## 80話 リバーシとイノベーターと危ない借金
## 80話 リバーシとイノベーターと危ない借金
サント酒造の工場見学から2日後。
今日は俺とクララと、引率役の母さんの3人で、カチ鍛冶屋に来ていた。
当然、マルタのおっちゃんとテンドーさんにも声をかけてある。
とうとう――プレス機2号機が完成したのだ。
「こんなに早くできるなんて! すごいや!」
思わず素で声が出る。
「ふん。俺からしたら『遅すぎる』くらいだがな」
カチさんは、相変わらずの仏頂面だ。
「親方と比べないでくださいよ!」
ラークが慌てて手を振る。
「でも、任せてくれてありがとうございました!」
「まあな。俺は、もう『自分の手で叩く鍛冶』はあんまりやりたくねぇからな」
カチさんはそう言うけど、顔はちょっとだけ嬉しそうだ。
「旦那、坊主からの依頼は『寝ずにやる』くせにな」
マルタのおっちゃんが、いつものようにガハハと笑う。
「ああ?」
カチさんが、おっちゃんを横目でにらむ。
「こいつの依頼は、俺がやるしかねぇんだよ」
〈毎度、けっこうな無茶振りしてる自覚はある〉
「はは。ありがとう」
俺は頭を下げる。
「もっとたくさんアイデアあるから、これからもよろしくね」
〈銅線――モーター――発電――電線――自動化〉
〈やりたいことは山ほどある〉
「お、おいマジかよ……」
マルタのおっちゃんが、ちょっと本気で引いた顔をしている。
テンドーさんは、苦笑しながら肩をすくめた。
「はは。もう驚きませんよ」
それから、少し真面目な顔になる。
「それで、リバーシの状況なんですが……」
「うん」
「製造量は、1日に50セットまで増やしましたが、注文残は膨れ上がる一方です。
すでに出荷数は500セットを越えているはずですが、『欲しい』という人は、さらに増えています」
「なるほど……イノベーター層を超えて、『アーリーアダプター』に入り始めた、って感じか」
「いのべーたー?」
クララが首をかしげる。
「うん。『新しいモノの広がり方』の考え方なんだけどさ」
俺は、簡単に説明を始めた。
「新しいモノに、面白がってすぐ飛びつく人がいるんだ。
そういう人たちを『イノベーター』って呼ぶ」
「いのべーたー」
クララが、復唱する。
「その次に、『新しいものが好きで、人よりちょっと早く試す』人たちがいてね。
その人たちを『アーリーアダプター』って言うんだ」
「ふーん……」
今日は母さんが腕を組んで聞いている。
「で、そのアーリーアダプターが『これいいよ』って言い出すと、それを見て『買うと決める大勢』が出てくる」
俺は、空中にざっくり図を描くイメージで指を動かした。
「それが『アーリーマジョリティ』。
さらに、『みんな持ってたら欲しくなる大勢』が続いて、
『買えるけど、別にいらないかな』って人たちが最後に残る」
「なんとなく、分かる気がしますね」
テンドーさんがうなずく。
「今は、『新しいものが好きな人たち』――アーリーアダプターに入り始めたあたりだと思う」
「確かに」
テンドーさんは、少し考え込む。
「大勢は、まだ『様子見』という感じも受けます」
「うん。だから、ここから『もっと増える』よ」
俺は、あえてはっきりと言った。
「たぶん、ロンドール全体だと……全部で10000〜15000セットくらいが、最終的な数になると思う」
人口を頭の中でざっくり計算する。
〈人口4万人として、一世帯あたり3〜4人だとすると……〉
〈『1家に1セット+店や娯楽場の分』で、そんくらい〉
「そんなにか」
マルタのおっちゃんが、目を丸くする。
「盤のほうも、『ライン』を増やしておくか」
「うん。それがいいと思う」
俺は続ける。
「最初の5000セットくらいまでは、一気に広がるはず。
そのあと、慎重な大勢がゆっくり買い始めるから、増え方はだんだん落ち着いてくる。
……だから、『波の前半』でしっかり作っておきたい」
「明日から100セット、作り始めるってことか?」
「そう」
俺はうなずいた。
「明日から、1日100セット体制にして。
2ヶ月くらい――つまり、だいたい4000セットくらいロンドールに出回ったら、『エステル』に広げよう」
「そうですね!」
テンドーさんの目が、きらりと光る。
「領都エステルは、ロンドールよりずっと人が多いですからね……これは、忙しくなりますよ!」
嬉しそうだ。
テンドー商会としても、リバーシが新しい柱になりつつあるのが分かる。
「プレス機も、もう少し増やしておいたほうがいいか」
カチさんが腕を組む。
「そうだね……エステルに出す前には、『あと2台』はあっていいと思う」
「分かった」
カチさんは、すぐに決めた。
「ラーク。ひと月後くらいから、3号機、4号機に手を付けるぞ」
「はい!」
ラークが、顔を輝かせる。
「革工房にも、『増産体制』を伝えてきます」
テンドーさんが、メモを取りながら言う。
「うちも、盤のほうの段取りを考えておくぞ」
マルタのおっちゃんも、やる気満々だ。
クララが、いつものようにピンと手をあげた。
「リバーシは、今1日に50セット作ってたけど、それを100セットに増やす。
ロンドールの街で、まずはたくさん広げてから……2ヶ月くらいしたら、『エステル』にも出していく。
そのために、プレス機も増やすし、盤も革も、たくさん準備しておく――で、合ってる?」
「完璧ね」
母さんがクララの頭を撫でる。
「それで、サント酒造なんだけどさ」
そこで、一度空気を切り替える。
「この前、工場見学に行ってきたんだ」
「おお。どうだった?」
マルタのおっちゃんが、興味ありげに身を乗り出す。
「すごく『いい蔵』だった。
水も酵母も、ちゃんと理由があって選んでて。
味にも、昔からの『筋』が通ってる」
そこまで言って、一度言葉を選ぶ。
「ただ……かなり『経営が厳しい』みたいでさ。
門のところでガラの悪い、『借金取り』が来てた」
一瞬、場の空気が変わった。
テンドーさんの表情も、少しだけ強張る。
「……おそらく、『ガラワ組』ですね」
「ガラワ組?」
クララが首をかしげる。
マルタのおっちゃんが、眉をひそめた。
「ああ。あそこは、けっこう悪徳で有名なところだ。
借りちまうと、なかなか抜けられん」
「金貸し、です」
テンドーさんが補足する。
「最初は、すごく『いい顔』をして貸してくれるんですが……
利息がとんでもないんです。
返せなくなってくると、『差し押さえ』て、店ごと売り払う」
「……」
〈やばい匂いしかしない〉
〈正直、関わりたくない相手だ〉
でも。
「それでも、サント酒造の中は、本当に『いい空気』だった」
俺は、工場見学の記憶を思い出す。
「ヤブタさんも、ガレンさんも、『誇りを持って』お酒を作ってた。
味を落とすくらいなら量を減らす、ってタイプでさ。
俺、あの味がなくなるの、嫌だなって思って」
マルタのおっちゃんが、いつものニヤリ顔になった。
「お前なら、得意の『うぃんうぃん』ってやつで、なんとかしちまいそうだな」
俺は苦笑する。
「がんばる。
借金そのものに首を突っ込むんじゃなくて、
『サント酒造の名前と味』を生かしたまま、ちゃんと回る形がないか考えてみる」
ここにいるメンバーは、みんな炎の夜明け商会のパートナーだ。
だから、はっきりと言った。
「だからさ。みんなにも、協力してほしい」
テンドーさんが、静かにうなずく。
「できることがあれば、いつでも言ってください」
「ありがとう」
〈『困っているところ』を一緒にほどいていけるかどうかだ〉
俺は、完成したばかりのプレス機2号機を見上げながら、次の一手を考え始めていた。




