね、カチさんのところと、組合長のところに行こうと思ってるよ。
サント酒造のことで、聞きたいことがあって」
「サント酒造?」
レノが首をかしげる。
「うん。行きしなに、まとめて説明するよ」
「じゃあレノ、引率よろしくね」
母さんが嬉しそうにそう言った。
山盛りの朝食を一気に片づけた。
――
鍛冶屋に向かう道すがら、レノが口を開いた。
「姉からの手紙では、
『登録商会の代表人の届け出で知り合った』と書かれていましたが、
詳しいことは書かれていなかったんです。
ライムさんは、何をされているんですか?」
「じゃあ、最初から話そうか」
歩きながら、俺はいつもの自己紹介を少し長めにした。
「俺は、炎の夜明け商会の代表人、ライム・ハースです」
そこから――。
ランチボックス作戦のこと。
配達事業のこと。
カチさんと一緒に作ったプレス機のこと。
リバーシを思いついて、販売を始めたこと。
そして、登録商会になるまでの流れを、かいつまんで話していく。
「そんなに……」
レノが、ゆっくり息を吐く。
「全部、自分で考えたんですか?」
「うん。全部ゼロからってわけじゃないけどね」
俺は肩をすくめる。
「人の話を聞いて、今あるものを調べて。
そのうえで、どうすればみんなが得をできるかなって考えたんだ」
〈ただ儲かるだけじゃ、続かない〉
〈誰かが無理してるやり方は、そのうちひずみが出る〉
「それで、自分のやりたいことをやるためには、代表人になるのがいちばんいいって思って。
父さんと母さんと、アイザットさんに後押ししてもらって、商会を立ち上げた」
ふと横を見ると、レノが固まっていた。
「レノさん?」
「……すみません」
レノは、ほんの少しだけ苦笑いを浮かべる。
「ちょっと……すごすぎて」
それきり、しばらく黙り込んでしまった。
〈まあ、いきなり情報量多かったよな。そのうち慣れるだろ〉
そんなことを考えているうちに、カチ鍛冶屋の看板が見えてきた。
「着いたよ。とりあえず、入ろうか」
――
いつものように、中からは鉄を打つ音が響いている。
覗くと、カチさんが弟子たちに指導していた。
「すいませーん! すいませーん! すいま――」
「うるせぇ! あっちで待ってろ!」
一喝が飛んできた。
〈いつものやつ、ありがとうございます!〉
言われ慣れている俺は、そのまま店の商談室のほうに移動する。
「……あんなに怒らせてしまって、よかったんですか?」
レノが、ひそひそ声で聞いてきた。
「うん。これがいいんだよ」
「……?」
少し待っていると、奥からカチさんが出てきた。
「小僧、よく来たな! ……それと、お前さんは?」
「カチさん、こんにちは! こちらはレノ。えーと……引率、かな」
「引率のレノです。しばらくご一緒させていただくことになりました」
「おう?」
カチさんはレノを頭のてっぺんからつま先まで一度見て、ふんと鼻を鳴らした。
「まあ、こいつも5歳のガキだからな。引率がいてもおかしかねぇか」
「先ほどは、大きい声を出してしまい、申し訳ありませんでした」
レノが、きちんと頭を下げる。
「何言ってんだ。あれがいいんだよ」
カチさんは、ニヤリと笑った。
「それで、アレできてる?」
本題に入る。
「おう。できてるぜ」
カチさんが奥に引っこむと、茶色い液体の入った瓶を2本、両手に提げて戻ってきた。
「約束のブツだ」
カウンターに、コトンと置かれる。
「あっちがサント酒造のエールで作ったやつ。
こっちがエステルで仕入れたエールで作ったやつだ」
「ありがとう! 助かるよ」
瓶の色を、光に透かして見比べる。
〈同じエール由来のウイスキーでも、水と酵母が違えば、絶対に味も変わる〉
〈これをベック爺さんとヤブタさんに飲んでもらえば、サント酒造の強みが、もっと分かりやすくなるはずだ〉
次の一手が、またひとつ形になった気がして。
俺は、そっと瓶を抱え込んだ。




