## 73話 弁当箱とサント酒造の情報集め
## 73話 弁当箱とサント酒造の情報集め
市場通りを抜けて、マルタの薪屋に着く。
店先では、今日もいつもの音が響いていた。
ガコン、と小気味いい音を立てて、太い丸太が真っ二つに割れる。
「おう、坊主! よく来たな」
マルタのおっちゃんが、斧を肩に担いでニッと笑う。
〈相変わらず、広背筋の芸術点高いな……〉
上半身だけで、見事に『力仕事のプロ』って感じだ。
「おっちゃん、弁当がけっこう人気でさ。増産を考えてるんだ」
「そうかそうか。俺らも、いつも助かってるぜ!」
おっちゃんは、薪を転がしながら笑う。
「ただよ、いつも同じ味だからよ。他の味も出してくれよ」
「うん。今回のタイミングで、もう1種類増やす予定だよ」
「そりゃありがてえな。……で、『弁当箱』だろ?」
「察しが早くて助かるよ」
「がはは。まあな!」
おっちゃんは鼻で笑ってから、ふと思い出したように言う。
「それとだ。プレス機のほうも、もうカチの旦那から受け取ったぜ。うちでバリバリ使えるようになってる」
「そうなんだ!」
〈仕事早いな、この人やっぱり〉
「テンドーのやつが『まだかまだか』ってうるせえしよ。ラークのやつも、あれだけ張り付かされちゃ可哀想だしな。
それで――何個必要なんだ?」
「とりあえずは200。
しばらくしたら、もっとたくさんお願いすることになると思う」
「おう、任せとけ! できたら、うちからテトに渡しておくな」
「うん、お願い!」
「金額は、前に言った通りだ。200で銀貨80枚だな」
「それでお願いします」
金額の確認を終えると、おっちゃんは奥から紙束を持ってきた。
「それとよ。昨日の『契約書』も、もうできてるぜ」
2部の紙を、どさっとテーブルに置く。
「こっちとそっちで1部ずつだ。
家に持ち帰って読んでから、判を押して持ってきてくれりゃいい」
〈仕事早すぎ問題〉
「おっちゃん、本当に仕事早いね」
「おうよ! お前もだがな」
おっちゃんはガハハと笑うと、斧をまた構え直した。
「あと、テンドーのやつにな。『明日からリバーシ50セット、いける』って言っといてくれ」
「了解」
そこから少し世間話になった。
最近は、夜な夜なカチさんと一緒に、ウイスキーの『うまい飲み方』の研究をしているらしい。
〈あの2人、イメージ通りの酒好きだな。早く、一緒のテーブルで飲みたい〉
そんなことを考えながら、薪屋をあとにした。
次は、テンドー商会だ。
サント酒造のことを、もう少し詳しく聞いておきたい。
――
テンドー商会に行くと、店の中は相変わらずの賑わいだ。
テンドーさんは客の相手をしていたので、邪魔にならないように端で待つ。
「では、入荷しましたら、こちらにお届けしますね」
ひと区切りついたところで、声をかけた。
「テンドーさん、こんにちは」
「ああ、ライム君! こんにちは」
柔らかい笑顔で迎えてくれる。
「マルタのおっちゃんが、『明日からリバーシ50セットいける』って」
「おお、それは助かります。わざわざ知らせに来てくれて、ありがとう」
「ううん。それでさ、昨日の『サント酒造』なんだけど。どんな人たちがやってるの?」
俺が腰をかけながら聞くと、テンドーさんは少し表情を引き締めた。
「そうですね……この辺では、古くからある酒造ですよ。
今は旦那さんと奥さん、それから息子さん。
あとは従業員が何人かいて、主に仕込みと樽の管理をしています」
「前は違ったの?」
「少し前までは、従業員が10人くらいいましたね。
けれど、ここ数年でだいぶ減りました。やはり、厳しいんでしょう」
〈やっぱり、領都エステルの『大きい酒造』に商圏を取られている流れか〉
価格競争で勝てない。
それでも味は悪くないから、細々と続いている――そんな絵が浮かぶ。
「旦那さんは、とてもいい人ですよ」
テンドーさんは、柔らかく笑う。
「ただ……隠居している『先代』がいましてね。その方が、なかなか頑固です」
〈なるほど〉
〈注意しないと、『今の主人がOKでも、先代の一言でひっくり返る』パターンもありえるな〉
「先代には、私も何度か苦労させられましたよ」
テンドーさんは、苦笑しながら続ける。
「新しい道具を入れようとすると、『昔からこれでやってきた』と一喝されてしまいましてね。まあ、悪い人ではないんですが」
「そっか……」
〈M&Aの難しさ、そこだよな〉
〈数字だけの話じゃなくて、『感情』と『プライド』が強く絡んでくる〉
「それで、ライム君はどう進めるつもりなんです?」
「正直、俺も『買収』なんてしたことないからさ。どうしようかなって感じなんだ」
「そうですねえ……」
テンドーさんは、少し考え込む。
「かくいう私も、そんなことを経験したことはありませんからね。
ただ、何かお手伝いできることがあれば、遠慮なく言ってください」
「ありがとう」
礼を言って、店をあとにする。
――
帰り道。
夕方にはまだ少し早い街並みを歩きながら、頭の中でまた帳面を開く。
〈M&Aか〉
〈数字だけなら、『この条件なら得です/損です』で済むけど……実際は、人の感情に大きく左右される〉
〈代々続けてきた誇りとか、家族の生活とか、『この蔵を手放したくない』って気持ちとか〉
〈きっと、『お金だけじゃないインセンティブ』を用意しないと、誰も納得しない〉
例えば、家族をそのまま雇い続けること。
酒の名前を残すこと。
先代のこだわりを、どこかの形で引き継ぐこと。
〈数字は、あとからいくらでも調整できる。でも、『相手の気持ち』は、最初にちゃんと聞いておかないとな〉
そんなことを考えながら、俺はクララの家――洗い屋のほうへと足を向けた。




